180「リクとランド、邂逅する 3」

 もしかすると、目の前のこの人は儚い存在なのかもしれない。


 ……このことは、ユウさんに相談するに留めることにしておこう。


「またどしたよ。変な顔して」

「い、いえ。何でも……」

「いいけどよ。あんまり隠し事は感心しないぜ?」


 さすがに言えないよ……。


「そ、それより! これからのこと考えませんか?」

「おっとそうだった! シルを探さないといけねえんだ」


 ふう。話題を逸らせてよかった。この話題にはあまり触れないようにしよう。

 自分が夢幻かもしれないなんて知ったら、どんなにショックを受けることか……。だからユウさんもデリケートな話題にはあまり触れようとしなかったんだろうし。


「シルヴィアさんのことなんですけど。心配なのはわかりますけど、とりあえずユウさんが戻ってくるのを待ちませんか?」


 今ユウさんは、テロを起こしている連中と戦っているはずだ。けど戦いが一段落着いたら、トリグラーブに戻ってくるはず。一応後でこっち来てくれるようにメール入れておきますか。

 ランドさんは気が気がじゃないようだった。お気持ちはお察ししますよ。


「でもなあ。心配なんだよ。どこにいるかわからねえしよ」

「当てがないなら、余計ユウさんにも協力してもらった方がいいと思いますよ。それにランドさんが無事なんですから、きっとシルヴィアさんも無事ですよ」

「うーん……かもな。そっちが近道かもな。わかったぜ」


 渋々ながら、ランドさんは納得してくれた。

 ほっとくと大変なことになりそうだし、しばらくはここに泊めてあげた方がいいかな。ユウさんのところの給料が良いから、一人分の食費くらいは何とかなる。

 提案したらとても感謝してもらえました。


「よし! じゃあさ、この世界のこと教えてくれよ!」

「切り替え早いっすね」

「まあな。今はくよくよ心配しても仕方ねえからよ。やれることをやるんだ」


 この辺りの強さ、見習いたいなあ。


 要望通り、トレヴァークのことについて掻い摘んで色々と説明してあげた。

 彼はどんな話題にも興味津々でがっついてきて、あの「ランド」が目の前にいるんだなという実感をますます強めた。眩しいなとも思う。

 ラナクリムのことも「伝説の物語」になっているとして、オブラートに包んで話した。ラナクリムは聖書の物語をゲーム化したものだから、あながち嘘じゃない。

 話を聞いている間、ちょっと神妙な顔をしていた時間もあったけど、そこまでショックを受けたような顔はしていなかったから、真実には気付かれていないと信じたいところだ。


「そうだ。外も案内してくれねーか? ついでだし、色々見ておきたいんだ」

「じゃあまずその恰好ですね。目立ち過ぎるんで着替えましょう。剣も外して下さい」

「剣もか」

「当たり前じゃないですか。ここで本物の剣なんて持ってたらいずれ捕まりますよ」

「ま、しょうがねえか。郷に入れば郷に従えってユウさんも言ってたからな」


 もう少し渋るかと思ったら、あっさり剣を手放したので拍子抜けだった。剣って冒険者の命みたいなもんじゃなかったっけ?


「お、意外って顔してるな?」

「うぐ。わかりやすいですか」

「結構顔に出やすいぜあんた。ま、前は剣ないとどうしようもなく困ったんだけど、今は代わりの手段があるからな」

「へえ。そうなんですね」


 どうやら「ランド」そのままではないみたいだ。僕の知らないスキルとか持ってるのかな。


 着替えは驚くくらい僕のがぴったりと合ったので、新しく買う必要はなかった。よく考えたら「ランド」を設定するとき、特に身長体重弄ってなかったもんなあ。

 せっかくなので観光も兼ねて、色んなところを紹介しつつ回ってあげた。

 世界で大変なことが起きていても、目の前のことでなければ人は案外気にしないものだ。終末教の暴動もぼちぼち終着しつつあることもあって、人通りに大きな影響はないみたいだった。

 ここでもランドさんは、子供のような純真な冒険心でもってあらゆる物に興味を示していた。野郎二人のデートなんて何が楽しいんだと最初は思っていたけど(ハルちゃんやシェリーちゃんを誘えたらよかったなと思ったのは内緒です)、あまりに彼が楽しそうなのでこちらまで当てられて楽しいような気がしてきてしまう。

 帰りは銭湯に寄って行った。ちょうど目の前を通りかかったので紹介すると、ランドさんが「親睦を深めるには裸の付き合いも大切だぜ!」と言って聞かなかったからだ。

 そこで僕は……圧倒的な敗北感を覚えた。ナニがとは言わない。……くっそー。そんなところまで理想じゃなくたっていいじゃないですかー!


 帰宅し夕食もとり、色々と話をしながら、いよいよ就寝というとき。


「ん……?」


 ランドさんがぴくりと反応した。


「どうしたんです?」

「いや……ユウさんの気を感じるようになったんだ。ずっと遠くだけどよ」

「気? そんなものが読めるんですか?」

「おう。他ならぬユウさんに修行を付けてもらったおかげでな」


 修行の間はずっとユウさんの気ばかり読む訓練をしてたから、あいつの気だけはやけによくわかるんだと彼は言った。

 へええ。ファンタジーだなあ。なるほど師匠ってそういうことですか。あの優しくて親切なユウさんに手取り足取り教えてもらうなんて羨ましいなあ。

 そう言ったら、滅茶苦茶引きつった苦笑いを返された。なんでだろう。


「けど妙だな。いつもよりずっと弱々しいっつうか。元気がないみてーだ」

「ユウさん、今こっちでテロと戦ってるんですよ。何かあったのかな」

「そうだったのか……。にしたって弱り過ぎだろ。さすがに心配だぜ」


 彼は少し考え、決断する。


「リク。悪いけど泊まるのはやめだ。時間かかるだろうけど、ちょっくらユウさんのところ行ってくるぜ」

「わかりましたけど……大丈夫なんですか? 武装なんかして行ったら捕まりますよ」

「わかってる。替えの服と地図と非常食を頼む。後は自力で何とかするさ」


 言われたものを用意すると、ランドさんはそれらを使い込んだ革製カバンに詰め込んだ。


「短い時間だけど世話になった。行ってくる」

「ユウさんと無事会えたら、またここに帰って来て下さいね」

「おうよ。色々三人で話してえこともあるしな」


 やっぱりランドさんも色々と気になることがあるみたいだ。


「またな」

「はい。また」


 僕は再会を祈りながら、姿が見えなくなるまで手を振って彼を見送った。願わくばこの出会いが儚いもので終わりませんように。


 振り返ってみると、ランドさんが出発したのはここしかないタイミングだった。


 なぜなら翌日から――ランドさんだけじゃない――ラナソールの怪物たちが我が物顔で世界中を闊歩し。

 そして、僕たちの町は――いや、全世界はダイラー星系列なる侵略者の支配下に置かれてしまうのだから。

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