239「トリグラーブ強襲」
ラナの記憶にはまだ続きがある。それを見るためには、次の場所へ行って記憶のオーブを回収しなければならない。
何となくではあるが、次の場所までの大まかな距離と方角はわかるようになっていた。
「たぶん次の記憶はトレヴィス大陸にあるな。距離的にはグレートバリアウォールのどこかっぽいんだけど」
「じゃああたしの転移魔法で近くまで行って探してみますか」
「そうだね。頼むよアニッサ」
四人で移動しようとしたところだった。突然リクから心の声が飛んできた。
『大変だ! 大変なんです!』
ひどく焦っているのが伝わってくる。
『どうした!?』
『町にいきなり大量のナイトメアが現れて――機械兵士たちが応戦してるんですけど……って、うわあああああああああああ!? 機械兵士まで一緒になって暴れ出したああああああああ!?』
『おい! 大丈夫か、リク! すぐ行くからな!』
『はいいいーーー! 待ってますーーー!』
「何だか妙な胸騒ぎがして落ち着かないぜ」
「私も」
リクと繋がりのあるランド、そしてシズハと繋がりのあるシルヴィアもただならぬものを感じているようだ。
ナイトメアが現れたのはまだわかる。いつかはその時が来るだろうとは思っていた。
だけど機械兵士まで暴れ出すってどういうことだ。
……そうか。俺はそれができる奴を一人知っている。まさか、あいつが?
そのとき、まるで己の存在を知らしめるかのように一つの反応が現れた。
距離と方角からしてトリグラーブの付近。遠く離れていてもはっきりとわかるほど強大なフェバルの気。
やっぱりか。ヴィッターヴァイツ……!
誰かを支配して出せる規模のパワーじゃない。紛れもなく本体だ。とうとうトレヴァークにまでやってきたのか!
アニッサも奴の気配を感じ取ったのか、顔をしかめている。俺が気の読み方を教えてあげたランドにも恐ろしさがわかったようで青ざめていた。シルヴィアだけは何も感知できていないのか、普通にしているが。
まずいぞ。よりによって奴を迎え撃てるフェバル級の味方がいない。
悔しいけど、俺じゃ奴には太刀打ちできない。
だが逃げる選択肢なんて考えられない。
トリグラーブにはみんながいるんだ。もし聖地ラナ=スティリアと同じことになんてなったら……!
「ユウさん。なんなんすか? あの馬鹿でかい気は?」
「またあいつ? 本当に邪魔ばっかりするんだから!」
「え、え? やっぱり何かあるの?」
『ユウくん。外が大変なことになってて……どうしよう?』
ハルが不安に怯え、三人がそれぞれの反応を示す中、俺は決断した。
行こう。敵わなくても何かできることはあるはずだ。
機械兵士が操られたとはいえ、ダイラー星系列がやられっぱなしでいるとも思えない。間違いなく応戦する。
そこに助力すれば、追い返すくらいのことはできるかもしれない。せめて親しい人たちの安全を確保するだけでも。
「予定変更だ。すぐにトリグラーブに行こう。アニッサ。転移魔法を頼む!」
アニッサに顔を向けると、彼女は叱られた子供のようにしゅんとなっていた。
「すみません。ダイラー星系列が転移プロテクトをかけちゃってるせいで、直接は飛べないんです……。いくらか離れた場所なら行けるんですけど……」
「そうなのか。くそっ!」
ダイラー星系列なら、その手のプロテクトくらいわけないよな。俺の『心の世界』のパスが特別なだけか。本来なら奇襲とかから防護する役目を果たしているのだろうけど、今に限っては完全に裏目だ。
「ごめんなさい。あたしにもっと力があれば……」
「君が悪いわけじゃない。しょうがない。俺だけでも先に行く! みんなは付近に転移してからなるべく早く来てくれ!」
ランドとシルヴィアを巻き込んで良いか迷ったけど、トリグラーブを守り切れなければどうせみんな死ぬ。少しでも戦力はあった方がいい。
「ランド。手を!」
「あいよ!」
俺はリク-ランドパスを使ってトリグラーブに飛んだ。
***
突如として出現したナイトメアの軍勢は、従来の散発的かつ非理性的なものとは明らかに規模も性質もかけ離れていた。
配下の機会兵士も暴走したことで、ダイラー星系列は混乱し、ブレイとランウィーも対応に追われていた。
「どうなっている。まるで統率の取れた軍隊のようだ。狙って人間だけを攻撃しているぞ」
「まずいです! シェリングドーラとレプタントも制御下を離れて暴れ始めています!」
「なんだと? 誰がやったんだ。電波妨害や単純な遠隔操作に対してはプロテクトをかけていたはずじゃないのか」
「はっ! もしやフェバルの能力によるものでは!?」
「大規模の操作能力か……? だとしたら派手にやってくれたものだな。能力に耐性のあるのは、バラギオンくらいだ」
ダイラー星系列の操る焦土級以上の兵器には、特殊攻撃保護機構という機構が備わっている。
いわゆるフェバルの能力である星脈性特殊攻撃と、その他ダイラー星系列が致命的であると規定する数十種の非星脈性特殊攻撃から防護する機構である。
ただし、多種多様に渡る特殊攻撃をガードする関係上、極めてエネルギー消費が激しいため、緊急時にマニュアル操作しなければ機能しないようになっていた。
ただ一機例外がある。特別仕様のバラギオンであるフォアデールは高級バッテリーのデュコンエーテリアルドライブを内蔵しており、特殊攻撃保護機構の常時展開が可能であった。
「よし。バラギオンを直ちにプロテクトし、六体に大規模攻撃からの防御結界を張らせろ! さらに残りの五体は各敵対象破壊に向ける。シェリングドーラとレプタントはどうにもならん。ナイトメアと共に破壊対象とする!」
敵がフェバル級ならば、防衛すべき拠点を丸ごと消し飛ばしてしまうような大規模攻撃をまず警戒しなければならない。
バラギオン複数体であれば、相乗効果によって、星撃級の攻撃でも数回までならば耐えるような防御結界を建物の一つまでくまなくかけることができる。といっても数回が限度であるから過信はできないが、その間に元凶を叩く時間を稼ごうという狙いである。
そして、特殊攻撃保護機構のない焦土級未満の兵器を処分する苦渋の決断をも下したブレイであるが。
「……! おい、今の感じたか?」
「はい。直ちに反応付近の映像を映します!」
探知機器が捉えるまでもなく、ヴィッターヴァイツがあからさまに力を解放したのを二人は感じ取っていた。
ランウィーが機器を操作し、モニターに映ったのは、一人の大男が、トリグラーブへ援護に向かおうとしていたバラギオンの一体と交戦しているところだった。
「あっ、バラギオンと交戦し――ダメですね。破壊されました」
「バラギオンが数合ともたんか。厄介だな」
実力からして戦闘タイプのフェバルと見て間違いないだろう。それも相当に力があるようだ。
「天下のダイラー星系列と知っての狼藉。よほど自信があるのか、馬鹿なのか……。ただでさえ頭が痛いのに、まったく舐めた真似をしてくれる」
ブレイは憮然とした表情で眼鏡を押し上げてから、ランウィーの目を見つめて言った。
「ランウィー。君は各員と協力し、本星への報告と後方支援にあたってくれ。特にバラギオンがこれ以上破壊されないよう保護を優先し、私に適宜状況を報告するように」
「あなたはどうするおつもりですか?」
「あの男の対処だ。私自ら行く。もし私が敗れた場合は拠点を放棄し、一時撤退せよ」
ブレイ自らヴィッターヴァイツと戦い、敗れた場合はトリグラーブを明け渡して逃げろという命令だった。
つまり彼には絶対の勝てる自信がないということである。
彼女の瞳が不安に揺れた。
「敵はかなりの力を持っているように見受けられました。本当にお一人で大丈夫ですか?」
「重々承知の上だが、放っておくわけにもいかない。条約がある以上は、可能な限り現地人の人命を守るというのが私の仕事だ。それに私はフェバルだ。命は安い」
命が安いという言葉に一瞬ランウィーは悲しげに視線を迷わせたが、上官の命令は絶対である。彼女は反対の言葉を呑み込んだ。
「それよりも君を失うわけにはいかないんだ。私が一人で行く。いいな」
「……はあ。あなたは本当に苦労性ですね」
「すまないな。心労をかける」
「承知しました。ご武運を。無茶はしないように。現地人命の救助は絶対の義務ではありませんので」
「わかっているさ。行ってくる」
決意を胸に暫定政府を飛び出したブレイであるが、肩すかしを喰らうことになった。
「……どこだ。どこへ消えた?」
いつの間にか、ヴィッターヴァイツは忽然と気配を消してしまったのである。
ヴィッターヴァイツは、フェバルとしては珍しい実直な鍛錬者であり、極めて高度な自己制御ができる者である。
彼は己の気配を巧妙に消していた。
先刻のバラギオンの破壊は宣戦布告としての行為であり、また「捉えられるものなら捉えてみろ」というあからさまな挑発行為でもあったのである。
仕方なく、彼はランウィーに通信した。
「ランウィー。常に目を光らせておいてくれ。何か動きがあればすぐに教えてくれ」
『承知しました。なるほど。こうなることを見越して先に目を奪ったわけですか……。敵は大胆不敵にして、中々老獪のようですね』
普段は目となるはずの多数の機械兵士を失った彼らには、男の居場所は容易に掴めない。
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