122「ハルの気持ち」
ハルの上に覆いかぶさるような形で、しばらく身を預けていた。
いつの間にか、背中に手を回されている。彼女は目を瞑って、一心に温もりを感じていた。
こうして身体が触れていると、彼女の胸がドキドキしているのが直に伝わってくる。それだけで、心の能力などなくても、本当に好きなのだとわかる。
嬉しくて、つらい。
俺にはリルナがいるのに、こんなことをしていていいのだろうかと思う。
普通に考えて、良くないことだ。側で見ていたら、きっと鬼のような形相で割り込んでくるに違いない。 むしろそうして欲しかった。そうしてくれたら、余計な罪悪感もなかっただろう。堂々と話ができただろう。
だけど、リルナは側にいない。会いたいのに、もう会えない。
彼女のいないところで勝手にくっついてしまうのは、フェアじゃない。
ちゃんと彼女がいるのだと。だから無理なのだと。そう伝えたつもりだった。
でも、ハルもミティも中々諦めようとはしてくれない。そこまでをする何かが、俺にあるのだろうか。
……何だかんだ、俺が優柔不断だからなのかな。もっと突き放してやればいいのかな。
でもそんなこと、俺にはできそうにない。だってハルもミティも、人として好いていることは確かなんだ。リルナより先だったら、受け入れていたかもしれない。
自分の気持ちに嘘は吐けない。突き放せない欠点を理解していても、どうしようもないことだった。
ただ、付き合えないのも本当のことで。
残酷でも、時間が解決するしかないのだろうか。いずれこの世界の事態を解決し、俺が二つの世界を去る、そのときまで。何とか最後の一線はかわし続けて。
はあ……。孤独だった昔じゃ考えられないくらい贅沢な悩みだ。俺が何人もいればよかったな。
彼女とくっついていると、俺の方まで身体が熱くなってきて、こちらの胸の高鳴りも伝わってしまっていることだろう。男だからな。仕方ない。
「……そろそろいいかな」
いつまでもこうしているわけにはいかないのでそう言うと、ハルはちょっと名残惜しそうに頷いてくれた。
身体を離して、彼女を抱え起こす。
二人で話をするときの普段の位置、ベッドに隣り合って腰掛ける形になった。
「ふふ。ありがとう。変なわがままを言ってごめんね」
「いいよ。俺もその……人肌恋しいときとか、気持ちはよくわかるからね」
人恋しさや寂しさに同情してしまった部分も大きい。あくまで他意はないのだと。言い聞かせて。
できれば気にしないようにしようとしていたが、俺はやっぱり顔に出やすいらしくて。
ハルは、少し目を伏せがちに言った。
「ごめんね。キミの優しさを利用してしまったね」
「そんなことは……」
「わかっているさ。ボクも、今度からはあまりしないように気を付ける」
レオンハルに比べると随分儚げに映る少女は、何か思いを固めたようにこくんと頷いた。
そして顔を上げて、こちらを真っ直ぐ見つめてくる。小さく口元を緩ませて、言った。
「リルナさんだったね。ボクも会ってみたかったな。彼女に」
「リルナに?」
「そう。会ったらね、キミの素敵なところ、いっぱい話し合うんだ。ふふ、きっととっても盛り上がると思うよ」
世界最強クラスの空想力を持つ彼女は、おそらく話のイメージだけで彼女の具体的な形を想起し、夢いっぱいに楽しいイメージを膨らませているのだろう。キラキラと目が輝いていた。
確かにそんなことがあれば――俺をダシに使ってどんな話をするのか、怖いけど――きっと楽しいだろうなとは思う。
「そしてね、最後にこう言ってやるんだ。ユウくんはボクのものにするからね! って」
「ぶっ!」
たまらず吹き出した。
あのリルナにそんなことを宣言するのか!? こ、殺されるぞ……。
しかもこの言葉はもう、告白に等しかった。この子、こっちでも結構ストレートに好意を表現してくるよな。
「そ、それは、楽しみだね……」
「うん。でもそれができないから……この気持ちは、どうしようもないね……」
彼女は、しんみりと肩を落とした。
この子だけには、もうほとんど話している。俺が遠い世界から来たフェバルであることを。
聡明な彼女は、わかっているのだ。俺の性格も。好きでも、受け入れられない理由を。
リルナがいないところで、彼女だけが攻めに回ることは――夢でならつい素直にそうしてしまっても――フェアじゃないと。彼女自身も思っている。
「友達でいようって、戦友でいようとは、思っているんだ。あまり無理に押し迫って、困らせるのも本意ではないからね」
ただ自分の気持ちと折り合いが付けられなくて、今みたいに、悩ましい顔を覗かせる。
「いつか心の整理が付くのかもしれない。たぶん、付けなきゃいけないんだろうね……。でもやっぱり、簡単には割り切れない、かな」
どこか泣きそうで。困った顔で。それでも笑った。
「しばらくは、好きでいさせてくれないかな。今は、この気持ちに寄りかからせて欲しい。初めてできた――ボクの英雄で、好きな人だからね」
よりかかってウインクをされると、色々思うところがあって、言葉に詰まってしまって、なんて返したらいいのかわからない。
黙って見つめ返すことしかできない。
ああ。嬉しくて、つらい。
「それにボクはね。むしろ……最悪ね、ボクじゃなくてもいいんだ。キミがあまり気に病まず、心のままに誰かを受け入れてくれたら、とも思っているんだよ?」
だってと、彼女はレオンハルがそうしたように、たぶん俺の頭を撫でようとして、小さな手は届かずに、頬に触れた。
「でないと、どんなに愛を求めても離れていくキミが、もう二度と側で人を愛せないなんて。遠く想うことしかできないなんて。そんなのは、可哀想じゃないか」
「ハル……」
大丈夫だと言いたかった。
覚悟を決めて愛を告げ、別れを告げてきたつもりだ。
そうは言っても、時折心を満たす寂しい気持ちはどうしようもない。一切の弱音を吐かないと、自分がそんなに強い人間だとも思わない。
この子は、俺のそんな弱い部分も汲んで――たぶんミティも――自分ならいくらか埋めてあげられるかもしれないと、それでもいいと、好きだからと、そう言ってくれているのか……。
「ありがとう。君の気持ち、確かに伝わったよ。気持ちだけでも……大切に受け取っておくよ」
「うん。キミはやっぱり、強いね。優しいね。そんなキミだから、好きになったんだろうね」
よし、と小さく拳を作って、ハルは精一杯自分を奮い立たせた。
「ボクも頑張るよ。少しでも、キミのように――弱くても、強くなりたい」
俺はそんなに強い人間でも、できた人間でもないよ。ただ色々なことがあって、一生懸命に走ってきただけだ。
でもそんな俺の姿が、君の希望になるなら。俺はそうありたいと思う。
「今度、手術を受けてみるよ」
「手術を?」
そうだったのか。それで今まで、こんなに気持ちを振り絞っていたのか。
彼女の病気は、後天性の難病によるものだ。
気による治療は、単なる怪我に対しては極めて有効であるが、病気に対しては大きな効果を発揮しない。医学が解決するしかない問題だった。
「うん。最新の難しい手術で、成功する確率は二割くらいだけどね。失敗したら、命は助かるみたいだけど……もう二度と再手術はできないし、歩けない。実は今まで、怖くて受けられなかったんだ」
向こうの世界じゃほとんど怖いものなしなのに、情けないよね、と小さく笑うハル。
いや、そんなことない。立派な決意だよ。
「でも、もう大丈夫。やってみるよ」
「そっか。応援するよ。頑張って」
「ふふ。本当は、こっそり手術が終わってから、やったよって言うつもりだったんだけどね。言っちゃったなあ」
ハルは照れて、可愛らしく笑った。
せっかく言ってくれたんだし、俺もこっそり、レオンハルを介して、君に力を送らせてもらおう。少しは体力の助けになるはずだ。頑張れ。ハル。
大がかりな手術になるため、準備にも時間がかかる。予定日は、約三か月後ということになっていた。
そんな手術を行っている場合でない事態になるなんて、このときは、俺も、ハルも、思わなかった。
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