103「ありのまま団漢祭! 3」

 まさかの展開だ。

 夢想病で眠ってるって聞いていたシルバリオのお父さん、こんなところにいたのか!

 見つかってよかったけど……頭が痛くなってきた。

 メンバーとトップの構成から考えて、下手しなくても、ありのまま団⇔エインアークスの図式がありありと浮かんでしまう。

 エインアークスとは、実は前々からずっと接点があったのか……。よりによってこんなはた迷惑な。あまりに見かけが違うから、全然気付かなかったよ。

 たち誇る団長を前にして、司会のアナウンスが入る。


「団長から開会に際してありがたいお言葉があります。耳の穴かっぽじってよーく聴くように!」


 団長は堂々不敵なる笑みを浮かべながら、まだ仁王立ちの構えを続けていた。

 静まり返る会場。総員の注目が集まる。

 何を言うつもりなのだろうか。

 見守っていると、彼は大きく息を吸い込んだ。そして。


「破ァッ!」


 踏み込む。

 静寂を破る、激しい気当たりだった。大気がびりびりと震える。

 同時に、ぶらりと揺れた。何がとは言わない。絶対言わない。

 すると直後、アップテンポのBGMがかかり――モザイク魔法が金色に輝いた。小さなライトアップが二つに増えて、明滅しながら執拗に近辺でくるくる回る。まるでダンスでも踊っているようだ。やめてくれ。

 十数秒ほどそれが続いたと思うと、やり切った顔の団長は、背を向けて歩み去っていった。

 よく見ると、漢の背中には文字が書かれていた。


『イボ痔』


「団長、ありがとうございましたッ!」


 ……何がしたいんだ!


『まあまあ。抑えて』


 思わず勢いのまま叫び出しそうになったところ、感情の昂ぶりを察したユイに口を押えられた。

 しかも、今の挨拶でなぜか盛大な拍手が巻き起こっていた。感涙し、むせび泣く者さえいた。

 俺は現実で叫ぶ代わりに、ユイに向かって全力で突っ込みをぶつけていた。


『最高に意味わかんないよ! ちょっとレベル高過ぎるよ!』

『うん。うん。正直、私もまったくわからないけどね』


 ダメだ。この調子でいたらおかしくなりそうだ。ここだけ世界が違う。さっきから全然知らない世界に来てるよ、俺……。

 そのとき、燃えるカーニン班長が拳を高々と突き上げた。


「さあ、漢のオリエンテーションへ行くぞッ!」

「はい? 今ので終わりなんですか?」

「終わりに決まっているだろうッ! 団長の魂を感じなかったのかッ!?」

「感じませんでした」

「そうかッ! まあいいッ!」


 いいのかッ!


「てかどこ行くんすか?」


 マーク。いい質問だ。できれば無難な答えであってくれ。


「とりあえずあの夕日に向かって走るぞッ! 青春だなッ! がっはっは!」


 わかっていたけど恐ろしく適当だな! しかも今の時間は朝日だよ!


「班長!」

「なんだッ! シルヴィアか!?」

「メンバーには運動に慣れていない方もいます。先に身体をほぐした方がいいのでは?」

「うむッ! それもそうだなッ! よくぞ言ってくれたッ! ではッ!」


 カーニン班長は、高々と指を突き上げて、まるでプロレスのパフォーマンスみたいに叫んだ。


「ありのまま体操第一ッ!」

「「ありのまま体操第一ーーーッ!」」


 一斉に唱和が起こる。

 またなんか始まった……。というか、第一?

 俺が首を傾げたのを見て、先輩顔のシルさんが耳打ちしてくれた。


「ちなみに第三十七程度まであるわよ」

「程度って?」

「気分によって増えたり減ったりするわ」

「ああそうなんだ」

「実質第三までしかないとの噂も」

「じゃあ三つでいいんじゃないかな」


『口。出てるよ』


 いつもは心の中で済ませる突っ込みが口に出てるとユイからご指摘が入ったけど、ごめんもう余裕ない。

 肝心の中身はというと。一応ストレッチは考えられていた。ただあのラジオ体操第二のムキムキポーズみたいなのを随所に取り入れて、なんていうかむんむんする体操だった。

 体操が終わると、息を吐く間もなく、カーニンは広陵な草原へ向かって指差した。


「いざ行かんッ! オレに続けいッ!」


 彼が先頭を走りながら、いきなり掛け声が始まる。


「我らありのまま団ッ!」

「「我らありのまま団!」」

「「わーれらーありーのままーだん」」


 気合いの入ったメンバーたちと、どうしても付いていけずに適当に合わせることにした俺とユイの言葉が開放的な草原に伸びていく。


「風通しの良い組織ッ!」

「「風通しの良い組織!」」

「「かぜとおしーのよいそしきー」」


 確かにこんなに風通しの良い組織はないだろうね。物理的に。


「ありのままって素晴らしいッ!」

「「ありのままって素晴らしい!」」

「ありのままってすばらしい」」


「ついでにみんなが注目だッ!」

「「ついでにみんなが注目だッ!」」

「「ついでにみんながちゅうもくだー」」


 そのついでが大問題だ。


「となりのおっさんこっち見てるッ!」

「「となりのおっさんこっち見てる!」」」

「「となりのおっさんこっちみてるー」」


「あそこの淑女もこっち見てるッ!」

「「あそこの淑女もこっち見てる!」」

「「あそこのしゅくじょもこっちみてるー」」


「淑女は顔を赤らめたァ!」

「「淑女は顔を赤らめた!」」

「「しゅくじょはかおをーあからめた」」


「僕は言ったさッ!」

「「僕は言ったさ!」」

「「ぼくはいったさ」」


「やあ。ありのまましてるかい?」

「「やあ。ありのまましてるかい?」」


 アウト! 事案! 確定的にアウト!


「少年ッ!」

「「はい!」」


 そのとき、後方でだらだら走っていた俺とユイを名指しで、カーニンは怒声を上げた。

 てか今気付いたけど、ユイのことも少年って呼ぶんだな。


「漢が足りんッ! もっと腹から声を出せ腹ァッ!」

「「すみませんッ!」」


 バレたか。でもふざけ過ぎててやる気出ないんだよ!


「ああ! あんたらのせいで、クソォ! どこまで言ったんだオレァ?」

「やあ。ありのまま――」

「忘れたッ! となりのおっさんからイクぞおッ!」


 マイペースだな本当。


「となりのおっさん足臭いッ!」

「「となりのおっさん足臭い!」」

「「となりのおっさんあしくさいー!」」


 さっきそんなこと言ってなかったよね!? しかもただの悪口!


「あそこの男の子もこっち見てるッ!」

「「あそこの男の子もこっち見てる!」」

「「あそこのおとこのこもこっちみてるー!」」


「男の子は顔を赤らめたァ!」

「「男の子は顔を赤らめた!」」

「「おとこのこはかおをあからめたー!」」


 もう嫌な予感しかしないんだけど。


「私は言ったさッ!」

「「私は言ったさ!」」

「「わたしはいったさ!」」


「ねえ。お姉さんどんな風に見える?」

「「ねえ。お姉さんどんな風に見える?」」


 だからアウト! やめようよ! 普通に犯罪行為歌っていくのやめようよ!

 ああもう! 突っ込みが追いつかない!


「ココレラのマスターはッ!」

「「ココレラのマスターは!」」


 また急に話題が飛んだなッ!

 喫茶店『ココレラ』のことだろう。美味しいコーヒーと明るい接客で有名で、うちの夜食堂に勝るとも劣らない人気がある。


「かわいいッ!」

「「かわいい!」」


「かわいいッ!」

「「かわいい!」」


「かわいいッ!」

「「かわいい!」」


「かわいいッ!」

「「かわいい!」」


「かわいいッ!」

「「かわいい!」」


「かわいいッ!」

「「かわいい!」」


「かわいいッ!」

「「かわいい!」」


「かわいいッ!」

「「かわいい!」」


 何回言う気だ!

 もはやかけ声というより、あなた個人の感想なのではないでしょうか!?


「オレは書いたぜラブレターッ!」

「「オレは書いたぜラブレター!」」


 むしろ体験談の領域に入りつつあるよね!


「クォマイちゃんは言ったさッ!」

「「クォマイちゃんは言ったさ!」」


「大切なお客様だと思っております」

「「大切なお客様だと思っております」」


 そして当然のようにふられた!


「うおおおおお! 漢漢だ漢泣き!」

「「うおおおおお! 漢漢だ漢泣き!」」


 ……まあ、どんまい。


 そんなこんなで、謎のかけ声を発しながら半裸でしばらく走っていると。

 大切なことにふと気付いたマークが、何気ない調子で尋ねた。


「そういや、今どの辺走ってるんすか?」

「うむッ! そうだなッ! さっぱりわからんッ!」


 だろうと思ったよ! 適当に走るからそうなるんだよ!


「こっちでマーキングしておいてよかったね」

「本当にね」


 こうなることを見越して、ユイはしっかりと魔力マーキングを結んでいた。

 俺がそのことを伝えた。


「大丈夫です。道は記録してありますので」

「そうかッ! よくわからんがよくやったッ!」


 わかれよ! しっかりしろよ班長!

 喉まで叫びが出かかっていたけど、ギリギリのところで自制した。

 もうほんと帰りたい……。

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