193「ユウ、黒の力を知る」

 捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったもので、一人切りで逃げる羽目になったときは詰みを覚悟したものの、二人との出会いには本当に救われた。

 ラミィさんとザックスさんと合流してからのアルトサイドの旅は、飛躍的に安全になった。闇の化け物もザックスさんの能力【死圏】の前には今のところまったくの無力であり、闇をも超える絶対的な死の概念によって近付く側から駆逐されてしまうのだった。

 とは言っても、ザックスさんの能力ですべての危険が排除できるというわけではない。

 完全に俺のせいなのだけど、ザックスさんの【死圏】に入れないせいで、身の回り半径四メートルは彼の守り手の直接届かない領域になってしまう。その隙を狙っていわゆる超高速型の化け物が奇襲をかけようとしてくることがあった。

 とりわけ厄介なのは超高速型の中でも瞬間移動をしてくるタイプで、気を抜いていると一瞬で致命傷になりかねない怖さがある。

 だが唯一俺がまともに役に立つポイントである悪意感知によって、奇襲の問題はほぼなくなった。闇の化け物は基本的に悪意の塊なので、俺にとってはほとんど位置が筒抜けなのだ。予め居場所をラミィさんに伝えて、ザックスさんが仕留めるなりラミィさんが光魔法で撃ち抜くなどすれば、未然に脅威は排除することができた。


 そんな感じでしばらく進んでいったが、一向に景色が変わることもなければ、やはり不思議とお腹が空くことも眠くなることもなかった。『心の世界』のようにあちこち記憶に触れたりもできないので、化け物以外には本当に何もない。二人と話すのが唯一の気の紛らわし方だった。

 こんなところで一人でずっと過ごしていたら、気がおかしくなりそうだなと思う。

 そう言えば、話に聞くフェバルの最期って肉体も失って意識だけがこういう寂しいところに永遠に閉じ込められてしまうのだろうか。そして俺が見せられたような悪夢に苦しみ続けるのだろうか。だとしたらとてつもなく恐ろしい運命だなと、遠い未来のことをつい考えてしまってぞっとした。


「さてと。そろそろ貴方が呼び起こしてしまったあの黒い力について話す頃合いかしらね」


 肩の上からラミィさんが話しかけてきた。俺としてもあの恐ろしい力は気になるところだったので、すぐに頷く。


「あれって何なんですか? 俺、あんな物騒な力なんてまったく身に覚えがないんですけど……」

「そうね。貴方にはまったく似つかわしくないものだとはわたしも思っているわ。だから不思議と言えば不思議なのだけど……」

「似つかわしいかどうかと言うより、素質があるかどうかということだろうな」

「かもしれないね……」


 ザックスさんの言葉に頷き、少しの間考える素振りを見せてから、ラミィさんは続けた。


「……あれは黒性気と言ってね。極めて高いポテンシャルを持つ超越者が、その力をすべて憎悪だとか憤怒だとか破壊願望だとか殺意だとか絶望だとか、そう言った黒い感情に染め切ったときに覚醒する究極にして最悪の力……とされているわ」

「されている、というのは?」

「そうね。覚醒者があまりに少な過ぎて、正確なことは分からないのよ。だから妙な物言いになってしまうのだけれど。おそらく生半可なポテンシャルでは到底足りないのでしょうね」


 覚醒者はこれまで例外なく個人として全宇宙最強レベルの実力者となり、極めて冷徹な精神と他のフェバル級を圧倒する絶大な戦闘能力を合わせ持つのだそうだ。

 そんな途方もなくて恐ろしい存在だったのか。

 どうして俺やもう一人「俺」は……。ポテンシャルだけは無駄に高いらしいし、心を司る能力だから、覚醒しやすくなってしまっているのだろうか。わからない。

 そもそももう一人の「俺」が何かだって、なぜ自分そっくりなのか、自分の中にいたのかさえもまったくわかっていないんだ。


「わたしの知る限り、貴方を含めて僅かに八人。それだけしか全宇宙全史上で観測されていないのよ。そしてわたしが直接知っているのは、ウィルと貴方だけ」


 指折りと共に、内訳と詳細を告げられる。


『始まりのフェバル』アル。始まりのフェバルを自称する彼は、原初にして至高の能力を持ち、他のフェバルをまったく寄せ付けなかったと言われている。


 ……そいつの名を聞いたとき、ずきりと頭が痛んだ。

 きっと無関係ではないだろう。

 俺はそいつを知っている気がする。悪夢の中で見た気がする。どこで出会って何をしたのかは思い出せていないけれど。


『黒の旅人』『フェバルキラー』……いずれの通り名も同一人物を指すが、詳細不明。ウィルの話によると、もう一人の「俺」のことだろう。死なないはずのフェバルでさえ殺してしまうと言われる圧倒的な実力と殺意は恐れられていた。


『世界の破壊者』ウィル。永い時をかけて数多の星々を完全に消滅させた実力者にして異常者として知られる。


 ダイラー星系列の『力神』ダインゾーク。ダイラー星系列の黎明期から実力は名高く、現在の栄華に至るまでを支えた功労者でもある。覚醒後は心身のバランスを崩し、政治的中枢から遠ざけられるが、最終兵器の一つとして在り続ける。


『外銀河の帝王』ガルヴァーン。ダイラー星系列外の一大銀河領域を単独で支配する最強格の星級生命体。星級を遥かに超えた「銀河級生命体」とも言われる。


『ブラックホール生命体』ナダラ。ブラックホールより生じた異常生命体であるとされており、周囲のあらゆるモノを呑み込んでブラックホール化してしまう。【死圏】を遥かに凶悪にしたようなものか。人の形をした宇宙災害と言われている。


『災厄の魔女』ベラネア。かつて宇宙の広域で死と破壊の限りを尽くした全宇宙史上最悪の魔女。ダイラー星系列を中心として超大規模の銀河連合討伐隊が編成され、星の数ほどの犠牲を出しながらも討伐された。


 ……なんか母さんの昔話で同じ名前を聞いたことがある気がするけど、しかも色んな人と協力して奇跡的に倒したって言ってたような気がするんだけど、さすがに同じ名前の違う人だよね?


 そして……俺か。


 そうそうたるメンツの中で、俺だけものすごく浮いてる気がするんだけど。

 でもそうだったのか。それほど強い力なら、少し染まりかけただけでヴィッターヴァイツと渡り合えたのも納得がいくよ。

 けれど……。


「此処まで聞いて、貴方はこの力を如何にしようと思うのかしら」

「俺は……使いたいとは思わないですね」

「どうしてそう思うの」

「お前は超越者の恐ろしさを知っている。日頃自分の弱さを自覚しているはずだ。貪欲に力を欲しているはずだ。そこに武器があるのに、手に取らない理由は何だ?」


 二人とも責めるというよりは、真に心の内を問うような口ぶりだった。


 ああ。確かに喉から手が出るほど力は欲しいさ。この手で守れるものを広げるためにも。より確実に守るためにも。

 だけど……。

 ラナソールを壊してしまったあの日、改めてよくわかった。身に沁みたんだ。自分を制御できなかったことを心底後悔した。

 思うがまますべてを壊す力。人を人とも思わず、アリのように踏みにじってしまう力。触れるものすべてを、守りたいはずのものさえ傷付けてしまう力。

 そんなフェバルとして絶対で究極的な力は――いや、だからこそ。たとえ他のフェバルを圧倒できるとしても、俺はそんな力、欲しいとは思わない。

 もう一人の「俺」も――おそらく誰よりも黒い力の本質を知り、極めているであろう彼も――俺が黒い力を得ることを望んでいなかった。

「俺のようにはなるな」。確かにはっきりとそう言っていた。

 おそらくはフェバルとしての「強さ」を極めた彼が言うんだ。それに俺自身も思う。

 最初の異世界――サークリスで過ごした日々から抱いた志を忘れたわけじゃない。

 俺は世界に関わるフェバルになりたい。人と絆を結ぶフェバルになりたい。

 だから……俺の目指すべき方向はそこじゃない。

 俺は他のフェバルには負けたくないけど、決して他のフェバルと同じようになりたいわけじゃない。

 そうだ。勝ちたいんじゃない。負けたくないんだ。殺したいんじゃない。守りたいんだ。

 それに……黒に染まっていったとき、急速に心が冷たくなっていく自分が怖かった。ユイには泣いて止められた。それだけでも、使いたくない理由としては十分だよ。

 想いを整理しながら、一つ一つ言葉にして語っていく。二人はずっと真剣に耳を傾けてくれていた。


「だから……俺はあの力を使いたくありません。できることなら」


 そこまでしっかり言い切ると、ザックスさんは満足した顔で頷き、ラミィさんにはぽんと頭を撫でられた。


「それでいいのよ。あの力は心を闇に閉ざしてしまうことで得る力。代償として、貴方が今持っている大切なものは失われてしまう」


 そうだったな。確かに黒に染まりかけたとき、戦う力を得る代わりに、俺はもっと大切な「心を繋ぐ力」を失ってしまっていた。それで救えたかもしれない命を救えなくなってしまったんだ……。

 あのときはユイがいたおかげでそこで止まれたけれど、もし完全に染まり切ってしまったのなら……。


「あくまで力を求めようと言うのなら、見限っていたところだがな……。俺もこいつも、本当に大切なものの価値はよく理解しているんだ。特に、この手で触れられなくなってしまってからな……」


 俺は深く同情した。

 ザックスさんは……人と触れ合うことが決して叶わない力を、運命として押し付けられてしまった。

 どれほどの絶望か、察するに余りある。俺なら間違いなく耐えられない。

 そんな二人にとって、人と触れ合うことで輝きを増す俺の力は、どんなにまぶしく映っていることだろう。


 答えは、本人たちの口から紡がれた。


「お前の本質こそ、クソったれの絶望に塗れたフェバルの――ほとんど唯一の奇跡だ。かけがえのない宝だって、俺は本気で冗談無しに思うんだよな」

「今はまだわたしよりも小さくか弱い。けれど貴方には無限の可能性がある。きっと貴方自身の道がある筈。力に溺れることなく、其れを探し続けなさい」

「はい」

「何時かは昏い絶望の闇に引きずり込まれたフェバルを照らす温かな光になれる。わたしは少しだけ期待しているのよ。あんなものにやられて、がっかりさせないで頂戴」

「……はい!」


 人生の先輩たちに温かく力強い励ましをもらい、迷いだらけの俺の心は、少しだけ前に進めそうな気がした。

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