208「ユウ、ハルと繋がる」

 互いの近況報告も終わり、久しぶりにリクに手料理を振舞っていた。

 俺もずっと何も食べていなかったからお腹が限界だった。気持ちに焦りはあっても、長丁場になる以上は体調管理も大切だ。

 満腹になったリクは幸せそうにお腹をさすっている。


「ふう。食べた食べた。やっぱりユウさんの手料理は最高ですね」

「どうも。俺も久々にまともなものを食べた気がするよ」


 しばらく野宿が続いてたからね。

 今日だけはしっかり休んで、身体と服を洗うくらいはしておくか。次いつできるかわからないし。

 身体も服もユイがいたら魔法で一発なんだけどな……。


「この後はどうするんです?」

「もう良い時間だし、今日のところは無理せず泊まっていくよ。明日はハルに会ってからこっちに戻って来ようと思う」

「だいぶお疲れみたいですもんね」

「何週間もぶっ続けで戦うのはさすがにこたえたな」


 一切気を抜けない時間が続いたからな。ダイラー星系列の懐にいる今も全然気を抜けないんだけど、身体は寝ろとしきりに訴えかけている。


「まあ今日くらいはゆっくりしていって下さいよ」

「助かるよ」

「そうだ。ユウさんって電話なくしたんですよね。僕の貸しますから、ハルさんに電話かけてみますか?」

「うーん。そうしたいのは山々だけど、やめておくよ。通信とか傍受されてそうだし」

「あー、そういう可能性もあるんですね」

「直接会いに行ってみるさ」

「だったら気を付けて下さいね。病院は夢想病患者で溢れ返っていて、調査のためとか言って特に監視が厳しくなっているらしいですから」

「そうなのか」


 どこまでも厄介だな。ちゃんと会えるだろうか。


「そうだ。悪いけどいくらかお金貸してくれないかな。そんなに使わないと思うけど、まったくないのも不便だから」

「でもユウさんって結構お金持ちだったと思うんですけど」

「今手持ちがなくてさ。回収するにも手配中の身だからね……」

「わかりましたよ。100ジット札……えーと。3枚くらいでいいですか?」

「恩に着るよ。今度色付けて返すね」


 翌日。リクと別れた俺は、ハルと会うためにトリグラーブ市立病院まで徒歩で移動した。無数にいるパトロールの目を縫っての移動になるため、距離に比べてやたらと時間がかかってしまう。

 朝に出て、結局病院の近くまで来られたのは昼に近い時間になってしまった。

 そして、予想以上に病院の警備が厳しいことを知る。

 入口からして機械兵士が十体以上は並んでいる。それらの目を盗んで忍び込むのは現実的ではないだろう。

 これじゃ直接会うことはできそうもないな。

 できればハルと会うことでラナソールへの道を確保したかったけれど、仕方ないだろう。

 でもこの距離なら……心を繋げて念話することはできないか。ハルからは好かれているから親和度は高いはずだし。

 近場のカフェに入り、申し訳程度に飲み物を注文する。早速リクから借りたお金が役に立った。

 落ち着いてから、念話を試みる。


『ハル……聞こえるか。ハル。ユウだ』

『……! ユウくん!? どこ? どこにいるんだい?』


 よし。上手くいった。周りにも気を配りながら続ける。


『病院近くのカフェだ。本当は君に会いに行こうと思ったんだけど、外の連中の警備が厳しくてさ。仕方なくこうして君の心に語りかけている』

『そっかぁ……。会えないのは残念だけど、とにかくキミが生きててよかった。本当によかった……』


 伝わってくる感情は心からの安堵だ。よほど心配してくれていたのだと申し訳なくなる。結局聖地テロ事件の後に会えてないし、ラナソールも大変なことになったからな。


『連絡が遅れてごめんな。本当はもっと早く無事を伝えたかったんだけど』

『いいんだ。キミが生きているだけでも十分だよ。うん……元気が出た』


 彼女の心に弾みが出たのがわかる。かなり塞ぎ込みがちだったようだ。


『それで、またキミは厄介事に思い切り首を突っ込んでいるというわけだね? ダイラー星系列からも手配されている、と』

『君の言う通りだよ。あまり自由に身動きができなくて困っているんだ。ハルは? 今困ってないか?』

『心配してくれてありがとう。ボクの方はまあ平気だよ。だいぶ窮屈になってしまったけどね』

『ラナソールは?』

『うん……。そっちはとっても大変なんだ。レオンが懸命に悪夢の化け物からみんなを守っている。いや、みんなとはとても言えないね。腕に抱えられるだけの人間を……フェルノートにいる人々を守るので精一杯さ』


 夢だから自分ではほとんど何もできないもどかしさ。レオンとしての無力感に打ちひしがれているようだった。

 そんな彼女に対して、俺は感謝を示したかった。ラナソールの人たちはまだ生きるために戦っている。希望を繋いでくれたのは間違いなく彼女だ。


『いや、ハル。レオン。君たちは立派だよ。君たちがいなければ、フェルノートのみんなはやられてしまっていたかもしれない。何もできなかった俺の代わりにみんなを守ってくれてありがとう』

『大したことはできてないよ。力及ばなくて、目の前で死んでいった人もたくさんいた。ボクは……悔しいな。ボクにもっと力があれば……』

『気持ちはわかるよ。俺だって……無力だ。でもね。ハル。それでも俺は救われたんだ。君がみんなを守ってくれなかったら、俺はもっとどうしようもない気分に襲われていたかもしれない。ハル。本当にありがとう」


 偽りのない本心を伝えた。少しは慰められてくれればと思っていたけれど、ハルから返ってきたのは意外な言葉だった。


『ユウくん……キミに一体何があったんだい?』

『え……?』

『……隠さなくていいんだよ。本当は泣きたいほど辛いんだよね? 知ってるかい。キミって隠し事がとっても下手なんだ。特にね。心に嘘が吐けない』

『…………』


 念話という手段を用いた弊害か……。

 いや、聡いこの子なら直接会ったときに気付いたかもしれない。

 まいったな。あまり悟らせないようにしようとしていたのに。

 何も言えずに黙っていると、張り裂けそうな哀しい感情を込めてハルが詰めてくる。


『……対等な戦友なんだろう? その言葉は嘘だったのかい? ボクでは頼りないかな? ボクには、相談する価値がないのかな……?』

『……ごめん。ただ……トレヴァークでは……戦えるのは俺一人だから。俺がしっかりしなくちゃいけないから……どんなに向こうで強くても、一般人の君にあまり弱みを見せたくなかったんだ』


 ここはあえて素直に言うべきなのだろう。

 わかっている。力になりたいと言ってくれる相手に突き放すようなことを言えば傷付けることくらい。

 でもそれ以上に傷付けるのは、相手がわかっているのに下手な誤魔化しをすることだと思ったから。


『はは……ダメだな。せめて君たちの前では、頼れる人間でいようって思ったのに』

『ユウくん……』

『俺もさ。弱いんだ。正直今、どうしたらいいのかわからないんだ。ただ、助けたいって一心だけで動き続けてる。まずは身近な人間から……だから君たちに会いに来たんだ。君たちの無事を確かめたかった。そうしないと、何も手を付けられそうになかったんだ』


 ユイもいない今、身近な人間が最後の拠り所だった。

 俺は一人じゃ何もできない人間だ。一人じゃ自分を支えることさえできないだろう。君たちが死んでしまっていたら、俺は崩れていたかもしれない。


『ボクも……そうだよ。ずっとキミに会いたかった。助けを求めていた。でも、もっと切実に助けを求めていたのは……キミの方だったんだね』


 ハルは少しの沈黙の後、改まって切り出した。


『ユウくん。キミの話を聞こう。だから……正直に話して欲しい。キミのことを。これまでのことを』

『……わかった。頼む。助けてくれ』

『もちろんだよ。キミにはいっぱい助けてもらったから。ボクも力になりたいんだ』


 ハルにこれまでの経緯を話した。テロ事件の顛末、アルトサイダーと会ったことも含めて包み隠さず話した。

 自分が世界を壊してしまったこと。結果としてユイが死んでしまったことももちろん言った。

 でも最後の一線として、泣き付くことだけはしなかった。ハルに甘えることはしても、情けなく感情をぶつけることだけはしたくなかった。それをしてしまったら、本当に自分を許せなくなりそうだから。


『謝っても許されることじゃないよな……。守るべき世界を壊してしまったのは、俺なんだ……』

『そっか……』


 すべてを吐露して項垂れる俺に、寄り添うような声色でハルは言った。


『ねえユウくん。キミはこんな慰めを言われるのは望んでいないかもしれないけど……キミだけのせいじゃないよ。キミのその力はキミが望んで得たものじゃないし、ましてキミが望んでやったことじゃない。一番悪いのは直接手を下した人たち、キミを暴走させるまで追い詰めた人たちだよ』

『それでも、もっとしっかりと自分をコントロールできていれば、こんなことにはならなかったかもしれない……』

『そうだね。だったら……キミがそれを許されない罪だと思っていて、少しでも償いたいと望むなら……ボクも一緒に背負うよ。何もキミ一人だけが抱えることはないじゃないか』

『ハル……』

『ふふ。実はちょっとね。安心したんだ。キミは思ってたより遠い存在なんかじゃなくて、いくら強くても普通の男の子なんだってね』

『君は俺のことを何だと思ってたの?』

『前にも言ったよね。世界で一番かっこいいボクのヒーローさ。それは今もまったく変わらないけどね』


 あけすけもなく言われてしまったので、俺は面食らっていた。

 ベッドの上でいたずらっぽく微笑む彼女の姿が見なくてもわかる。


『ねえユウくん。ボクたちには力が足りない、だよね?』

『そうだな』

『でもキミには本当はすごい力があって、けどそれは使いたくない』

『ああ。あんな恐ろしい力は使いたくない。また大切なものを壊してしまう気がして』


 黒い力を使えば大抵の敵は簡単に倒せるだろう。でも世界を壊してしまったように、かえって悪い結果をもたらす気がしてならない。

 根拠は何もないのに、確信にも近い予感がある。魂が理解しているような、不思議な感覚だった。


『ボクもそれでいいと思う。キミはキミのやり方で力を求めるべきだ』


 そこで何を言いたいのか、俺も大体察した。察した通りに彼女は心の声を紡ぐ。


『ボクもキミを背負いたい。ボクも一緒に戦いたいんだ。だから……ボクと繋がってくれないかな』


 今度は恥ずかしい勘違いすることはなかった俺は、心配で忠告する。


『気持ちはありがたいけど……。あまりずっと心を繋げておくのは相当な負担になる。危ないよ』


 確かに《マインドリンカー》の効力は絶大だ。こうして深く心を通わせるほどの関係ならば効力はなお高い。ハルを通じてレオンとも繋がれば、お互い大きな助けになるだろう。

 それでも俺は使用を一時的に留めていた。

 元から一つだったユイや、そもそも俺と波長が合うように特別に設計されたリルナだったらまだいい。それ以外の人が《マインドリンカー》を長時間使用する影響は未知数だ。

 ただでさえユイがいないことで能力が不安定になっている。最悪心が混ざって壊れてしまうんじゃないかという懸念は拭い去れない。

 それでもハルは覚悟を決めて微笑んでいた。


『大丈夫。ユイさんの代わりはできないかもしれないけど、キミのことなら受け入れられるよ』

『でも……もしまた力が暴走してしまったら、キミを潰してしまうかもしれない』

『ぜひそうならないように頑張って欲しい、かな』


 またいたずらっぽく、それも全幅の期待と信頼を込めて言われてしまっては、俺はもうお手上げだった。この子はもう自分の意志を曲げないだろう。


『う。重いな……』

『ふふ。ボク一人守れない者が世界を背負うなんて、無理な相談だろう?』

『そう言われたら何も反論できない……』

『大丈夫。ボクもキミを助けるから。キミは独りじゃないんだからね』


 ――まったく。強いな。ハルは。

 やっぱりこの子と話してよかった。救われたよ。

 まだ戦える。


『じゃあ、いくよ』

『うん。きて』


《マインドリンカー》


 心が接続される。身体が随分軽くなったのを感じる。

 全属性の精霊魔法と魔剣技を使える感覚を得る。今ならS級魔獣が何体来ても戦えそうだ。


『結構強めに繋いだけど、大丈夫か?』


 ラナソールやアルトサイドに行っても効果が切れないよう、ハルとはいつでも念話ができるレベルで強固に繋いでいた。


『う、うん。心がふわっとしてちょっと落ち着かないけど、大丈夫』

『ありがとうな。この力、大切に使うよ』

『うん。一緒に戦おうね。ユウくん』


 心強い味方を得た俺は、改めてシズハ捜索に向けて動き出すのだった。

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