67「二つの世界を行き来するやり方」

 溜まっていた仕事をバリバリこなしている間、ずっとラナソールにいたわけではない。二つの世界は連動し、リアルタイムで変化を続けている。情勢に取り残されないためにも、あまり長い間トレヴァークを離れていたくはないと考えていた。理想を言えば、ややトレヴァーク多めくらいのバランスでラナソールと行き来する生活がいい。ラナソールのことは、ユイたちがいるからある程度は掴める。トレヴァークに行けるのは俺しかいない。

 しかし仕事が多過ぎる。全然暇がないよ。

 どうしようかと困った顔をしていると、俺の様子に気付いたジルフさんが、


「坊主。お前がいない間は俺がその分仕事を引き受けてやろう。気にせずトレヴァークに行ってこい。お前にしか出来ないことを為せ」


 こんな頼もしいことを言ってくれたので、安心してトレヴァークに行けそうだった。

 これがやる気のないレンクスや、やる気はあるけど星撃級におっちょこちょいなエーナさんだとかなり不安が残る。ジルフさんが『アセッド』に来てくれたのは僥倖だった。

 というか、何気にすごいメンバーになってるよね。レンクス、エーナさん、ジルフさん。能力使えないとは言ってもチートクラスが三人。この店、世界最強なんじゃないだろうか。


 さて。行くとなれば俺だけでは無理だ。ハルと相談して考えたやり方だと、協力者が要る。というわけで。


「どうしたよ。俺に用なんて」

「いやあ待ってたよ。ランド」


 また冒険を進めて、レジンバークに帰ってきていたランドに『アセッド』まで来てもらった。これから俺がいなくなった後の事情説明のため、隣にはユイにも付いてもらっている。


「忙しいところ、わざわざごめんね」

「別にいいってことよ。俺とあんたらの仲じゃないか」


 気前よく笑ってくれるランドといると、本当に気が楽だ。ややデリケートで鬱屈したところのあるリクと比べれば、彼は底抜けに明るくて何も悩みなど持っていないように見える。そんな彼は、日常に退屈していたリクが望む一つの「理想の」姿のように思えてならない。


「また何か企んでるって顔してるわね。どうやってかシンを起こしたときみたいに」


 シルヴィアもセットで付いてくるのはいつも通り。素直でよく言うことを聞いてくれるランドだけじゃなくて彼女も来ると踏んだので、説明役のユイは不可欠だった。

 シルもシルで、この探り性というか抜け目のないところは、向こうの世界の某ストーカーさんに通じるところがある。この人は向こうと違って気というものを持っていないので、余計神出鬼没な点がびびるところだ。

 こうしてみると、二つの世界から浮かび上がってくる人間模様が面白い。一つの心に別の角度から光が当たっているのだ。

 そんなことを考えながら、口では早速本題を告げる。


「ちょっとね。ランド、君の手を貸して欲しいんだ」

「手? またか? そんなもんでいいなら」


 ランドは首を傾げながらも、快く手を差し出してくれた。

 俺は彼の力強い手を取って、念じる。彼とリクの心に触れる。


 ――ああ。やっぱりだ。


 シンヤの治療の際、二人の心に触れたときに感じていた。

 夢想病にかかっていない健常な人であれば、二つの身体と精神は、二つの本源である一つの心を要として繋がっている。

 ただ心が繋がっているというだけで、普通はそれだけでは何にもならない。だが、俺には心を司る力【神の器】がある。

 つまり、何が言いたいかというと。

 二人を結んでいるリク-ランド版『心の世界』的なもの(俺とユイの『心の世界』と違って、本当にただの精神世界っぽいので、的なものだ)が、ラナソールとトレヴァーク、二つの世界を結ぶ架け橋になってくれるのだ。

 トレヴァークからラナソールに帰るとき、『心の世界』を通じてユイから出てきたように。

 同じようなことをすれば、ランドから向こうの世界にいるリクのところへ辿り着けるはずだ。

 幸いランドもリクも、俺にはそれなりに心を開いてくれている。通行止めをされることはないだろう。

 心の力を持ち、かつ、元は『心の世界』の存在でトレヴァークに馴染めないユイと違って、現実の肉体を持つ俺にしか出来ない方法だった。

 二つの世界を行き来する。今この場に限っては、他のどんなチートフェバルにも出来ないことが、俺だけに許されているようだ。

 その分、肩にかかる重みは大きい。

 他の誰でもない俺こそが要であるという認識、状況は、今まで経験したことのないものだった。何だかんだ言っても、今までは、イネア先生だったりアーガスだったりリルナだったり。他に第一人者、まとめ役というのがいて、俺はそれを隣で支える脇役的な役割が多かった気がするしね。

 今回は、俺が矢面に立たなければ何も進まない。まるで主人公にでもなった気分だよ。


 よし。行けそうだな。


「じゃあユイ。いってくる」

「いってらっしゃい」

「ん、どこにだ?」

「何言ってるのかしら」


 何を言っているのかわからないランドシルを横目に、俺はランドの心に飛び込んだ。



〔ラナソール → トレヴァーク〕



 ***


 シンヤはすっかり元気になったし、あれからまた一緒にゲームもするようになったし。

 あれもこれも、ユウさんが来てからだ。僕の世界は変わった。

 ほんとユウさんのおかげだよ。感謝してもしきれないや。


「ふうう……」


 でもユウさん、どこ行っちゃったのかな。電話も急に繋がらなくなっちゃったし。そのうち戻ってくるとは言ってたけど……。

 どこか僕の知らないところで色々やってるんだろうか。前に聞いた冒険とかかなあ。

 ああ、いいなあ。羨ましいなあ。一度でいいから僕も行ってみたいなあ。


「おっと」

「うわあああああああああああああああああああ!?」

「わっ!」


 急に出たああああ!? なんだあああっ!? 人がああああ!?


「って、ユウさん!? なんでここに!?」


 座っていた僕にいきなり降りかかってきた人物は、他でもない話題のユウさんだった。


「ああ、リクか。ってことは、ちゃんと戻って来られたみたいだね」


 戻ってきた。ということは、やっぱり今までどこか行ってたんだ。

 やや冷や汗が滲む額に、ばつの悪そうに髪を掻いているところを見ると、あんまり快適な旅じゃなかったみたいですけど。

 って、そんなことのんきに考えている場合じゃないよおおおお!

 ユウさあああああああん! なんでだよもおおおおおお!

 僕は慌てて、両手で股間を隠した。


「わああ! ちょっと、どいて! 僕から離れて!」

「え!?」

「もう! 出てって! 出てって下さい! 出て来るにしても時と場所考えて下さいよっ!」


 魂の全力で叫ぶ。


「えっと……ここ? あ!」


 そうだよ! トイレの中だよ! 僕うんこ踏ん張ってたんですよ! なんてとこに出て来るんですか!

 狭いトイレに男二人密着して。どんなシチュですかっ!

 ユウさん可愛い顔してますけど、僕、そっちの趣味なんかないんだからね!

 てかユウさん、どこ見てんすか!


「やめて下さいよ! 僕のなんか見たって誰も喜ばないですよ! どうせしょうもないですよ!」


 突っ込みにも勢いが入る。正直言うと、僕、キレてます。

 ユウさんもしまったと思ったのか、誰が見てもわかるくらい慌てて、顔も赤くして、ぴゅーと逃げるように僕から離れた。


「その、ごめんね!」


 もう見てません! って感じで、大袈裟に目を背けたまま後ずさって、トイレのドアを開ける。

 そんなユウさん、どこかコミカルですらありますけど。僕が当事者だから笑う余裕ないですって。

 でもユウさん、最後にちらっとこちらを見て、全力で股を押さえる僕のそこを見て、生暖かい微笑みを向けてきました。


「大丈夫だよ。うん。言うほどみんな気にしないからさ」


 どこか慰めのような台詞を吐かれて、ついでになんかぐっと親指も立てられて。


 バタン。ドアが閉まった。


「ううう……」


 あああ。くそう。ばっちり見られた……。見られちゃった。

 人より小さいの、すごく気にしてたのに。ユウさんのバカああああ。

 厄日だ……。

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