209「シズハ救出作戦 1」

 ハルとの通話を終え、カフェから出ようとしたところ、一人の黒服が俺に近付いてきた。

 誰だろう。悪意はないみたいだけど。

 黒服は一枚のメモを差し出して言った。メモには人気のない倉庫が記されているようだ。


「ホシミ ユウさんですね。"奇術師"からお話があると」

「ルドラが?」

「はい。既にご存知かと思いますが、ボスはあなたとの接触ができないようダイラー星系列に監視されています。しかし書類上は処分を下した"奇術師"ならば接触が可能だと、彼にあなたの捜索を命じておりました」


 なるほど。よく俺の居場所がわかったなと思う。俺の現れそうな場所を予測し、根気強く待っていないと無理だっただろう。


「わかった。すぐに行こう」


 ルドラはいけ好かない男だが、組織への忠誠心については疑いの余地はない。こちらとしても情報交換とシズハの安否は知りたかったし、望むところだ。


「そうだ。ついでだけど、急ぎでいくらか資金と物資の用意をお願いできるかな」


 と言ってメモを借り、色々とそれに書いて手渡す。

 大量の食料や数人分のキャンプ用品・サバイバル用品などを列挙したメモを見つめた黒服は、「かしこまりました」と頷き、すぐに手配を開始してくれた。


 パトロールに見つからないよう細心の注意を払いながら、指定された倉庫に向かう。薄暗い倉庫を奥の方まで歩いていくと、"奇術師"ルドラ・アーサムが待ち構えていた。


「ご健勝のようだねえ。ホシミ ユウ」

「よく俺を見つけられたな」

「ふん。オレの方が連中より勘が冴えてたということさ。あんたが無事なら、必ずシズハやリク、ハル辺りと接触しようとするだろうと踏んでいた」

「その読みを敵対に使われなくて今はよかったと思っているよ」


 やはり腐っても世界随一の裏組織の幹部だな。さすがの遂行力だ。もし前にシズハを人質に取るのではなくこそこそと動き回られていたらもっと厄介だっただろう。


「オレとしちゃ、あんたに組織を潰されなくてよかったと心から思っちゃいるがねえ」

「そうかい」

「フフッ」


 お互い胸の内に抱えたわだかまりを隠さず、不敵な笑みを応酬した。


「ボスから、もしホシミ ユウの生存を確認し接触できたなら、情報交換するようにとの仰せをつかっている。ボスはかなり悲観的だったが、正直オレはあんたがそう簡単にくたばるようなタマじゃないと信じていたよ」

「妙な信頼もあったものだな。まさかお前と情報交換することになるなんてね」

「オレも同感さ。こいつも縁かねえ。ああ、心配するな。偽りを報告するつもりはないとも」

「その点については疑ってないよ」

「……そりゃどうも」


"奇術師"らしい飄々とした口調で話していた彼は、どこか苦々しい――まるで認めたくない敗北を認めるしかないような表情で続けた。


「オレがこの仕事を引き受けたのは、組織にとって必要だと思ったのもあるが……ホシミ ユウ。あんたにシズハを救ってもらいたいと思って探していたのさ」

「やっぱりシズハの身に何かあったんだな」

「薄々察しは付いていたみたいだねえ。彼女は今、組織の病棟で寝ているよ。……夢想病さ」


 そして彼から経緯を聞いた。

 終末教の暴動鎮圧にあたっていたところ、シズハが突然倒れてしまった。仕方なく戦闘を切り上げ、彼女を担いで本部へ帰還した。

 医療班が手を尽くしたが、夢想病だとわかると経過を見るしかなくなってしまったと。


「どれほど身を案じてみても、結局あんたしか彼女を救えないんだ。オレでは何もできない」

「だから嫌いなはずの俺を必死に探していたんだな。生きている可能性に賭けて」

「悔しいことにねえ」


 俺は深々と頭を下げた。


「礼を言う。お前がいなかったら、シズハは倒れたまま暴徒に殺されていたかもしれない」

「……つまらん礼を言われる筋合いはないな。オレが望むのは一つだ。シズハを助けられるのか? あんたなら」

「助けてみせる。彼女のところに連れていってくれ」


 情報交換をしつつ、ルドラに連れられてシズハのいる場所へ向かう。ダイラー星系列に見つからないよう、彼の別荘に医療器具を持ち込んで看病しているのだという。

 そこで、ベッドに意識なく横たわる彼女の姿を見つけた。


「シズハ……」


 ただでさえ色白な彼女の顔はさらに青白くなっていた。数週間も寝込んでいることから、幾分頬も痩せこけてしまっている。

 しかし浅い呼吸を繰り返していることから、死んではいないようだ。生きているのであれば希望はある。

 彼女の額に手を触れて念じる。心の行き先を辿ることに集中する。十分親しくなっていた俺は彼女の心に侵入することができた。


 これは……?


 どうやら彼女は終わらない悪夢を見ているようだった。自分の殺してきた人たちに苛まれ続ける夢。

 仕事を一つこなすたびに、心が擦り減っていく彼女の姿が見えた。

 俺は同情する。やっぱり……彼女には向いていない仕事なんだ。

 悪夢をくぐり抜けた先に、もう一人の彼女の姿が見えてくる。

 シルヴィアも倒れていた。場所は――周りが薄暗闇一色の世界……アルトサイドだ。


 よりによって最悪の場所だ。危ないぞ。早く助けないと。


 ただどういうわけか、幸いなことにナイトメアは取り憑いてはいないようだった。彼女に近付いてはすべて弾かれている。何か不思議な力で守られているようだ。

 よくはわからないけど助かった。まだ間に合う。彼女を助けられるぞ。

 早速俺は切れてしまった心の繋がりを修復するために能力を使った。


《マインドリンカー》


 だが上手くいかなかった。

 いくら繋ごうとしてみても、アルトサイドへリンクを伸ばした瞬間に弾かれてしまう。まるで悪夢が明確な意思をもって邪魔しようとしているようだった。

 くそ。ここからではダメなのか。

 どうやら直接心の方――シルヴィアの下へ向かう必要がありそうだった。シルヴィアに直接触れて繋いでやれば、悪夢に妨害されることもないだろう。

 せめてシズハとのリンクはずっと繋いでおいて、シルヴィアの位置を感知できるようにしておく。これで向こうでも迷うことはないはずだ。

 せっかく苦労してトレヴァークに来たのに、またあの世界か。いや、背に腹は代えられない。それにランドがいれば、俺だけならいつでもリクのところへ戻って来られるはずだ。条件は格段に有利になっている。


「どうだ」

「彼女は助かるよ」

「本当か!?」

「ああ。でも今すぐには無理だ。時間が欲しい」

「わかった。希望が見えたんだ。あんたを信じて待つことにするさ」

「待っててくれ。上手くいけば自分から目を覚ますはずだ」


 ルドラにボスへの報告を頼み、支援資金と物資を受け取った俺はリクの下へと帰った。そしてすぐに心のパスを使い、ランドのところへ飛んだ。

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