248「あなたが繋いできたものは」

 店員たちの無事を確かめた後、人払いをして、限られたメンバーには対談の内容を話すことにした。

 これからする話は、あまり大勢の前ではできない話だ。ダイラー星系列からも一応口止めされているし、パニックになられても困る。

 さすがに彼らも俺が全員に対して黙っているとまでは思っていないだろう。俺の記憶を解析したのならなおさらだ。それでも異変の調査を一任されたということは、事実上話す相手を選べば良いと黙認されたと見て良いはずだ。

 リク、ハル、ランド、シルヴィア(を通じてシズハにも)、J.C.さんには残ってもらった。

 エインアークスからは、代理責任者のダンだけは残している。彼には後でシルバリオに報告してもらうつもりだ。ボスは本部襲撃からの復旧作業で今それどころじゃないらしいから。

 そう言えば、アニエスは来ないのだろうか。

 ちょうどそんなことを思ったとき、彼女がぜえぜえ息を切らしながら店に駆け込んできた。


「すみません! ただいま戻りましたっ!」

「おかえりアニエス。随分汗だくだね」

「例のプロテクトのせいでっ、直接こっち来られないので! はぁ……一旦町の外に出てから、急いで走ってきたんです! ふう……」


 世界間の移動はできるのに小回りは効かないということか。それと。


「へえ。やっぱりアニエスが君の本名だったんだね」

「はうっ!?」


 自然に受け答えしてしまった"アニッサ"改めアニエスは、あわわと慌てふためいた。

 J.C.さんはクスクス笑っている。


「あなた偽名なんて使ってたの? なんでまた」

「そ、そそ、それには深い事情というやつがあったりなかったりしまして……」

「よくわからないけど、本名で呼ばれるのが嫌ならこれからもアニッサって呼ぶよ?」

「いえ。もういいんです……。はあ、そういうことかぁ……」


 アニエスはどこか諦めたような、一人で納得したような顔をしている。

 そんな彼女を見ていると、やっぱりどこか懐かしいような、微笑ましいような気持ちになる。

 何となく、J.C.さんはさん付けして呼びたくなるけれど、彼女は親しみを込めてそのまま名前呼びしたくなる感じだ。年下っぽく見えるからだろうか。


「アニエス」

「はいっ!」


 彼女が急に背筋をピンと伸ばしたから可笑しかった。


「どうしたの。そんなにかしこまって」

「いえ、ユウくんからその感じで呼ばれるとつい」


 またよくわからないけど、彼女の不思議は今に始まったことじゃないしな。

 それよりも。


「ありがとう。君の力がなかったら、ハルは助からなかった。聞いたよ。J.C.さんと一緒にハルを助けてくれたって」

「正確には、私が来たとき手が施せるよう整えてくれたのがアニエスなのよね。グッジョブよ」

「もちろんボクからも礼を言わせて欲しい。あのときはまだ死んでて言えなかったからね」


 さらっと死んだことを笑っていくハル。強い。

 アニエスはというと、やけに照れ臭そうだった。


「どういたしまして。うん。まあやっぱり、相手がいなくちゃ張り合いがないですし」

「それは同感だね」

「何の話?」

「「こっちの話です(だよ)」」


 アニエスとハルは目と目で通じ合っていた。謎の結束がある。

 そんな二人と俺を見て、J.C.さんはずっと面白そうに笑い続けている。シルも妙にニヤニヤしている。

 リクはなぜか俺を恨みがましく見つめ、ランドはずっと首を傾げていた。

 ダンは大人でスルーしていた。



 まあちょっと話しにくい空気になってしまったけど、そろそろ本題に入らないといけない。

 みんなには可能な限り正直に話した。

 このままいけばこの星どころか宇宙全体が危ないらしいということ。事態の解決を見なければ、最短75日でダイラー星系列が二つの世界を消し去ってしまうことを。これが最大限の譲歩だと言われたことも。

 やはりショックは大きく、面々が深刻な顔をしていた。


「なんてことだ。そんな絶望的な状況になっていたとは……」


 ダンは頭を抱えている。それでも目は諦めてはいない様子だ。


「くっそ! やっぱあいつら好かないぜ」

「けれど、やむを得ない措置であることは事実なのよね……」


 J.C.さんは苦い顔をしながらも、彼らの措置には一定の理解を示している。


「それで、ユウさんはどうしろって言われたんだよ」

「異変の調査に関して一任されたよ。期限までは好きにやれって。基本的には今までの方向性で行こうかと考えている」

「つまり世界の記憶――つーかラナ様の記憶を求めていくわけか」

「ボクもそれでいいと思う。答えは世界の真実の先にある。そんな気がするから」

「でも、ヴィッターヴァイツのクソ野郎とか、ナイトメア=エルゼムみたいなのがまたいつ攻めて来ないとも限らないのよねえ」


 そうなんだよな。いくら彼らでも大都市以外は手が回らないし、そもそもラナソールについては何の保証もない。

 それに時を経るにつれて、ナイトメアや魔獣は明らかに凶暴性を増してきている。魔神種のような凶悪なのも現れ始めた。

 この先ますます戦いが過酷になる中で、今のままで対抗していけるかというと……。


「ユウさん。ちょっといいですか」

「どうした。リク」

「その……僕、ずっと悔しかったんです」


 難しい顔で考え込んでいたリクが、思いの丈を語り出した。


「外で機械やナイトメアが暴れていても、僕は見ていることしかできなかった。子供が助けを求めてたのに。聞こえてたのに……僕は怖くて動けなかった。ハルさんのことも。あんなに苦しんでいるのがわかってたのに、やっぱり僕には何もできなかった。自分の身を守るだけで精一杯だった」

「それは……」

「仕方ないって思いますか? 誰より仕方ないって思えないあなたが。僕にはそう思えって言いますか?」

「そう、だよな」


 一般人だから。戦えないから。そうやって一括りにして良い問題じゃないよな……。

 詫びようとした俺を、しかしリクは制止する。


「別に責めたくて言ってるんじゃないんです。わかってますよ。どんなに僕が戦いたいと願ったって。僕はラナソールにいるような『冒険者』にはなれない。戦闘では足手まといにしかなれないってことは」


 ランドの方を一瞥して、リクは言った。ランドは黙ってリクを見つめ返している。


「でもこれだけはわかって欲しい。僕もずっと同じ気持ちだったんです。悔しかったんです。何とかしたいってずっと思ってて。今も思ってて」

「リク……ああ。よくわかったよ」

「あっ、えーと。そんな顔しないで下さい。僕、その、あんまり口で上手く言えなくて……また責めてる感じになっちゃいましたけど、本当に責めたくて言ってるんじゃないんだ。むしろ僕は……感謝してるんです」

「俺に?」

「はい。ユウさんは教えてくれました。心に直接伝えてくれました」


 リクは俺に熱いまなざしを向けていた。


「たとえ敵わなくても、何度も何度も立ち上がって。あの恐ろしい敵を追い返してみせた。ハルさんだって救ってみせたじゃないですか! あなたの姿を感じて、決意を見て、僕は思った。気付きました。何も力だけが戦いのすべてじゃないんだって」


 この場にいるみんなが同意するように、強く頷く。

 どうやら俺の戦いは、心の繋がりを通じて、自分が考えていた以上に他の人に感銘を与えていたらしい。

 リクの言葉には熱がこもっていた。


「きっと何かあるはずなんだ。僕にもできることが。僕にしかできないことが。僕は……それをずっと考えてました」


 今、俺にははっきりと「見える」。

 彼の中で沸々と燃え滾る希望への意志を。彼の中で芽生え始めた『小さな英雄』を。


「ユウさんは教えてくれました。身をもって示してくれました。そうだ。僕たちはただ蹂躙されるだけの、決して無力なだけの存在なんかじゃない! 僕たち人間にも、いや人間だからこそできることがあるはずだって!」

「……へえ。やっぱお前も考えることは同じか」

「みたいですね」


 阿吽の呼吸で示し合うリクとランド。


「何を考えているんだ」


 尋ねると、ランドはにやりと笑った。


「なあユウさん。あんた、これまでどれだけの人を依頼で助けてきた?」

「え? それは……」


 唐突な質問だ。

 言われてみれば、この2年ほど、本当にたくさんの依頼を受けてきたな。

 依頼で直接関わった人数で言えば――12348人。彼らの家族や友達なども含めたらその3倍くらいはいくだろうか。


「1万人以上はいると思うけど」

「それですよ!」


 リクは息巻く。

 ランドが俺の肩を叩いた。励ますように。


「あんたが助けてきた人間を、今度はあんたが頼る番じゃないのか? 俺たちみたいによ」


 それは……!


「へえ。ランドにしては素晴らしいアイデアね」


 感心したシルが後を継ぐ。


「この世界の人間だけじゃない。ラナソールの冒険者だって、ありのまま団だって、他の住民だって、きっとユウのためなら力になってくれるはずよ」

「いいねいいね。ボクも大賛成だよ!」


 ハルが拍手喝采する。

 全員が湧き立つ中、リクは俺の目をじっと見て言った。


「僕は見てきました。隣から見てきました。あなたが繋いできたものは、決して小さいものなんかじゃないはずです。時間は限られていますけど……その限られた時間をかけるだけの価値はあると思うんです」

「そうか……そうかもしれないな……」


 だけど。

 俺が《マインドリンカー》を十分な強度で維持できるのは、まだ数人が限界だ。薄く伸ばしても、千人程度でもう無理が生じる。

 アリスたちのような最も親しい者同士であっても、繋ぎ過ぎればたちまち理性を失うことになった。

 エルンティアでも暴走しかけた。

 まして、万人規模では使ったことがない。そこまではさすがに考えてなかった。

 また制御を失い、暴走してしまわないだろうか。それが黒の力のように、かえって悪い結果をもたらすことにはなりはしないだろうか。

 思い悩む俺に、ハルが温かく微笑みかける。


「不安はよくわかるよ。でも、何もキミが一人で支える必要はないんじゃないかな」

「あのときとは違いますよ」


 事情を知っているらしいアニエスも、励ますように追随した。


「ユウくん。あなたはあのときよりも強くなりました。そして今ここには、あなたの力を十分よく知っている人間がたくさんいます」


 確かにそうだ。

 あのときも、あのときも、俺は自分の力の使い方さえろくに知らなかった。

 だからほとんど自分とユイ、加えてもリルナだけで能力を制御しなければならなかったんだ。

 でも、今は――。


「僕たちにできることがあるとしたら、それは」

「キミが一人では心を支えられないのなら」

「私たちが全力で助けになるわよ!」

「おうよ! 大船に乗ったつもりでいてくれよな!」

「あたしも微力ながらですが」

「私だってね。恩人の息子のためだもの」


「みんな……!」


 こんなにもたくさんの「繋がった」仲間がいる。


 仲間たちの熱い声援に刺激を受けたのか、普段は滅多に声を荒げることのないダンも感極まっていた。


「私には詳しい事情などまったくわかりませんが……我々も気持ちは同じです! いや、我々だけじゃない。もっとずっと多くの人たちが。ユウさん、みんなあなたの力になりたいのです!」


 そうか……。


 胸が熱くなる。


 どうすれば「奴ら」に負けない戦いができるのか。もがき続けてきた。


 ……笑ってしまうよな。ついさっきまで探そうと思っていた道は。


 日々の中で大切にしてきたもの。俺たちの歩んできた道にもう答えはあった。


 初めに気付かせてくれたのは、他でもないリクだった。


 無駄なことなんか何一つなかった。ずっとここにあったんだ。


 トレヴァークの人たちの、そしてラナソールの人たちの想いや力が。

 一つ一つはほんの少しであっても、それが何千何万と束ねられたなら。



 ――届くかもしれない。フェバルの領域に。人のままで。



「ユウさん。行ってきて下さい。あなたが言っていたように、僕らの想いを束ねて。そしてきっと、本物の英雄になって帰ってきて下さい。僕たちは待ってます」

「ああ――ああ! 行ってくる!」


 ダンの手を取り、まずはレジンバークへ。


 いま一度、人の絆を繋ぐ旅へ。みんなが待っている。

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