114「新たなる力 魔法気剣」

「そういやユウさんって、魔法剣は使わないのか?」


 いつかの修行中、ランドにふとそんなことを聞かれた。


「言わなかったっけ。俺は魔力がまったくないんだよ。使いたくても使えないんだ」

「へえ。そんな強いのに、魔力がないなんてことあるんだな」


 一つだけは勝ったなと、嬉しそうに笑うランド。やっぱり張り合いたがりなところは男だなと、微笑ましく思う。

 まあ普通の意味では気力も魔力もないのに、実質どっちもあるような強さを持ってるこの世界の住民がおかしいだけなんだけどね。

 そう言っても伝わらないのは間違いないので、何も言わなかった。


「しかしもったいない話だな。そのめちゃ強いキケンってやつにエンチャントできたら、最強っぽいのになあ」

「そうだなあ。確かにそれができたら贅沢なことだとは思うよ。でもできないものはできないからな」


 一応、これまで何度かやろうとしてみたことはあった。

 というのも、レンクスやジルフさんに聞いたところによれば、俺はかつてエデルでおかしな状態になったとき、光の気剣というやつを使ったらしいのだ。

 つまり、ポテンシャル的には気力と魔力を同時に扱えるはずだ。

 そう考えて、あれこれやった。魔法を構えたまま男に変身してみたり、気剣を出したまま女になってみたり、『心の世界』のストレージ機能まで持ち出して、中で準備した魔法を男のときに取り出したり、気力強化の効果を女の身体に付与しようとしてみたり。

 色々試してみたけれど……結果は散々なものだった。

『心の世界』を使って、技や魔法を溜めておくことはできる。ただ、現実世界に出そうとした途端に、性別が逆のものはそもそも出ないか、まったく操ることができなくなってしまう。

 結論として、俺には気と魔法をそれぞれ使えても、同時に扱うことはできないというしかなかった。

 どうも男のときは魔力を、女のときは気力を扱う「機構そのもの」を持たないらしいのだ。


「いや、待てよ……」


 それはあくまで普段の、一人でころころ変身していたときの話でしかないんじゃないか?

 よく考えたら今はユイと分かれてるんだから、別に俺一人ができなくたって全然構わないじゃないか。

 人に教えていると教えられることもあるとは言うけど。早速教えられるとは思ってもみなかった。


「そうだな。今度試してみるよ」

「ん? やっぱできそうなのか? まあ参考になったんならよかったぜ」




「というわけで。やってみようと思うんだ」

「なるほどね。私の力を借りて、気剣に魔力を上乗せしてみようというわけ」


 すっかり修行場所としてお馴染みになったクーレントフィラーグラスに、今日はランドではなくユイを伴ってやってきた。


「初めての試みだから、どこまで有効かはわからないけどな」

「上手くいくといいね」

「そうだね。成功すれば、トレヴァークでの威力不足も解消できるかもしれない」

「『心の世界』を介して、同じように付与してあげればいいもんね」

「ああ」


 トレヴァークは許容性の低い世界だ。気剣は出せるけれど、威力不足は否めない。そこを補うための方策はないかと頭のどこかでは考えていた。

 強化方法はあれど、普段使いできる手段がなかった。

《マインドバースト》はあまり長く使えないし、《マインドリンカー》も、いつも恩恵を受けているユイやリルナからの力は別として、他の人に対しても常時使用となると、精神的な負担が大きくて難しい。

 軽くストレッチをしてから、深呼吸をして、精神を整える。

 左手に気剣を作り出すと、目の覚めるような鮮やかな白が輝く。さすがラナソール産の気剣は一味も二味も違う逸品だ。

 ユイが魔力を火の形に変換して、掌に留める。こちらも鮮やかな紅だった。


「そういや、この世界の魔力要素って何だろうな」

「使用感からして、魔素じゃないことは確かだけど。たぶんメセクター粒子みたいな理想魔法粒子でも溢れてるんじゃないかな」

「だよな。そうでもないと、こんな誰が見てもわかるほど素晴らしい威力にはならないだろうし」


 魔法を満足に使うためには、本人の魔力――外界の要素を取り入れて利用する力――の他にも、いくつか条件がある。

 世界の魔力許容性がある程度高いことはもちろん必須だが、それだけではない。そもそも魔法の使用に適した外界の要素――これを魔力要素というが――魔法のエネルギー源に当たるこいつがなければ、いくら魔力許容性があったところで、魔法は使えない。

 魔力要素で代表的なものは、惑星エラネルに溢れていた魔素だけど、そればかりではない。

 一つ前の世界、アッサベルトにおいて代表的な魔力要素は、いわゆる魔石というやつだった。紫色の固体で、魔装具と呼ばれる特殊な道具の中に埋め込んで使ったり、剣に埋め込んで魔剣として活用されていた。

 魔装具や魔剣を前提としたあの世界での戦闘は、独特な戦略性があって新鮮だったけど……まあそこは置いといて。

 確か世界によっては液体の魔力要素もあるんだぞってレンクスが言ってたかな。

 つまりまあ、魔法の素となるものは色々あるわけで。ラナソールの魔力要素は、とてつもなく素晴らしいものには違いなかった。


「準備オーケーだよ」

「よし。やってみるか」


 いよいよだ。ユイの魔法を、気剣に上乗せする。


 すなわち、魔法気剣。


「いくぞ」

「うん」


 普通なら魔法にして放つところ、気剣にエネルギーとして流し込んでもらう。

 単純なアイディアなので簡単かと思いきや、ここで中々大変なことに気付く。

 気力と魔力。相反するエネルギーが拒絶を起こしたのか、力が暴れ狂い出した。

 手に持つ気剣ががたがたと震える。下手をすれば、魔力と共に散逸してしまいそうだった。


「くっ。意外ときついなこれ」

「気を抜くと押し戻されそう。私は注ぐことに集中するから、ユウは形を作ることに集中して」

「わかった」


 言われた通り、俺がすべきことは、受け取った力をしっかりと形にすることだ。

 暴れ馬を無理に押さえつけず、いなすように。

 白い気剣の刀身が、次第に赤みと熱を帯びていく。

 二つの力が融和する――どこか象徴的だった。ちょうど性別の逆な俺たち二人が溶け合うみたいで。

 同じときに同じことを思ったのか、ちらりとユイを見たとき、互いに目が合った。

 自然と口元が緩む。こんなに肌身近くで共同作業するのは久しぶりだけど、いつだって楽しいものだ。


 そして、ついに刀身は真っ赤に燃え上がった。

 火の性質を持ち、先端が常に揺らめいている。


 火の気剣。どうやら成功みたいだ。


「やった。作れたぞ!」

「やったね。おめでとう」


 空いている方の手で、ハイタッチを交わす。


「ありがとう。君の協力があればこそだよ」

「ふふ。まあ普通に魔法を使うのに比べると、ちょっとコントロールが大変だったかも」


 刀身に漲る圧倒的な力に、頼もしさを覚える。

 単純に考えても、威力は倍だ。素晴らしい。

 よし。この二つの世界にいる間しか使えないかもしれないけれど、強力な武器を手に入れたぞ。


「せっかくだから試し振りしてみよう。いいよな?」

「すっかりはしゃいじゃって。見栄えがどうのこうのとか本質が大事とか、誰かさんに偉そうに言ってなかったかな」

「あー……それはそれ。これはこれさ」

「あまり強く振り過ぎないようにね」

「わかってるよ。今度は草原を焼野原に変えたら、たまったもんじゃないからね……」


 あの山をぶった斬ってしまった一件のことは、記憶能力がなくても二度と忘れないと思う。

 草に火の粉がかからないように気を付けて振ると、通常の気剣と違ってやや重みがある。炎のエフェクトが尾を引いた。

 おー。すごい。これは――楽しいな。

 ラナクリムの世界が、すぐ手元にやってきたような気がした。ランドたちが夢中になるのも頷けるよ。

 一通り型を試して感触を味わったところで、実はまだまだ物足りない気分だった。


「せっかくだし、他の属性も使えるかどうかわからないからな。試してみよう」

「言って他のも試してみたくなっただけでしょ。もう、しょうがないな」


 俺の心などお見通しなユイは、やれやれと肩をすくめて、でも笑って付き合ってくれた。


 一度コツを掴んでしまえば、学習能力の賜物か、次からはそんなに難しくなかった。

 次々と属性を切り替えては、試していく。

 雷、水、風、土、氷、闇。

 変換した魔力要素の性質を反映して、七色に、面白いように気剣は姿を変える。それら全てが異なる質量とまったく違う振った感触を生み出していた。

 そしてあのときと同じ、光の気剣までを作り出した。


「おお」

「綺麗だね」


 何となく、手にした剣に「待たせたな」を言いたい気分だった。

 やればできるもんだな。ちゃんと理性を保った状態でこれが作れたことに感動するよ。

 この光の気剣は生成こそやや難しかったものの、一度作り上げてしまえば、特に気力とは相性が良かった。

 空気のように軽い振り味でありながら、速度と威力とを同時に高めてくれる。速度なら風に、威力なら火や闇にやや劣るが、総合力で言えば一番だろう。もし用途とか考えず一つだけメインウェポンとして選ぶなら、こいつがいいだろうと思えるような傑作だった。

 だからウィルも使ってたんだろうかな。わからないけど。

 光の気剣は気に入ったので、特に念入りに堪能した。ユイは俺の様子をずっと楽しげに見つめていた。


「楽しかったね。満足できた? そろそろ日も暮れてきたし、帰るよ」


 おっと。もうそんな時間か。夢中になると早いもんだな。


「待って。あと一つだけやりたいことが」

「まだ何かあったっけ。大体試したんじゃない?」

「いや……ちょっと、こほん。こういうのをやってみたくてね」


 言葉でそのまま言うのは恥ずかしいので、念じてイメージを送る。


「これは……」


 ユイがどこか呆れたような、感心したような曖昧な視線をこちらに送ってきた。


「なあ。もしできたら、真面目に結構すごいと思わないか? トレヴァークでもきっと有用な技になるよ」

「それは思うけど……ねえ、ちょっとよしよししていい?」

「どうして?」

「なんとなく」


 よしよしされた。


「ふふ。ユウは昔から変わらないよね。発想というか、そういうところ」

「いやあ。さすがにどうかなと思ったんだけど、せっかくできそうだから試してみたいという気持ちがむくむくと、ね」

「ん、いいでしょう。あなたの他愛のない夢を一つ、叶えてあげましょう」


 どこか芝居がかった調子で、ユイは俺のささやかな夢に乗ってくれた。


 まさかこのときは、戯れで作った技があんなことになるだろうとは思ってもみなかった。よく考えたら威力が最低でも倍以上になっているのだから、気付いてしかるべきだったよ。


 今度は、空が割れました……。

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