146「力の激突 ジルフ VS ヴィッターヴァイツ 1」
蹴り飛ばされた勢いのまま、ユウが吹っ飛んでいく。ジルフが庇ったことで、確実に致命的な追撃だけは避ける形となったが、ダメージは深刻だ。生死が心配された。
わき目も振らず助けに行きたいところであるが……目の前の男の対処が最優先だと、ジルフは苦渋ながら、心の内で断じた。
ユウ救出については、既にエーナに預けてある。彼女なら、たとえユウが海に沈んでいっても、得意の魔法を駆使して引っ張り出してくれることだろう。人殺しには向いていないが、人助けに心を尽くすときの彼女は、本当に頼りになる。
さて、今のところは一対一である。応援の戦力は望めない。
以前、ヴィッターヴァイツが利用した、果ての荒野に存在する世界の穴。その監視のために張り付いているレンクスが、現状では最も遠い位置にいた。パワーレスエリアではワープクリスタルの類は使えないため、直接空を飛んで来る必要がある。
両者が激突するレジンバーク近海上空からは、遥か彼方。彼が到着するまで、あと十数分は要するというところだった。
先刻激突し、大気を轟かせていた剣と拳が、同時に引かれた。
宙に漂った状態で、二人の超越者は剣(拳)気をぶつけ合う。生半可な者が立ち入れば、たちまち引き裂かれてしまうだろう。
「ジルフ・アーライズ――あのレンクス・スタンフィールドが一目を置くフェバルか」
「よくもうちのユウを傷付けてくれたな」
「礼儀がなっておらん小僧だったのでな。少しばかり躾をしてやったまでよ」
「ならば。今度は俺が丁重に礼をしてやろう。文句はあるまいな」
「ほう。でかい口を叩くものだな。やれるものならやってみろ」
ヴィッターヴァイツの、ユウに対しての超越的で傲慢な振る舞いは、同じレベルの者を前にして、一旦なりを潜める。
主義主張はともかく。お互い、対峙した瞬間から強さだけは認め合っていた。
この勝負。易くはない。
久しい強敵を前にして、ジルフにある思惑が過ぎった。
フェバルでも有数の実力者として知られるヴィッターヴァイツであるが、二対一になれば、さすがに二人の側に分がある。
ゆえに、彼にとっては、レンクスが到着するまでの時間稼ぎをすれば良いだけの話……なのではあるが。
クレバーに時間稼ぎ役に徹することもできただろう。しかし、彼はその役を大人しく務める気になど、到底なれなかった。
この手でぶちのめさずには置けなかった。
許さん。相応の報いは受けてもらうぞ。
奴が力にかまけ、愛する孫弟子をいたぶったことへの、静かな、しかし太陽の炎よりも熱い怒りが燃え上がっていた。
加えてだ。
この世界のあらゆる常の存在と一線を画する、まこと凄まじい奴の力の漲りを前にしても。自分が負けているとは、ジルフはまったく思っていない。
【干渉】のような強力無比かつほぼ万能な能力に対して、【気の奥義】という、フェバルの中にあっては格の低いと言わざるを得ない能力では、苦戦を強いられることも多かった。
だが、こと互いに能力が使えない今の状況――単純な戦闘能力の話に限定されるならば、彼こそは至高の強者の一人だった。肉弾戦において、己と互角であっても、右に出る者はいないという自負が、ジルフにはある。
戦うべきだ。あいつからの頼まれ事でもある。特大の灸を据えてやろう。
ジルフは対峙し、既に肌で理解している。
奴は彼と同じ――根からの戦闘者だ。己の強さに絶対の自信を持っている。
ゆえに、正面からの実力で打ち負かすこと。力の限界を悟らせ、屈辱的な敗北を与えることが、最も苦い薬になるのだと。
フェバルは、戦闘で真に死ぬことはない。だがこれは、男にとって生死以上のもの――絶対強者としての誇りを賭けた戦いだった。
「はあっ!」
気の修練を極めた者だけが持つことを許される、鮮やかな白のオーラが、ジルフの全身を充たす。
【気の奥義】こそ、世界に封印されている。だが能力などなくとも、幾年月を重ねた鍛錬の果てに、彼はフェバルの持てる肉体ポテンシャルを究極にまで引き出していた。海が波の発生を彼に譲り、遠い陸の果ての隅々まで、大気を怯えさせるに十分な気力の高まりを示す。
かような力の昂ぶりを目の当たりにして。ヴィッターヴァイツは、このときばかりは、他のあらゆる因縁や感情を忘れて、ただ感嘆した。
「……素晴らしい。よもや、これほどの力の充実が見られるとは。オレは……嬉しいぞ」
フェバルをフェバルたらしめる力とは、すなわち固有能力にある。
ヴィッターヴァイツに言わせれば、ただ与えられただけの――つまらん、極めて邪道な力だ。己の【支配】も、【支配】できてしまう屑共も、まったく気に入らない。
単純な肉体の強度ならば、彼らの多くは、人外の星級生命体に後塵を拝する。連中に抗するための手段は、やはり固有能力である。
したがって、フェバルはまず自らの能力を鍛えるのが正道であり、星脈に囚われた副産物として得られる、優れた肉体ポテンシャルは、あくまで補助でしかない。
ゆえに、ただでさえ少ない超越者を探し求めても、ついに今まで出会うことがなかった。
敵であるにも関わらず。思いかけず、至上の仲間を得た気分だった。
この男は同類だ。ヴィッターヴァイツは、心から高笑いした。
与えられた肉体に満足することなく。ただ愚直に、絶え間なく、純粋な肉体の力を高め続けた者にしか到達し得ない、究極の領域。
フェバルにおいて、最も不必要とされる実力。
よくぞここまで高めた。もはや芸術品――彼の肉体そのものが至高のアートと言っても過言ではない。
せめてもの返答として、ヴィッターヴァイツは
小僧に余興で見せつけた程度のものではない。全身全霊をもって迎え撃つ。
常人なれば容易く壊れる。実力を如何なく出せる強者との闘いこそ、我が悦び。
既にユウのことなど、どうでもよかった。運命に絶望してから、彼はどこかで多分に快楽的で、そして刹那的だった。
今度は、ジルフが目を見張る番だった。
「――ほう」
こちらも並々ならぬ鍛錬では、辿り着けない。敵ながら、ジルフも厳しい修行の証そのものには、素直に敬意を示す。
極大のパワーとパワーの高まりが、拳を交えずして、ぶつかり、弾け合い、それ自身の居所を競い合っていた。
「貴様には、是が否でも勝ちたくなったぞ」
「奇遇だな。俺もだ」
双方、不敵な面で笑う。笑いながら、仕掛ける間合いを探っている。
ジルフは敵のオーラを冷静に観察し、構えていた気剣をしまった。
「その《剛体術》やらと、俺の気剣術では相性が悪いか」
「くっくっく。然り。我が《剛体術》は、斬の技に抗するに強みがある。貴様の剣は容易に届かぬと考えよ。下らん消耗で、つまらん勝負にしたくはなかろう?」
「……拳術の方は専門分野じゃないが。ちょうどいい」
ジルフは、拳を鳴らした。
剣術とは、剣の利を知ることであり、同時に剣の不利を知ることでもある。
剣が通じにくい相手に対しては、拳術その他へ切り替えるのも、気剣術の立派な技術のうちの一つだ。
あえて教えずとも、ユウが自然と理に至っていたことに、彼が一番感心させられた点でもあるが。
「お前のような奴は、この手で直接ぶん殴ってやらんと気が済まんと思っていたところだ」
「面白い。このオレに拳で挑むか」
ヴィッターヴァイツは、顎で地上戦を提案した。
つまりは、力比べの提案だった。
終始浮いたまま戦うこともできるが、やはり足場があればこそ、踏ん張りを利かせることも可能というものだ。
ジルフも、得意分野で断る理由がない。
レジンバークから十分距離をとり、クリスタルドラゴンの山の付近に二人は降り立つ。
約二年前、ユウが剣の一振りで真っ二つに裂いた山は、そのまま残っていた。
そしてこの闘い、力と力の激突から――クリスタルドラゴンの山は、ついにラナソールの地図より姿を消した。
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