78「ユウ、ハルとデートする」
動かなくなったバイクは、この世界だと(テクノロジーの関係で)直すのが大変そうなので、ラナソールユイ修理センターへ送ることになった。まさか自分が自分たちで作った何でも屋に依頼することになるとはね……。
二十分ほど待っていると、ユイから完了の連絡が来た。エーナさんと協力して、魔法で何とかしてくれたみたいだ。ちなみに対価は肩揉みということで。帰ったらしてあげよう。
「ユイちゃんに直してもらったんだね?」
まだ思い出し笑いをしているハルに、これしばらく弄られるのかなと恥ずかしい気分になりながら頷く。
まあとにかく物は直った。仕切り直しだ。しっかり気持ちを切り替えるために、一度咳払いして呼吸を整える。
「こほん。では気を取り直して」
「出発進行だね」
落ち着いてアクセルをかける。さすがに今度はちゃんと動いてくれた。
というか、普段は多少強くアクセル入れてもエンストなんかしないんだけどな。神懸かり的に間が悪いよ。
トリグラーブ市立病院は大通りに面している。まずこの大通りに出て、そのまま北に向けて進む。
エンジン音は鳴らしたままだ。静音式にもできるけど、人もたくさんいるのに静か過ぎる運転音も問題な気がするので。
車や人通りが多く、時速約70km(日本より少し速いな)の速度制限もあるため、あまり馬鹿みたいなスピードは出せない。風雨を防ぐブロウシールドも今は切ってある。その方が風を直接感じられて、ハルには好評のようだ。
「気持ちいいね」
「どうだ。気分転換になりそうか」
「うん!」
道を曲がるとき「曲がるよ」と言うと、彼女はそのときだけ身体をくっつけて、腕に力を込めてぎゅっとしがみ付いてくる。何も言わず信頼して身を預けてくれるのがまた可愛らしかった。
途中、とりわけ大きな道とぶつかった。トレヴィス=ラグノーディスという大幹道だ。『世界の道』と呼ばれていて、なんと片道十車線もある。トリグラーブの中心部を貫くようにして大きく東から南へカーブし、そのまま遥か南の都市ガウマまで繋がっている。
普段出かけることもないハルは、ニュースで知ってはいても実物を見たことはないらしい。後ろから弾んだ声が聞こえてきた。
「わあ、道広いねー。車多いね!」
「俺もこんなに広いのは見たことないな。四車線くらいならあるけど」
「向こうじゃこんなに広い道はないからね。これだけ車多いのもフェルノートくらいだし」
「そうだね。あそことレジンバークの発展具合の違いには驚いたよ。同じ世界でああも違うもんなあ」
地球でも地域差というものはあるが、少なくとも数百年レベルの違いは中々お目にかかれるものじゃない。よほど未開の地、ごく狭い地域に限られるだろう。エディン大橋を隔てる形で、世界の半分ずつで文明レベルがあれだけ違うのは、理想粒子の存在を加味してもよほど奇妙なことだ。
それはハルも感じていたみたいで、こんなことを言う。
「夢想の世界だからじゃないかな。現実的な整合性よりも、夢想の総和が世界を形作るとは考えられないかい?」
「なるほど。ある者たちは可能性と冒険を望み、ある者たちは豊かさと安定を求めた。その結果があれか」
そうして自然と作り分けられ、住み分けられていったということなのだろうか。理想粒子であるメセクター粒子がフロンタイムにだけ存在し、ミッドオールには存在しないのも、それを望む者たちと望まない者たちがいるから?
そんなことで世界そのものの定義、あり方さえがらりと変わってしまうとしたら――どんな世界なんだそれは。
空恐ろしいものを感じつつ、トレヴィス=ラグノーディスを今回通ることはないので、横切ってスルーした。
やがて街外れまで来ると、徐々に交通量も落ち着いてくる。立ち並ぶ家々も高層ビル群から民家の集まりへと変わっていく。道の先には、トラフ大平原の緑色がもう見えている。
速度制限いっぱいまでは上げられそうなので、少しばかりアクセルを強めた。
「おっと。速くなったね」
「本当はもっともっと速いんだけどね。町中で飛ばすわけにもいかないからさ」
「トラフ大平原は、確か途中から速度制限がなかったはずだよ」
「じゃあそこまで行ったらちょっとだけ本気を出してみようか」
「うん。楽しみ」
そのうち民家がまばらになり、一気に鮮やかな緑が開けた。
サークリスの隣にあったラシール大平原のように、どこまでも同じ種類の草がびっしり生えていて、どこにも生物がいないような不毛地帯ではない。
色とりどりの花や草木がそこかしこに溢れ、所々小さな水池や川も見える。生物も大小多種多様で、鳥や獣などがあちこちで活発に動き回っている。よく目をこらすと、虫もたくさん生息している。
そして、地球ではお目にかからない動殻菌類(外敵から身を守る殻を持ち、動物のように活発に動き回る菌類)と、それを捕食するために進化し、巨大化したクラーバクテリアファージというのもいた。俺の感覚からすると、不気味な感じのする生き物たちだ。
ラナソールの魔獣は、しばしば人を何人も簡単に丸呑みにできるほど大きかったりするけど、こちらの生物のほとんどはそんないかれた大きさではないみたいだ。
野生の大型モコも群れを成して走っている。いたるところ、大自然の豊かさが感じられる光景だった。
「あっ、あの青いのなんだろう?」
ハルが指さした方向を見てみる。遠くなので少しわかりにくいけど、あれは――
「えーと。あれは――ムルだね」
「ムルなんだ。へえ、野生のムルってあんなに大きいんだね。ボク、野生のは初めて見たよ」
ムルはひんやりした青い身体を持つ獣類で、イルカをデフォルメしたような可愛らしい顔をしている。陸の水生生物とも言われている。肌を触るとぷにぷにで、トレヴァークには存在しないけれど、ラビィスライムの感触にちょっと近い。
モコがきゅー、と高い声で鳴くのに対して、ムルはむー、と何だか間の抜けたような鳴き声を出す。ゆるさが受けて、結構女性に人気だったりする。
小型化品種改良したものはモコと人気を二分するペットであり、日々愛好者たちによるモコムル戦争が勃発している。そういや討伐祭にも、モコモコ同盟とムルムル同盟がいたっけ。
「ボク、モコ派かなあ」
「俺もどちらかというとモコ派かな」
先に出会ったのがそっちだからね。モッピーかわいい。
意見が合ったので、めでたく戦争は起きない。ハルは嬉しそうだった。
「そっか。仲間だね」
広大で豊かな平原は、転ずれば豊饒な農地となる。人は自然の一部を借りて、大農場を展開していた。驚くなかれ、全世界の食糧の約三分の一がトラフ大平原で生産されているのだ。ここが別名『世界の食糧庫』と言われる所以である。
と偉そうに解説してみたけど、実際見るのは俺も初めてだったり。【神の器】って知識ばかり先に付いちゃうからなあ、どうしても。
「ちょっと飛ばすか」
「うん」
ハルの手に力が入る。
俺はぐいっとアクセルを踏み込んだ。ドライブモードで最高時速950kmの怪物マシンは、限界を知らないかのようにぐんぐん加速していく。
彼女は歓声を上げて大興奮だった。
「わあー!」
あまり喜ぶのでこちらも調子に乗って、もう一段アクセルを入れる。スピードメーターは時速250km付近を指していた。これ以上はブロウシールドなしでは彼女には辛い速度だ。
「速いね! ユウくんすごい! すごいよ!」
「すごいのはこのマシンだけどね」
強い風が髪を逆立てる。後ろのハルはきゃーきゃー楽しんでいる。
横を通った野生モコの群れがびびって、みんな棒立ちで「あ、どうぞどうぞ」って感じでこちらを見送っていたので、ちょっぴり可笑しくて二人で笑った。
二、三分の間飛ばして遊んだ後、また速度を緩めてしばらくドライブを楽しんだ。途中、適当な木陰を見つけたので、そこで停めてのんびりすることにした。
バイクからハルを降ろす。車椅子は『心の世界』にしまってあるので、取り出して彼女を座らせてあげた。
「うんー。気持ちの良い空だね」
「ああ。真っ青だ」
今日は天気が良い。雲もまばらで、照り付ける日差しを遮ることはない。草花はいっそう青々しく、吹き抜ける風がそれらをおじぎさせて、爽やかな匂いを運んでくる。
「そうだ。ユウくん」
「うん?」
「ボクね、ちょっとその辺で横になってみたいなって。付き合ってくれるかい?」
「もちろん」
横になることさえ一人ではまともにできないんだよな。気の毒に。
ハルをそっと横たえて、俺も隣で横になった。
横になってみると、さらに草の匂いが強くなった。隣の彼女はこちらを見て微笑み、大きく深呼吸して、ぼんやりと空を見上げる。
心地良い無言が続いた。そのうち、ハルがしみじみと呟く。
「あー……世界って、広いね」
「そうだね」
「……ボクたち、小さいね」
「……そうだね」
草をベッドに寝転んで見上げてみると、自分たちがいかにちっぽけで、世界がどこまでも広がっているのかをありありと感じられた。大きな世界に抱かれて包み込まれているような、ほんのりと温かい感じがする。
あの空の向こうをずっと旅してきて、こんなところまで来て。今ハルとこうして寝転がっているわけで。そう考えると、何でもないようなことかもしれないけど、すごい壮大なことだよなあ。なんて。
「……ユウくんはさ、ずっと遠いところから旅して来たんだってね」
「旅の話、したことあったっけ」
「ちょっとだけね。小耳に挟んだことがあって」
「そっか。君、もしかして……」
「ねえ、ユウくん」
興味に彩られた瞳が、俺の顔をじっと見つめていた。
「ボクにも聞かせてくれないかな? キミの旅の物語、聞いてみたいんだ」
「……いいよ。もちろん。少し長くなるけど、いいかい?」
「うん。楽しみだな」
「よし。じゃあまずは、俺に初めて旅先で友達ができた話から――」
色々なことを話した。具体的なことは多少ぼかしたけれど、これまで旅してきた世界と、そこに住む大好きな人たちのことを、忘れられない思い出を交えてたっぷり話してあげた。
ハルはどんな些細なことでも子供のように喜んで、興味津々に耳を傾けてくれた。おかげで、まあまあ恥ずかしかった思い出も含めて、別に話さなくてもいいことまで色々と盛り上がってしまったわけだけど。
二人で話し込んでいると、気付けば日が暮れかけていた。涼しくなってきた風と伸びた木陰が、俺たちに時間を教えてくれた。
「あ、もうこんな時間か」
「そっかあ……。ユウくんの話、もっと聞きたかったな」
「また今度ね。たくさん話してやるさ」
「楽しみにしてるからね。絶対だよ?」
バイクに彼女を乗せて、帰り道も軽快に飛ばしていく。
最初は行きと同様にはしゃいでいた彼女も、次第にうとうとし始めてきたみたいで。眠そうな声になってきている。
「今日は楽しかったなあ」
「そうだね。俺も楽しかった」
「ほんと……すごいなあ、ユウくんは」
力なく背中にもたれかかってくる。迫るような感じはなくて、ただ甘えるような感じだった。そのまま何も言わないで、やんわりと俺に顔を預けている。
「ねえ……ボクもいつか……キミと……」
「……ハル?」
声がしなくなったので見ると、すーすー静かな寝息を立てていた。とても満足そうな顔で眠っている。
ああそうか。久しぶりに出かけたから、疲れちゃったんだね。
――まったく。俺のことそんなに信頼してさ。
嫌らしい気持ちは全く起きなかった。このまま見守っていたいような、温かい気持ちだった。
「こんなところで寝たら、落ちちゃうよ」
一旦バイクを止める。『心の世界』からバンドを取り出して、幸せそうに夢見ている彼女を起こさないように、そっと自分に括りつけた。
エンジンを静音式にして、アクセルは控えめに踏む。
赤く色付いた草原の海に、二人を乗せたバイクをゆっくり滑らせていった。
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