46「ユウ、ゲーマーになる 1」
リク名義でアパートの部屋を借りてから、約一か月。
俺は、ゲーマーになっていた。
新参ながら、今ではS級の「ランド」と肩を並べるほどになり、「黒シャツのユウ」と言えば、冒険者ギルドで名を知らぬ者はいない。
そんな二つ名とかで呼ばれるのは何となく恥ずかしいんだけどね。
もちろんオンラインゲームということで、中々レベルは上がらないし、レアなアイテムなどほとんど落とさない。
たった一か月でここまで来るのには、それこそ語るも涙、血と汗に塗れた冒険譚があった。
寝食さえも惜しむほどの壮絶なやり込みと課金が必要であり、ダイヤモンドの欠片をもう一つ売りに出して軍資金に充てることで、ようやく辿り着けた境地なのだ。
こんなものに無駄に時間をかけるわけにはいかなかったからね。
え? なんでそんな馬鹿みたいにやってるのって?
いや、やっているうちについハマっちゃったとか、そういうのではない。断じてない。ほんとにないよ?
一応レンクスには黙っておいてくれとユイには強く念を押してある。その辺はぬかりない。
同類と思われたくないし、笑われたくないし。
ただ調査のためとは言え、最近ユイには呆れられてしまっているかもしれないな。
この間なんか手が離せないボス戦のときに声かかってきたから焦っちゃったよマジで。
こほん。
まあとにかく。決してただ楽しいからやっていたというわけではない。本当だ。
このラナクリムというゲームは、決してラナソールそのものではない。
それでも、あの奇妙な世界に関するヒントがたくさん詰まっている。なので当然、調査対象としては真っ先に上がったわけだ。
ところがである。
まず本で調べようとしたら、攻略本は一切市販されていなかった。
ではネットはどうかというと、ディズ(ウィキみたいなものだ)を見ても、ゲームの表面上の紹介くらいしかなされていない。
理由は、前に読んだ法律書を『心の世界』から参照したらすぐにわかった。
通称ラナクリム法と揶揄される強固なデータ著作物保護法のために、攻略情報の開示でさえ規制がかかってしまっているのだ。
なんか地球でもちょっと似たような話を聞いたことがあるような気がするけど、気にしないでおこう。
そういうわけで結局のところ、このゲームの情報を得るためには、実際にプレイしてこの目で確かめるしかなかった。
だから俺は仕方なく。仕方なくこのゲームを始めたんだ。
これはゲームであっても遊びではない。世界の謎を解き明かすという強い使命感を持って。
あの、ええとね。
ラナクリムで行動範囲を広げていくためには、レベルと冒険者ランクをとにかく上げる必要があって。
だから俺はやむを得ず、課金とやり込みという手段をもってだね。
……うん。ごめんユイ。
楽しいです。ハマりました。とっても。
『ユウ。あなたねえ……。知らない世界に行ったと思って、人が心配してるのに』
『すみませんでした』
『もう。ほんと昔から熱中するとバカなんだから。アリさんに見とれててすっ転んだの何回あったっけ』
『いつの話してるんだよ……。わかった。かなりゲーム世界の情報は集まってきたから、今日限りでペースは落とすよ』
『ゲームは一日一時間だからね』
『はい』
ユイからお叱りを受けて、俺は渋々PCの電源を落とした。
カーテンを開け放つ。徹夜明けの朝日が目に染みる。
俺は伸びをして、それから何度か屈伸した。
よし。朝の運動行ってくるか。
これでも勘が鈍らない程度には毎日きちんと身体動かしてたんだよね。
さすがにイネア先生の言いつけを破るまでは落ちぶれちゃいないさ。
この一か月どんなプレイをして過ごしてきたのか、歩きながら振り返ってみることにしよう。
***
リクにも勧められてラナクリムのパッケージソフトを買ったのは、アパートを借りた翌日のことだった。
同日に高性能デスクトップPCも買ってしまい、インターネット回線の契約を申し込んだ。こちらの世界でも、オンラインでやるなら有線が基本のようだ。
高速回線が売りの『メセクトファイバー』なる料金コースがあるので、それを申し込む。即日で業者が来てくれて、接続工事を行ってくれた。
メセクトとは、「仮想の」もしくは「理想的な」を表すトレヴァークの言葉だ。
ラナソールには、先進区フロンタイムにおいて車などの動力源となるメセクター粒子なるものが存在するが、仮にこちらの言葉通りに当てはめて解釈するなら、向こうでそう呼ばれているように「理想粒子」となる。
あるいは……「仮想粒子」とも読める。
トレヴァークには、メセクター粒子なるものは存在しない。
車は主にガソリンと電力によるハイブリッドエンジンによって動いている。
まるでそんな理想的なものはないと言われているようではないか。
家は近かったので、落ち着くとリクはすぐにでも飛んできた。
付きっきりで俺の初プレイをアドバイスしてくれることになった。
「まずは必需品を買いに行きましょう」
「ソフトは買ったけど。これじゃできないの?」
「もちろんできますけどね。音声入力が恥ずかしくないんだったら、ゲームパッドの方がずっと快適ですよ」
「僕は恥ずかしいから、専らキーボードでやってますけどね」と、リクは頬を搔いた。
「タナキアンなら安く買えますよ」
ああ。本で見た。トリグラーブ市最大の電器チェーンのことだな。
彼の提案に乗って、俺たちは電車に乗って中心街へ向かうことにした。二十分ほどで着くらしい。
電車というのは、本当に何の変哲もない電車だ。
デザインも向こうのシュルーみたいに特徴的だったりはしないし、無駄に浮いてたりもしない。
普通に電力で動くあの電車だ。
俺は本当に異世界にいるのだろうかという気分になってくる。
マジで今のところモコの存在くらいしか大きな違いがないぞ。
電車から降りてしばらく歩くと、タナキアントリグラーブ中央店が見えてきた。
正面に差し掛かると、ショーウインドウにたくさん並べられたモニターから、お店の宣伝テーマが流れて来た。
『あなたの~暮らしの~す~ぐそば~に~タ・ナ・キア~ン~♪』
油断してるとつい口ずさんでしまいそうな感じのアップテンポな曲だ。
実際すぐ近くで、親子連れの子供があどけない声で口ずさんでいて、微笑ましい気分になった。
タナキアンテーマ曲が終わると、画面が切り替わって、本日のおすすめ家電紹介コーナーになっていた。
よく見ると、前にどこかの局でやった番組をそのまま流しているらしい。
『そんなあなたへおすすめの家電は~? じゃじゃーん! こ・れ・ですぅ!』
銀髪の可愛らしい少女が、笑顔を振りまきながら冷蔵庫を紹介していた。
ふと聞き慣れた特徴的な口調が気になったので、画面を指さしてリクに尋ねてみた。
「あの子は?」
「アマギシ エミリ。家庭派アイドルですよ。狙ったようなぶりっ娘キャラが、好きな人は好きみたいですね。まあ可愛いですよね」
「へえ」
何だか容姿も雰囲気もミティを思い起こさせるな。
もっとも多少感じが似てるからって、本当に関係があると決めつけるのは早計かもしれないけど。
うーん。リクと話したときは割とすぐにぴぴっと来たんだけどな。
画面の向こうだと心も読めないし、さすがにこれだけじゃわからないか。
問題なくゲームパッドを買い終えた俺とリクは、帰宅して早々にセッティングに取り掛かった。
ちなみにこのときついでに攻略本とかも探してみたけど、まったく置いてなかったわけだね。
まずPCの初期設定及びインターネット接続を済ませてから、パッケージよりラナクリムを取り出す。
裏には有名なキャッチコピー『もう一つのリアルがここにある』が書かれていた。
これがただの宣伝文句に過ぎないのか、それとももう一つのリアルへの扉になるのか。
さて。正直言うと、このとき俺は。
真面目な緊張もあったけれど、久々にゲームができることに既にかなりわくわくしていました。ごめんなさい。
リクのやってるところ見てたら、すごい楽しそうだったしね。
ディスクを差し入れ、手順に従ってインストールしていく。
しばらく待っていると、ラナクリムのアイコンが表示された。
Ver.48。恐ろしくロングランなゲームだ。
クリックすると、壮麗なビジョンと雄大なBGMと共に、ラナクリムが起動する。
どうやら初回は、キャラクターメイキングから始まるらしい。
リクが、ここぞとばかりに先輩面をして解説してくれた。
「まずはキャラクターネームからですね。よほどひどい下ネタとかじゃなかったら好きに付けられますので。ユウさんは何か考えてますか?」
「ユウでいくよ」
「えっ、本名でやるんですか? 変わってますね」
「俺はこの名前大切にしてるんだ」
「ふうん。いいと思いますよ。別にいないわけじゃないので」
さて、名前を決めるとキャラメイク本番なわけだが。
俺はネットゲームはやったことなかったのだけど、やたら設定項目が多くて面食らってしまった。
性別、顔の形、声、生まれ、宗教などなど、実に数十以上も用意されている。
「性別はどうします? あえて女の子にしてロールプレイするのも楽しいって聞きますけど」
「……ああ。うん。別にいい」
いつもやってたし。リアルで。
ゲームでやろうと思ったら完璧に演じられてしまいそうな自分は、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。
迷いなく男を選択する。
「あ、設定面倒ですよね。ユウさん基本そのままで行きそうな雰囲気ですし、それならいいものがありますよ!」
リクはにこりと笑って、初めにこちらに来るときに背負って来たリュックから何かを取り出した。
頭をすっぽりと覆う、被りものの装置だった。
耳の辺りからコードが伸びていて、PCに接続できるようになっている。
「これを使うと、機械が生体データを読み取ってくれて、自動でそっくりにオリジナル設定してくれるんです。後から調整もできますし。僕もまずこれで大雑把に設定してから、髪の色変えたりしたんですよ」
「生体データか……」
その言葉にはあんまり良い思い出がないんだよな。本当に台に縛り付けられてデータ取られたことあるし。
「どうしたんですか? 急に神妙な顔しちゃって」
「何でもないよ。うん。大したことじゃないんだ」
終わったことだからね。
「そうですか。あ、そうそう。これは詳しいことはわかってないんですけど、人によってはデフォルト設定に比べてボーナスパラメータが付きますよ。例えば、よく鍛えてある人は力の能力値が高いとか」
「ボーナスかあ」
それは魅力的だな。
自分で言うのもなんだけど、俺は相当鍛えてあるから、結構期待できるんじゃないだろうか。
「僕は特に何も付かなかったんですけどね」
リクはどこか乾いた笑いを浮かべていた。
「よし。使ってみようか」
ヘッドギアのような装置を被って、PCに接続した。
待つこと二分ほど。データの解析が終わったようだ。装置は外す。
PC画面に表示されているキャラクターは、まさに俺の分身と言っても遜色ないほどにそっくりだった。
「できましたね。どんなキャラか見て見ましょうか」
リクと一緒に、オリジナル設定された項目を順番に眺めていく。
髪の色や体型など、特に見るべきものはないが。
能力欄に移ったとき、リクの目が釘付けになっていた。
「職業は……旅人? 冒険者ならありますけど、こんなシンプルなのはかえって見たことないですね。それから、初期ステータスは――げっ!? マジすか!?」
「どうした?」
HP、力、守り、素早さ、体力など、どれも数百ほどの数値を記録しているみたいだけど。
比較対象がないからよくわからない。これがどうかしたのだろうか。
「いや、だって……。すべてのパラメータが、デフォルト設定平均の10倍以上ありますよ! 普通ならレベル20相当です! どんだけですか!? ユウさん!」
おお。それは思った以上だったな。ちょっと嬉しいかも。
やっぱ普通じゃないですね、と彼は素直に感心していたが。
ふと何かに気付いて画面を指差した。
「あ、でも魔力だけ0ですね。まさかの脳筋だった!」
「はは。そうだね」
二人で一緒に笑う。
なるほど。俺のリアルパラメーターを反映してくれるわけだな。
ふう――さすがにフェバルの能力までは反映しないか。
スキル欄に【神の器】とかが表示されていなくて、ほっとする。
しかし何もないわけではなかった。最初からスキル《気術》を持っているようだ。
俺は思わず、さっきまで被っていた装置を見つめていた。
たった二分でここまで解析するなんて。
この装置、どんな仕組みになっているんだ。普通じゃないぞ。
スキル欄に目を移したリクも、俺の持つスキルに気付いて目をぱちくりさせた。
「おー。すごいじゃないですか! 最初から《気術》持ちなんて。これ、普通は修行クエスト進めないと入手できないんですよね」
どうやら《気術》自体はユニークというわけではないみたいだ。
まあ俺もイネア先生から習ったものだし、それ自体はありふれた技術だからな。肝心なのは使い方だ。
一通りステータスも見終わって。
「ここから調整することもできますけど」
「いいや。このままでいこう」
「そう言うと思いましたよ」
俺はあえて俺の姿のままでラナクリムをプレイすることにした。
可能性は低いが、この世界にもし俺を知っている者がいれば、この姿を見て接触を図ってくるかもしれないと考えてのことだ。
「あ。だけど、インナーの色くらいは選んでもいいんじゃないですか」
「インナーの色?」
「このゲーム、最初は無装備で始まるんですけど。さすがにすっぽんぽんは色々と問題なので、上下シャツを着た状態で始まるんです」
「なるほどね」
「ユウさんは好きな色ってありますか?」
「黒と青かな」
黒は今もよく着てる最近お気に入りのジャケットの色でもあるし。
青は俺の名字にも入っている海の色だから。
ちなみにユイに聞くと「白と青」と返ってくるだろうね。
「まあ今回は黒でいいか」
……どうでもいいけど、これが「黒シャツのユウ」の由来だったりする。
「よし。これですべての設定はできたかな」
「一部の設定は後で変更できませんからね。大丈夫ですか?」
最後にもう一度、ざっと確認して。
「オーケーだ」
「では」
「「ラナクリム、ゲームスタート!」」
二人で仲良く、エンターを押した。
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