150「The Day Mitterflation 1」
27歳の誕生日を迎えていた。本来なら楽しい一日になるはずだった。
その日は、朝から妙だった。
いつもなら朝一番に起きて張り切っているはずのミティが、いつまでたっても二階から降りて来ない。
朝食を済ませていよいよ仕事にかかろうというタイミングでも音沙汰がないので、さすがに心配になってきた。単なる寝坊とかならいいんだけど。
「ちょっと様子を見てくるよ」
「うん。任せるね」
彼女の部屋のドアをノックした。
「ミティ。起きてるか」
返事がない。でもいないはずはないからな。
もう一度ノックして、声をかける。
「朝ご飯できてるよ」
「……ユウ、さん」
掠れた涙声が、辛うじて聴き取れる程度で返ってきた。
やっぱり何かあったのか。ただ事ではないと感じた俺は、とりあえず話を聞こうと思った。
「ミティ。入るよ。いいかい?」
否定の言葉もなかったので、そっとドアを開ける。
ミティは起きていた。
ネグリジェ姿の彼女は、朝日に照らされて、ベッドの真ん中でぽつんと女座りしていた。
彼女は泣いていた。声も立てずに静かに泣いていた。
つう、と涙が頬を伝って滴り落ちる様をいきなり目の当たりにすれば、誰だって面食らうだろう。
「どうした? ミティ」
動く元気もないみたいだ。心配で近寄ると、彼女は俺の胸元に力なく縋り付いてきた。
困ったけれど、とりあえず泣くに任せて受け止める。
しばらくそうしていると、やっとミティは口を開いてくれた。
「わたし、どうしよう。変なんです。朝から、ずっと涙が止まらなくて……でもどうしてか、わからなくて……」
「ミティ……」
「悲しくって、悲しくって、仕方ないんです。変なんです……」
「そうなのか……」
これは……調べてみないことにはわからないな。
ミティは好感度が高いから、心は繋げやすい。
《マインドリンカー》
すると、突然銃で撃ち抜かれたようなショックが襲ってきた。
不意にこちらまで涙が出てきそうになる。
しきりに伝わってくるのは、深い喪失感だ。
原因は明らかだった。向こうの世界でミチオが悲しんでいるんだ。
この場でミティを慰めてあげるのも大事なことだけど……。向こうが気がかりだ。俺にしか行くことができないし。
『何かあったのかもしれない。トレヴァークに行ってみるよ』
『わかった。最近妙に騒がしいから、気を付けてね』
『悪いけど代わりを頼む』
『任せて』
ユイの了承を取ってから、ミティに申し訳ないと思いつつ言った。
「今日はゆっくり休んでいいよ。ユイに相談に乗ってもらうといい」
「……ユウさんは?」
「ごめんね。ちょっと君のことに心当たりのある人に会いに行ってくるよ」
「……そうですか」
ミティは心細そうな顔をしたが、少し考えて納得してくれた。
「ユウさんって不思議な人ですよね。気が付いたらどこかに行ってて、みんなの悩みを解決してて。わかりました。わたし、信じて待ってます」
「ありがとう。お大事にね」
ミティのパスを使って、トレヴァークへ飛び込んだ。
〔ラナソール → トレヴァーク〕
アルトサイドを通り抜けると、部屋の中に出た。
ミチオの部屋と一目でわかった。男の部屋とは思えないほど、可愛らしいものに溢れている。可愛いものが好きだと話していたのは本当のようだ。
そして彼は、ベッドで布団にくるまってふさぎ込んでいた。すすり泣く声が聞こえる。
「ミチオ。何があった?」
声をかけると、小さく布団が震えた。驚いた顔が覗く。目は泣き腫らして、痛々しいほどだった。
「ユウさん……? どうやって、ここに?」
「君のことが心配になってきたんだ」
細かい事情を口で説明しても伝えるのが難しいので、《マインドリンカー》で繋がっていることを利用して、おおよその経緯をイメージで送る。
彼は驚いていたが、やはり夢でしょっちゅう見ていたからか、納得はしてもらえた。
すると、ミチオも俺に縋り付いて泣き出した。
半分声にならない声を、途切れ途切れぶつけてくる。
「ミューエレザが……親父が……おふくろが……!」
「どうした?」
女装癖等があって、両親と折り合いの付かなかったミチオは、故郷であるミューエレザを飛び出して、アロステップで一人暮らしをしているということだったはずだ。
「まだ、和解も……してなかった、のに……どうして……うあああああ……!」
いたたまれなくなるほどの激しい嗚咽だった。
優しく肩をさする。それしかできない自分がもどかしい。
何があったんだ。一体……。
こんなときだというのに、懐に入れていた電話が、しきりに通知ブザーを鳴らしている。トレヴァークに来た瞬間に、溜まっていた分のメールが一気にやってくるからだ。
だけどおかしかった。溜まっていた分ばかりじゃない。今まさに、何度も何度も通知が来ている。
どうもただ事ではなさそうだった。
申し訳ないと思いつつ、片手で電話のスイッチを入れてメールを辿る。
まず、シルバリオから一件。
『ユウさん ミューエレザの件、大変なことになってしまいました。ついては至急、対応について協議したく』
ミューエレザの件。
嫌な予感しかしなかった。ミティが泣いているのも、その件だ。
まさか……。
ハルからも、数件来ていた。すべて同じような内容だった。
『ユウくん 見ているかい? 見ていたら返事が欲しい。今からレオンからも伝えに行くけど、大変なことになったんだ。ミューエレザが……』
そこには、目を疑うようなことが書いてあった。
だからか。
つまり、ミティの両親は、もう……。
「……ごめん。ちょっと、いいか」
近くにあったテレビのスイッチを入れる。
俺も今度こそ涙が滲むのを抑えられそうになかった。
どのチャンネルも同じ緊急ニュースを伝えている。
『ミューエレザが、謎の爆発によって壊滅的被害を受けました。推定死者は約五万人にのぼると見られます。政府は事態の把握と、レッドドルーザーを始めとする各地の警備隊への救助要請を……』
謎の爆発。大量虐殺。
恐れていた事態だった。本当にやりやがった!
こんな真似ができる奴は、しようなんて奴は、一人しかいない。
ヴィッターヴァイツ……! お前、よくも……!
人間爆弾を使ったな!
テレビを消そうとしたとき。
画面では血相を変えたスタッフが、アナウンサーに耳打ちしていた。
青ざめたアナウンサーが、真に迫る声で伝える。
『ただ今、緊急ニュースが入りました! ジブレイクでも同様の爆発があり……』
「あの野郎……!」
もうすっかりぶち切れていた。
「ふざけるんじゃないぞ!」
まだやるつもりなのか! お前は! どこまで!
世界が壊れるまで、止めないつもりなのか。
激しい怒りで、気がどうにかなりそうだった。
辛うじて理性の残るところで、計算を働かせる。
――この上なく厄介だ。
奴は気の扱いに極めて長けている。直前まで一般人の振りをしておいて、操った身で人間爆弾を起動する。たったこれだけのことで、未然防止の恐ろしく難しいテロ行為ができてしまう。
町一つ吹き飛ばす規模の爆弾に変えるのには、能力がまだ万全でないということもあるだろうけど、さすがに奴でも少し時間がかかる。
この前の戦いでは、三分程度はかかっていた。爆弾が起動すれば、異常なエネルギーの高まりが自ずと奴の場所を伝える。
止めるためには、起動中に奴の下へ辿り着き、《マインドディスコネクター》を直接ぶち込むしかない。
厳しい。
猶予は、起動から爆発までのたった三分間だけだ。しかも、世界のいつどこで起こるか、わからない。
「心当たりが、あるんですか……?」
ミチオの目は、まるで怒る俺を見て怯えているようだった。
ここで嘘を言っても仕方がない。俺は小さく頷いた。
「止めなきゃいけない奴がいる。そいつがやっているんだ」
「なら……僕からも、お願いします。ユウさん、止めて下さい。これ以上、悲劇が増える前に……!」
悲痛な涙声だった。これまでで最も痛ましい依頼だった。
「わかった。止めてやる!」
ミチオの心の叫びを受け取った。
だがここでは情報が後手に回る。何もできない。
もしトリグラーブがやられれば、被害の規模は二つの町を遥かに超えるだろう。それだけは何としても避けなければ。
急がないと。一旦レジンバークに戻って、レオンを通じてトリグラーブへ!
〔トレヴァーク → ラナソール〕
そして、まるで機を見計らったかのように、ラナソールも大変なことになっていた。
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