72「激熱! 大魔獣討伐祭! 2」

「それではルールの説明に入りたいと思います~!」


 受付のお姉さんがすらすらとルールを述べ立てていく。

 どうも魔獣の種類によってポイントが決まっていて、ポイントを一番多く獲得した人が優勝ということみたいだ。

 判定は監視魔法を使えるギルド職員たちが行ってくれるらしい。


「上位五名の入賞者には、なんとギルド酒場の無料食事券一年分と豪華限定装備品をプレゼントですよ~! 皆さんやる気が出てきましたかー!?」

「「イェーイ!」」


 ああ……どっちもいらないや。

 食事は提供する側だし、身軽の方がいいから装備とかしないタイプだし。

 もし取れたら、欲しがっている人にあげようかな。


「そしてそしてぇー! 優勝者にはさらに記念の楯が贈られ、しかも栄誉ある優勝者名簿にばっちり名を刻まれちゃいます!」

「「おおー!」」


 別にお金や特別な賞品があるわけでもないけれど、みんな優勝特典には一層色めき立っていた。

 冒険者という人種は、やっぱり実利よりは栄誉を重んじるものなんだな。


「狩りの期限は日没まで! レジンバークに被害が及ばないよう、皆さんで協力してきっちり数を減らして下さいね!」


 お姉さんは隣のユイにウインクした。この世界じゃ余計目が良いから、遠くからでもよくわかる。

 ユイもこくんと頷き返す。

 はは。まだちょっと恥ずかしそうにしてるね。


「それでは……!」


 そして二人から開始のコールがかかった。


「「よーい! 始め!」」


 始まると即時、雪崩のような勢いでほとんどの参加者たちは駆け出した。

 いくら大発生するとは言っても、魔獣の数は有限。人より先んじてポイントの高い魔獣を見つけ出し、狩っていくことが上位入賞への必要条件だ。

 先取争いのデッドヒートが繰り広げられている。狩場として良いスポットを確保した者が序盤は一歩抜けられる。

 ただ俺はというと、まずは慌てずに戦場を俯瞰しようと考えていた。空を飛ぶ手段があるから、他の選手とは違うやり方ができる。

 もう一人、同じことを考えている人がいたみたいだ。


「やあ、ユウ君。しばらくぶりだね」


 伝説の装備に身を固めたレオンは、さらさらのピンク色の髪を風に靡かせて、颯爽と立っていた。

 うわ。めっちゃ様になってる。

 どこぞのRPGのパッケージ絵でもできそうだなと思いつつ、笑顔を返す。


「久しぶり。せっかく尋ねてきてくれたらしいのに、中々都合が付かなくて悪かった。本当は前に助けてもらったお礼を言いたかったんだけど」

「礼なんていいさ。だいぶ忙しそうにしていたみたいだからね」

「君も随分活躍していたみたいじゃないか。ニュースで見たし、話にも聞いたよ」

「はは。できる限りのことはやってみているのだけど、失敗も多くてね。お恥ずかしい限りだ」


『ヴェスペラント』フウガをまた取り逃がしたことを恥ずかしく思っているのか、レオンはきまりが悪そうに微笑んだ。


「実を言うと、僕は君と競えるのをずっと楽しみにしていたんだよ」

「俺もだよ。ずっと楽しみだった」


 ギルドの歴代トップ、世界でも指折りの実力者の真価を見られるチャンス。

 いきなりのSランク認定同士ということで、普段から何かと比較されてきた。どうしたって意識はしてしまう。

 そんな相手と正々堂々勝負できるまたとない機会。ちょっとわくわくしてしまうのもしょうがないだろう。

 その気持ちは向こうも大体同じのようで。


「僕にも伝説と言われるだけの期待がかかっているし、それなりの自負もある。一応六連覇もかかっていることだし。そうそう負けるわけにはいかないかな」

「こっちだってそう簡単には負けてやらないよ」


 そこに、お姉さんとユイの実況中継の音声が飛び込んできた。


『なんとびっくり! はやいはやい! ランド選手とシルヴィア選手、鮮やかな連携プレー! もう最初の魔獣を仕留めてしまいました~っ!』

『あの二人は未踏の地の先端を行くコンビですから。一番名乗りを上げてやろうって気概も半端じゃなかったと思います』


 さすがランドシル。やるなあ。

 よし。そろそろ俺も続こう。

 レオンが白い歯を見せて、手を差し伸べてきた。


「お互い良い勝負をしよう」

「ああ」


 がっちりと握手を交わす。いつでも力強くて、大きな手だ。

 握手が終わるとすぐに、彼は飛行魔法で飛び上がった。瞬く間に上空へ消えていく。

 その余波で、激しい衝撃波が全身を叩きつける。俺は気力を高めて堪えた。


『おーっと! ついに優勝候補筆頭、剣麗が動き出しましたあー! 姿がはっきり映らない! まるで人間ビームだああ!』

『完璧に音を置き去りにしちゃってますね。信じられないスピードです』

『ああ! お伝えしておきますが、もし衝撃波の類が発生しても、職員の皆さんが協力して、しっかり障壁を作って下さっています。ですので、観客の皆さんは大丈夫ですよー』


 ……さすがに速いな。

 ふう。とんでもなく手強いライバルもいたものだよ。あれと直接空の速さを競っても敵わないかも。

 だったら。


《パストライヴ》《パストライヴ》《パストライヴ》《パストライヴ》《パストライヴ》《パストライヴ》《パストライヴ》……


 ショートワープの連続使用だ。レンクスの《反重力作用》よりもこちらの方がいくらか速い。


『ユウ選手、対抗心を燃やしていきます! こちらもはやいです! というよりあれは……もしかして、消えているんじゃないでしょうか!? うわあ信じられません! 解説のユイさん、どうなんでしょうか!?』

『えーと。あれは……企業秘密です!』

『おやおやぁー? さっそくですかあ? 姉、弟をかばっていきます!』


 会場からどっと笑い声が起こる。

 まああまり無駄に手の内は話さないに越したことはないからね。助かったユイ。


 さて、十分高さを稼いだところで、見下して目ぼしい敵を探す。

 そうしてみると、ちょっと神様か何かになったような気分だった。

 観客も選手も豆粒のように見えて、選手はちょこまかと動き回っている。

 無数のスポットは規則正しいでこぼこ模様のようになっていて、他の場所と比べても、ここだけやっぱり異様な感じがする。


 ――お、いたいた。ちょうどいい奴が。


 さあどうしようか。どんな技で倒そうか。

 加減にはほんと気を付けないといけない。

《センクレイズ》じゃ強過ぎるかもな。下にいる人たちも巻き添えにされてしまうかも。

 じゃあ、指が一本……二本。このくらいでいいか。

 二本の指を伸ばして、その先に力を込めていく。気剣を作るときの要領で気力を集中させていく。

 十分エネルギーが溜まってくると、指先が気剣と同じ白い光に包まれていた。

 よし。これを。腕を構えて。えい。

 高く構えた腕を一気に振り下ろす。二本指の先から真っ白な気力の刃が発生した。

 普通の見えない刃じゃ審査員たちにもわからないから、わざと見えるようにしている。

 放たれた刃は、衝撃波を伴って獲物に突き進む。

 一息吐く間もないうちに、遥か遠方にいた魔獣の首を斬り落としていた。

 余計な被害はない。加減は上手くいったみたい――


 ドッカーン!


「わあっ!」


 突然背後から、雷が落ちるような轟音が鳴り響いた。

 驚いて振り返ってみると。

 剣を――聖剣フォースレイダーを振り下ろした姿のレオンと――彼の高さまでもうもうと上がろうとする黒煙が映った。

 煙の発生源を見下してみる。

 本当に雷が撃たれたようだった。しかも三ついっぺんだ。

 スポットの範囲だけを的確に狙い撃ち、焦がし尽くしている。

 中にいた魔獣はすべて消し炭になっていた。


『ああー! ユウ選手が素晴らしい技を見せたと思ったら……実況が追いつきません! 聖剣技《レイザーストール》です! いきなり魅せてくれましたぁ!』

『聖剣技、《レイザーストール》……!?』

『あのう、ユイさん。解説が知らないのはちょっと問題ですよー!? 聖剣フォースレイダーは、使用者の魔力に応じた威力の各属性魔法を放つことができるのです! 私、いつだか聞きました! 今回使ったのは雷の技、《レイザーストール》だあああ!』


 観客から大歓声が上がる。ここまでも少し聞こえてくる。

 中には黄色いものもいくらか混じっているのがわかった。

 他の選手はというと、何割かは驚いて動きを止めてしまっている。びびっているのもいる。

 無理もないか。

 それにしても、なんて威力の魔法だ。

 しかも魔力がないから発生まで感知できない。あんなのを好きなだけ連発できるなんて、反則じゃないか! フェバルかよ!

 あ。俺がだった。

 でもなあ。くっそー。俺は魔法使えないからなあ。

 これは思った以上に不利かもしれないぞ。


『やはりと言いますか! 今回の大会、優勝レースは事実上レオン選手とユウ選手の一騎打ちになってしまうのでしょうか!? 二人ともあっという間にクリスタルドラゴンを撃破! 他の選手を突き放していきます!』


 ……うん。やっぱり最初はこいつからじゃないと始まらないよね。合掌。


 でもレオンまで、どうしてクリスタルドラゴンを。たまたまか?


 ――ふっ。


 あ、あいつ! 今笑った! こっち見て笑ったよ! 得意そうに!

 なるほど。このくらい僕にだって朝飯前にできる。そう言いたいのか。

 そうか。レオンのやつめ。

 澄ました顔して、思った以上に対抗心を燃やしているっぽいな。

 面白くなってきた。こうなったら、こっちだってなりふり構ってやるもんか。


 言葉はなくとも、目と目で通じ合っていた。

 容赦無用の第二ラウンドが幕を開ける。

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