169「トリグラーブ首脳会談 1」

 十二体のバラギオンのうち、一体だけは明確に色が異なっていた。通常の最新型は明るくクリーンな印象の白銀であるが、それだけは血のように朱く塗られている。実際の性能も、対フェバル級とも対等以上に渡り合うことのできるほどに高められている。特別仕様の「殲滅モデル」であった。

 それをリーダー機として、十二体は円形に並び立つ様で、トリグラーブ上空を圧倒した。

 ブレイ始めダイラー星系列の面々は、リーダー機の肩に乗って、遥か文明の遅れた街を見下す。

 ところで、この時点では、まだトレヴァークにてラナソールの生物は確認されていなかった。飛行機すら存在しない文明に突如現れた飛行兵器は、この世界一般の人の理解を超えていた。夢か幻か、現実を超越しているとしか思えなかった。

 たちまち大騒ぎとなる。空に浮かぶ脅威を、それぞれが好奇心や恐怖でもって見上げた。

 十分な反応が得られたところで、ブレイは直ちに政府との面談要求及び降伏を勧告した。

 タイムリミットはわずか三時間。満足の行く回答が得られなかった場合、武力行使をも辞さないと念を押す。事実上の降伏命令だった。



 ***



 時の政府は、ひっくり返るほどの混乱に陥った。宇宙の彼方より来たという彼らの言葉を、字面通りに信じる者はさすがにいない。しかし、いくら目を背けようとも、事実として、テクノロジーを遥かに超越した巨大人型飛行兵器はそこに佇んでいるのだ。

 緊急国会は、降伏派と強硬派の真っ二つに分かれて紛糾した。

 高々十二体、どうとでもなると強硬派は吠える。「もし国民が死んだらどう責任を取るんだ!」と、誰かが喚く。

 不毛な議論を重ねるうちに、時間ばかりがいたずらに過ぎていく。三時間はあまりにも短い。

 議員たちが無能を演じる裏で、首相は秘密裏に指示を飛ばす。実質的な判断は、軍事を担う者たちに打診されていた。

 国軍、レッドドルーザー、そしてエインアークスである。



 ***



「大変なことになりました!」

「見えている。先ほど首相から裏で緊急招集もあった」


 シルバリオは、険しい顔で返した。

 部下に対しては毅然と構えているが、内心では苦慮を重ねていた。


 ユウがいてくれれば……いや、彼はもう……。


 聖地ラナ=スティリア壊滅の報を受けたとき、彼は激しい憤りを抱いた。と同時に、やるせない悲しみに暮れた。

 地下のごく一部を除いて、町のすべては消し飛んだ。爆発の中心にいたユウは、まず助からなかっただろう。

 組織の人間以外で、心から信の置くことのできた数少ない人間だった。恥を惜しまずに言えば、彼は夢を見ていたのだ。期待していた。ユウならば、と。

 だが、現実は非情だった。

 間もなく、シルバリオはユウを失ったこと、彼が守れなかったものの大きさを思い知ることになった。


 あの日、エインアークスは、人員のおよそ十分の一を夢想病で失った。


「下がれ。今後の対応は考えておく」


 辛うじて体面を保ち、お付き以外の人払いを済ませた彼は、窓辺に映る巨大兵器を見つめて、嘆息した。


「我々はこれから、どうなってしまうのだろうな。ユウさん、あなたならどうしただろう。親父……あんたなら、どうしただろうな」


 つい弱音を吐いてしまう自分の弱さを恨みたくなる。いくら弱音を吐こうとも、否応なしに現実は押し寄せてくる。

 だがボスは彼である。自分を頼りにする「家族」が大勢いる。責任と信頼から逃げ出す者に、リーダーは務まらない。

 悩んだが、結論はほとんど最初から決まっていた。

 武力対抗などは考えられない。おそらくユウや同時多発テロ事件の首謀者と同じ、常識を超越した存在であることは明らか。

 いかに強硬派を説得し、ダイラー星系列なる侵略者と交渉のテーブルにつき、我々この星に生ける者の権利を守るか。


「これもまた、戦いか」


 彼は組織の黒バッジではなく――銀バッジを懐から取り出して、弾いた。組織人である前に、今は一人の市民として、事態に臨むつもりだ。


「行ってくる。万一のときは、オルバンを次のボスにしろ。あいつはまだ若いが、頭が切れるし人望も厚い」

「はっ」「どうぞご無事で」

「ああ」


 お付きの二人に言い残すべきことを伝え、銀バッジをしっかりと胸につけ、シルバリオは世界の今後をかけた会談に臨むのであった。

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