255「気剣の先にあるもの」

 ハルと過ごしながらフェルノートの人たちに力を貸してもらっていた途中で、シェリーが見つかったという連絡がアニエスから入った。しかも魔神種に襲われているというではないか。

 アニエスもJ.C.さんも実力者ではあるけれど、魔神種相手だとさすがに苦労するということで、シェリーを守りながらとなると確実ではなかった。そこで二人にはシェリーの保護を優先してもらうことにして、魔神種の相手は俺がすることにした。

 ダイゴを襲っていた敵は、以前やり過ごしたケベラゴールだった。因縁めいたものを感じたが、何万人とも繋がって遥かにパワーアップしていた俺の相手ではもはやなかった。無事倒してシェリーとそしてダイゴを救出することができた。

 それにしても、ダイゴがまさかシェリーを守っていたなんて……。

 驚いたよ。世界の惨状を見てあいつなりに思ったところがあったのだろうか。

 おおよそ一か月をかけてフェルノートの人たちから力を集めてきたわけだけど、その間大きな動きがなかったのは幸いだった。

 だが着実にナイトメアの発生頻度は増えてきており、世界の崩壊は進んでいる。パワーアップして動きやすくなったのは大きいけれど、これ以上力を集め続けるのは時間対効果が怪しいところだ。

 そろそろラナの記憶や、受付のお姉さんが言っていたオリジナルの聖書を探す方を再開しないとな。

 実は聖書に関しては、既にエインアークスにお願いして探してもらっている。予想できていたことではあるが、やはり一万年も前の遺物ということで、捜索は困難を極めている。


 俺はリクやハルたちに見送られて店を発った。


「じゃあ行ってくる」

「何かわかったらすぐ共有して下さいね」

「気を付けてきてね。ユウくん」

「ああ――アニエス。近くまで頼む」


 ラナの記憶が封じられたオーブのおおよそのありかは感覚でわかる。アニエスには転移魔法があるため、同行してもらうことにした。他のメンバーには引き続き救助活動を続けてもらっている。


「了解です。しっかり手を繋いで下さいね」

「うん」


 彼女が転移魔法を発動させる。覚えのある浮遊感に包まれ、気が付くと俺たちは切り立った崖の上に立っていた。グレートバリアウォールの一角だ。

 ここからは徒歩になる。感覚を頼りにオーブのある方角に向かって歩いて行く。

 しばらく歩いたところ、正確な位置に近づくにつれて明らかに魔獣やナイトメアの密度が増していった。

 まるで都合の悪いものに触れられたくないかのように。


「あらら。これはお掃除しなくちゃですね」

「俺が切り込むから、君は討ち漏らしたやつを頼む」

「はい」


 臨戦態勢の構えを取るアニエスを横目に、俺は気剣を創り出した。

 二十万人近くもの力を結集したからだろうか。気剣の刀身は常に青白色に輝いている。

 偽神と戦ったときも思ったけど……まるで常に《センクレイズ》を使っているようだ。

 いや、それよりもさらに濃く青みがかかっている。

 だけど不思議なんだ。

 俺が普段ラナソールで使っていたときより遥かに威力を増しているのに、いつものときのような力の昂ぶりを感じない。むしろ気力の量だけなら、俺一人のときより落ちてさえいるのではないか。

 でも違う。決して弱くなったわけじゃないことは、偽神との戦いが証明している。

 もっと静かで、穏やかで。まるで力そのものの質が変わってしまったかのような。だけど悪くない方向の変化なのだと思える。


 ……おっとそうだった。ナイトメアがいっぱいいるから、光の気剣にしないとね。


 すると、俺の剣をしげしげと見つめていたアニエスが言った。


「たぶんそのままでもいけると思いますよ」

「え。本当に?」

「はい。わざわざ光の魔力なんて纏わせなくても、その辺のナイトメアならスパッといけちゃうと思います」


 果たしてアニエスの言った通りになった。

 気剣の一撃を受けたナイトメアは、まるで光魔法を急所にくらったように爆散してしまった。

 あまりの効果の違いに目を見張る。

 今までの気剣では、どんなにめった斬りにしてもまったく効いてなかったのに。何が違うのか。

 刀身をまじまじと見つめても、穏やかな青白色のオーラを湛えているだけだ。

 その美しい輝きに吸い込まれそうになったけれど、まだまだたくさん敵がいることをすぐに思い出して、ひたすら剣を振るっていった。

 ほんの軽く触れただけでナイトメアが消し飛んでいく様は、むしろ光魔法よりも致命的なのではないかとすら思えた。

 不思議なことに、魔獣もナイトメアも、なぜかこの剣を前にしては明らかな怯えを見せている。光魔法を見ても本能のまま襲い掛かってきたこいつらが。

 可哀想にも思ったけれど、逃がすわけにはいかない。逃げた先でまた人を襲うかもしれないからな。


 ほどなくすべての敵を倒した俺たちは、上がった息を整えるため小休憩を入れることにした。


「さすがです。ほとんどあたしの出る幕なかったですね」

「いや、助かったよ。君がバックについてたから逃げる心配をしなくて済んだ」


 俺の手元では、まだ気剣が静かに光を放っている。

 何となく気になって尋ねてみた。彼女なら何か知ってそうな気がしたから。


「……ところで、君はこの剣に宿る力のこと、知っているのか?」


 するとアニエスは、少し考える素振りを見せてから頷く。


「まあ。聞いた話ですけど」

「よかったら教えてくれないかな」

「はい……その青は精神、あるいは魂の色だと言われています。人の心、想い――そうしたものが力として結実するとき、青色の輝きを放つのだとか」

「へえ。そうなんだ」


 だから人の想いをたくさん込めたこの剣は、青みがかった光を常に放っているのか。


「どうして青色なんだろうね」

「さあ。ただ聞いた話だと、生命の源たる海の色なのかもしれない……とか何とか。人の目にはそう見えるってことなのかもですね」

「海……か」


 妙に懐かしい響きに思えた。そう言えば、しばらく海を見ていない。

 俺は地球の青い海が好きだった。小さい頃はよく母さんに連れていってもらってたっけ。

 他の世界だと、あんなに綺麗な海は中々ないからな。


「つまり人の想いを集めた力で作った剣だから、想像の産物である魔獣やナイトメアにはよく効いたってことでいいのかな」

「そういうことになりますね」

「そっか……そう言えば、ジルフさんが言ってたんだ。《センクレイズ》を使うとき、剣は青白く輝く。だが俺がどうやっても、決して真の青にはならないんだって。どうしてだろうなって……でも、この剣にヒントがあるような気がする」


 俺がどんなに弱かったときでも、《センクレイズ》を使うときは必ず剣は青白く輝いていた。

 それは、技を使うときに込めていた想いが刀身に反映されていたからなんだ。

 ただ、俺一人でもジルフさん一人でも限界があった。精々青みがかかる程度にしかならなかったし、気剣の威力が増す方向への変化でしかなかった。

 でも、この剣は……もはやただの気剣じゃない。

 はっきりとは言えないけど……質が違うんだ。もっと本質的に違う何かに片足を踏み込んでいる。

 それこそ、ラナが持っていたトランスソウルのような――本質に触れる特別な力を宿している。

 人の想いを束ねて強めていくと、刀身に宿る青も強まっていく。

 もしかしたら、この道の向こうにこそ――。


「これも誰かさんの受け売りなんですけどね」


 アニエスは意味深に微笑みながら言った。


「剣は物力をもって物質を断ち、気剣は命力をもって生命を断つ。その先にあるものは――心の剣」

「心の剣……」

「心力をもって剣を振るうとき、現象世界を超えて人の想いの及ぶ果てまで剣は届く。およそすべての概念、理――あらゆるものの本源を断つ深青の剣へと至る」

「それが……この剣の先にあるものが……それだと……」


 もしそれが本当なら――フェバルだって殺す剣になり得るんじゃないか?

 でも、これはまだ「違う」。深青ほどではない。

 まだ想いが足りないのか。それとも、ただ人の想いを束ねただけでは完成しないということなのか?


「どうしたら、そこに至れるのかな」

「それは……ごめんなさい。あたしにもわかりません」

「じゃあ君は……完成形を見たことがあるのか? ……いや、まるで直接知っているような口ぶりだったからさ」

「あたしは……はい。一人だけ知っています。この宇宙にただ一人――この世の何よりも厳しくて、そして優しい力を持つその人を」

「その人は、どんな人なの?」


 アニエスは、俺の向こうを見つめるようにふっと目を細めた。


「その人は……本当に強くて、優しくて、でもちょっと抜けてて。ただ、時々……どこか寂しそうでした。この力は、誰かを確実に『終わらせてしまう』からだと。どんなに悪い奴が相手でも、終わらせてしまうことはやっぱり心が痛むんだって。でも同時に、これは自分にしかできないことだからとも言ってました。この力が終わりある人を助け、また終わらない者たちに終わりをもたらすことは一つの救いでもあるから、と」

「そっか。そんな人が……この世にはいるんだな……」


 それは、一つの理想に思えた。

 きっと並々ならぬ覚悟をもって剣を振るっていることだろう。そうでなければとても使いこなせないものなのだろう。

 今だって、みんなの想いを背負っているだけで、この剣の重さに震えてしまいそうなくらいなのに。


「なあ、アニエス。俺もいつか……なれるかな。辿り着けるかな。そんな風に……俺もみんなを……」


 たった一つの世界でさえ。隣の人でさえ満足に守れない自分だけど。

 もっと強くなりたい。

 力じゃなく、いつかこの剣に込めた想いがすべてに届くように。


「ユウくんなら、きっとなれますよ――ならなくちゃいけないんです。そのために、あたしは……」

「君は?」

「……ううん。何でもないです」


 それきり、彼女は黙り込んでしまった。

 気まずい沈黙が続く。いたたまれなくなって、ふと目の前を見る。

 ラナの記憶を封じられた『青い』オーブは、まるですべてを知っているかのように静かな光を湛えていた。

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