246「星海 ユウは諦めない」

 ダイラー星系列との対談を終えた俺は、暫定政府のエントランスでJ.C.さんに再会した。

印象通りというか、ブレイに比べるとランウィーの方がきつい性格のようだ。ヴィッターヴァイツと義姉弟であるという関係もあることから、色々と小言を言われてしまったらしい。

 今後、ダイラー星系列の妨害をしないこと、対ヴィッターヴァイツに協力することを約束させられたようだ。

 それから、なぜか彼女には全力で頭を下げられてしまった。


「中々言うタイミングがなくて……とても大事なことを伝えられなくてごめんなさい!」

「えっと。何ですか?」

「実は私ね。あなたのお姉さんに……ユイちゃんに会ってきたの」

「ユイと!?」


 ウィルに殺されてしまったと思っていた。

 フェバルだからどこかで生き返っているかもしれないと、淡い望みは捨てられなかった。

 ただ、ユイはあくまで俺の能力によって生まれた存在だ。厳密にはフェバルそのものではない。

 もしかしたら。最悪のことばかり考えていた。

 心が繋がらないから、ほとんど絶望視していたのだ。


「ユイは、ユイは生きてるんですか!?」

「ええ。でも実際、本当に危なかったのよ。私が助けなければ、そのまま死んでしまっていたでしょうね」

「どうやって……?」

「ハルって子を助けたのと同じようにね。【生命帰還】――完全に死んでいない限りは回復できるわ。それが私の能力なの」


【生命帰還】。

 さすがに死者蘇生まではいかないらしいけど、究極にも近い回復能力だ。そんな凄まじい力があったなんて。

 まるで俺を救うために計らってくれたような、奇跡の力だ。


「そっか……」


 ユイが生きている。

 また触れ合える。また一緒に旅ができる。


「そっかぁ……」


 ――もう大丈夫だ。いける。頑張れる。


 心に灯がともった。

 君がいるなら、俺はどこまでも戦える。旅を続けられる。

 それに、素敵な仲間たちだっているんだ。


 ……それにしても、今日は何回泣かされるんだろうか。


「ありがとうございます……! J.C.さん! ユイのこともハルのことも。この恩は決して忘れません!」

「いいのいいの。元々あなたは助けてあげたいと思っていたし。それにね……」


 J.C.さんはなおも申し訳なさそうにしている。

 その理由にはすぐに思い当たってしまった。


「そうだ。ユイは? ユイが無事なら、どうしてここにいないんですか?」

「そのことなんだけど……ごめんなさい。連れて来られなかった。あの子は未だにアルトサイドにいるわ」

「なんだって!?」


 涙が引っ込む。

 ユイが未だに非常に危険な状態にあることがわかったからだ。

 ユイには光魔法があるから、大抵のナイトメアには負けないだろう。

 だがアルトサイドには、あの恐ろしいナイトメア=エルゼムがいる。

 果てしなく広い闇の世界でばったり出くわす可能性はあまり高くないかもしれない。けれど、もし出会ったときのことを考えれば……。


「あの子、今はあなたとの繋がりが切れているから。もしそのままトレヴァークに連れてきてしまったら、どうなるかわからなかったの。最悪消えてしまうかもしれないって。そしたらあの子、私にこう言ったのよ。自分の無事をあなたに伝えて、あなたの力になってあげて欲しいって」

「そうだったんですか……」


 J.C.さんが申し訳なく思う理由はまったくない。命を助けてくれたという事実だけでも素晴らしいことだ。

 それにおそらく、ユイの意志は固かったのだろう。ユイも言い出したら聞かないところがあるからな。

 おかげでハルは助かったことを思えば、二人の決断が俺と彼女を救ってくれたことになる。

 代わりにユイは最も危険な場所に一人でいることになってしまったけれど。


「ユイを助けにいかないと。何とかならないでしょうか?」

「気持ちはわかるけど……すぐには無理ね。あの世界では感知の類はほとんど役に立たない。何も手掛かりがなければ難しいのは、あなたもわかるでしょう?」

「そうですね……」


 せっかくユイが生きていることがわかったのに、迎えに行けないなんて。もどかしい。

 心苦しいけど、今は無事を祈るしかないのか。

 ほとんど諦めていた可能性が現実的なものになっただけでも、今は前向きに捉えよう。

 きっとユイは諦めずに戦っているはずだから。


 ……そうだな。今はできることをしよう。


 俺もユイも目的は同じ。世界の異変の解決を目指して動いていけば、いつかは再会できるはずだ。

 また生きて会えると信じよう。姉ちゃんは強いんだから。




 外ではランドとシルヴィアが待っていた。《マインドリンカー》を繋ぎ直しておく。

 ひとまず、俺の店で待っているハルのところへみんなで向かうことにした。

 リクにも電話で連絡を取ると、彼も来るようだ。シズハはエインアークスでの仕事があるので、シルヴィアを介して話だけは聞くということになった。

 ランドとシルヴィアには対談の内容を迫られたが、詳細はみんな集まってから話すことにする。

 歩きながら、主にJ.C.さんと話した。

 J.C.さんは母さんとは旧知の仲だということだ。しかも母さんがJ.C.さんの命の恩人であり、名付け親でもあるみたいだった。

 J.C.ってなんか響きが英語っぽいなとは思ってたけど、ガチのイニシャルだとは思わなかった。

 ちなみに由来を聞いたところ、恨みがましく「適当に付けられた名前よ」と言われてしまった。


 なるほど。たぶんノリと勢いで付けたやつだな。あまり考えずに。

 うちの母が本当にすみませんでした。どうしようもない母ですみません。


 ん。待てよ。ということは……。


「うわ」

「どうしたの?」

「俺、あんな奴と親戚みたいなものなんですか……おじさんなのか……」

「ぷっ」


 突然J.C.さんが吹き出したので、俺は戸惑った。


「ふふ。やっぱり似たもの同士だなと思ってね。ユイちゃんもまったく同じこと言ってたわよ」

「あーそうだったんですね」


 元が半分同じせいか、本質的に発想が似てるんだよな。言われて全然悪い気はしないけど。


「意地っ張りなところもそっくりね。あのヴィットに一歩も引かないんだから。まったくひやひやしたわよ」

「どうしてもあいつには負けたくなくて」


 記憶になくても、ふとした拍子に蘇るものがある。

 魂が覚えている。間違いなく、深い因縁があったのだろうと思う。

 そう言えば、あいつ……。

 俺は気になったことをJ.C.さんに尋ねてみた。姉なら何か知っているかもしれないと思って。


「ただ、あいつ……ヴィッターヴァイツは、深く絶望していたんです」


 俺が黒い力の暴走から立ち戻ったとき、心を読む力も蘇った。

 そのときに奴から受け取った感情が……愉悦でも加虐でもなく、とてつもなく深い絶望だったのには驚いた。

 あのときは怒りが遥かに勝っていたから、深くは考えなかったけれど。


 絶望。あいつは絶望している。


 好き勝手暴れ回っているように見えて、破壊も殺しも楽しんでいるように見えて、その実、空虚な己を誤魔化しているだけなのだと気付いた。

 そこにあいつが「人間」だったときのヒントがあるのではないか。付け入る隙があるのではないか。そう思った。


「J.C.さんは、何か思い当たることはありませんか」

「……ごめんね。私にもわからないわ。どうしてあの子が……。ただ……【支配】なんかろくな能力じゃないって昔のヴィットは常々言ってた。その気になれば【支配】できてしまうことが怖い。できればこんな能力など使いたくないって」

「あのヴィッターヴァイツが、能力を使うことを怖がっていたんですか」


 あれほど【支配】を加虐的に使いこなしている男の現在とは思えないかつての姿だ。

 思えば、あいつは【支配】が効かないときに嫌な顔など一つもしなかった。むしろ自分に【支配】されず、渡り合える者には顔を綻ばせていたじゃないか。

 あいつは、自分の能力を憎んでいるのか。


「ええ、そうよ。そうだったの。だから私は言ったのよ。人の【支配】なんてしなくてもいい。いやしない方がいい。ただ無生物に対して、人を助けるためだけに使えばいいって。ヴィットはそうだなって、その力を人のために役立てていたの」

「最初は本当に人助けのために力を使っていたんですね」


 今のアレからはとても信じられないが、J.C.さんはまったく嘘を吐いている様子ではない。

 奴の根っこが武人であることは、ジルフさんも言ってたし、黒い力を使った俺に対する剥き出しの対抗心からも感じた。

 元は愚直な男だったのだ。

 何かが奴を絶望させてしまった。何かが奴を狂わせてしまった。

 俺は今、それを知りたい。


 意を固める俺に対して、J.C.さんは目を細める。


「ユウ。あなたは本当に不思議な人ね。ユナにも驚かされっぱなしだったけど……。あなたは、敵であるはずのヴィットに対しても理解しようとしている。普通はできることじゃないわ」

「それほどでもないですよ。あんな奴のことなんて、絶対に許す気はないですから。ただ……」


 俺は自分の想いを語る。


「俺、フェバルに勝つためには、ただ殺すだけでは意味がないと思うんです。ただ殺しても死なない奴らに対して、それは何の解決にもならない」

「そうね……。あなたの言う通りよ」


 もしフェバルを真に殺せるならば、話は違うかもしれない。

 黒い力を使っていたときによぎったように、数え切れないほどの死を一度に与えれば。

 あるいは、フェバルを真に殺せるというあの力――トランスソウルなら。

 けれど、前者はもう使う気はないし、後者は使えるものではない。

 とりあえず、今あいつを本当に殺して止める方法はない。

 だから考える。


「仮にあいつを上回る暴力で葬ったとしても、あいつは蘇った先で、絶対的な力こそ真理であるという己の正しさに確信を深めるだけです。いや、あいつ自身だって本当はそんなもの虚しいとわかっているのに、いつまでも自分を誤魔化したまま、無意味な破壊行為を繰り返すでしょう」


 そんなのはやられる者にとっても、あいつ自身にとっても、悲し過ぎる。


「俺にあいつを改心させられるとは思えないけど……俺はあいつを止めたい。本当の意味で負けを認めさせてやりたいんです」


 あいつが信じるフェバルの力に対して、違うのだと叩き付けてやる。

 お前に【支配】できない「人の意志」があるのだと、蹂躙されるままではないのだと、突きつけてやるんだ。

 俺なら、俺たちならそれができるはず。

 俺が架け橋になる。俺のフェバルの力は、そのためにある。

 それが俺にできるあいつへの復讐だと、今なら思う。


 聞き入るJ.C.さんに、俺は続ける。


「あいつが……ヴィッターヴァイツが、どうしてやけに俺に固執するのか、少しわかった気がします」

「それは……ぜひ聞かせて」

「俺は今、たぶんあいつが捨ててしまったものをまだ大切に持っているんですよ」


 みんなを見渡して、俺は頷いた。


「だから気に入らないんだ。許せないんだ。俺にも絶望して欲しいと、すべてを捨てろと、同じ道を歩めと願っている。自分がそうなってしまったように」


 それがわかったから、俺はもう絶対にあの力を使ってはやらない。

 そして、そんな想いが言動に現れてしまう奴の心に、奴の「人間」が隠れている。

 俺は確信を込めて言った。


「『人間』ヴィッターヴァイツは、まだ死んでません。俺はあいつに負けたくないんだ。あんな奴の思い通りにはならないんだ。今度こそ」


 俺が人を捨てずにフェバルに打ち勝つ。ほんのわずかな望みがあるとすればそこだ。

 お前がフェバルになってしまったとほざくなら。「人間」など忘れてしまったとほざくなら。

 嫌でも思い出させてやる。

 お前の思い通りにならない者たちがここにいるぞと。

 そしてお前もまだ「人間」なのだと。俺が教えてやる。

 そのためなら、何度でも正面から向き合ってやるさ。嫌というほどに。

 俺はお前に力では勝てないかもしれないが、お前も俺を力で屈服させることはできない。


 俺という人間を怒らせたことを。敵に回したことを後悔させてやる。


 俺は、諦めないぞ。


 闘志を燃やす俺に、J.C.さんは瞳を潤ませていた。


「そう……。あなたの決意、確かに伝わったわ。あるいはそんなあなたなら……奇跡だって起こせるのかもしれないわね」


 彼女は手を差し出して言った。


「ぜひ私にも協力させてちょうだい。ヴィットを止めるためなら何だってするわ」


 俺は強く頷いて手を握り返す。J.C.さんと繋がった瞬間だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る