37「ユウ、トレヴァークの調査に乗り出す」
「……悪い。ちょっと一人にしてくれないだろうか」
事情は俺を通じてユイも聞いているだろうが。すぐにでも緊急会議を開きたい心境だった。
しかしリクという男はよほど俺にご執心のようだ。
頑として首を縦に振ってはくれないばかりか、きつめに詰め寄られた。
「ダメですよ。そう言ってどこか知らない場所へ行ってしまう気なんでしょう? まだまだ聞きたいことはたくさんあるんですよ」
何もないところから出て来たわけだから、興味を持つのはよくわかるのだが。今このときばかりは鬱陶しいと感じる。
しかし、ここで強硬的な態度を取るのは得策ではない。この部屋以外の状況がまったくわからない以上は、主導権は向こうにある。
「少し……気分が優れないんだ。わかった。どこへも行かないから」
「だったらそこのベッドを使って下さい。横になっても構いませんから」
「ありがとう」
勧められた通り、腰掛けているベッドで横になる。
実際はそうしなければならないほど体調が悪いわけではないが、気分が優れないのは事実だった。
「休んだらぜひ色々と聞かせて下さいよ」
曖昧に頷いて。目を閉じる。
眠るふりをして、『心の世界』に意識を繋いだ。
『ユイ。少し強引だが時間を作った。話をしておきたい。レンクスにも繋いでくれ』
『わかった。ちょっと待ってね。――はい。いいよ』
『俺だ。レンクスだ』
レンクスの声が聞こえてきて心強いと思う一方で、多少は文句を垂れておきたい気持ちになった。
『知ってて俺を賭けに使ったな』
『いやあすまんすまん! でもよ、それなりの確証はあったんだ。そうでもなきゃお前に危険な橋は渡らせねえさ』
彼のばつの悪そうな感情と、ユイの小さな呆れ声が伝わってくる。
『実は世界の穴は俺もこの目で見たことがある。しかもそれが閉じてしまうより早く、俺も手の届く位置までは辿り着いていたのさ』
『マジかよ』
そういう大事なことはちゃんと言って欲しかったな。もう遅いけど。
『だが触れることはできなかった。俺では弾かれてしまうんだな。なぜかこれが』
『それがあなたが言ってたスペシャルゲストというやつ?』
『そうさ。けど一応穴の性質は解析できたわけで。穴の付近では許容性が著しく下がっているようだし、どうも別の場所に通じているようだった。で、誰なら調べられるかと考えて』
『私は無理ね。まともに動けなくなるから』
『それはもちろん聞いてたぜ。だからつまり……ユウ、お前なら通れるんじゃないかと』
『そして見事にこうなったわけか』
『そうだな』『そうね。さっきこいつからその考えを聞いてびっくりしたけど』
『……わかった。いいよ。結果オーライということにしよう』
欲を言えばまた助けて欲しかったというのはあるけど。本来は自分がもっとしっかりしていればよかったことだ。
危険を承知で、文字通り飛び込まなければ得られないものもある。
『さて、二人とも。率直に聞きたい。どう思う?』
『やばい香りがぷんぷん漂ってるな。久々にぶるっと来たぜ』
『ゲームの世界ってことなの? 信じられないけど……』
『そこのところはわからない。そのものというわけでもないんじゃないかな』
そんな気がする。
リクが言っていたゲームとはラナクリムであり、ラナソールではない。
そもそも、仮にもしラナソールがデータ上の仮想現実世界だとするなら。
あまりにもリアル過ぎる。すべてが。
そこに暮らす人々の振舞いも、物の手触りも。食べ物の味も。触れ合う人たちの心も。
そこから出てきた俺は、夢を見ていたわけでも何か変な装置に繋がれていたわけでもないようだし。
今も二人はそこにいる。ラナソールは「実在」しているのだ。
何か下手をすれば「穴が空き」「壊れてしまいそう」な、極めて危ういバランスの上に。
『私が単離してる時点で、尋常ではないってことは予想できたけど……』
『フェバルの能力もなぜか使えないしな。ユウ、お前のだけ平気で使えてるってのも随分おかしい話だけどよ』
『単純な現実そのものではないんだろうね。どうりで気力も魔力も一切感じられないわけだ』
生身の身体はそこにはない。
ただ心だけが。確かに本物が、そこにある。
『そうだ。心。心だよ! ほら、私たちの能力って、心を司ることが本質的でしょ? みんなの心は本物。だから問題なく使えるんじゃないかなって』
『そうかもしれないね。レンクスの【反逆】が使えないのは、操作対象たる世界が本物じゃないからだったりして』
『あるいは何者かさんが封じ込めてるって可能性もあるがな。なんかなあ。こう好き勝手できないと、牢にでも入れられた気分だぜ』
レンクスが不満そうに溜め息を漏らしたのが、聞こえた。
『正体は皆目わからないけど。あえて仮想世界「ラナソール」と呼称しよう。とするならば、「トレヴァーク」こそが現実世界だ』
なぜそう言えるのか。
なぜならば、今もはっきりと感じているのだ。
リクの気を。この世界に溢れる人々の命の息吹を。
トレヴァークこそは俺のよく知る「普通の世界」のように思えた。
『両者はコインの表と裏の関係にある……ような気がする』
『少なくとも、絶対に無関係ではないと思うよ』
『ああ。ゲームっつう思わせ振りなガジェットも出て来たわけだしな。レオンの奴も』
『コインの全貌を知るためには、ひっくり返して裏からもよく見てみないとね』
『だな。ラナソールという世界の謎も、これで解明に向けて大きく前進するかもしれねえ』
レンクスから期待の感情を読み取ることができる。
『心の世界』を使ったコミュニケーションでは、感情がよりダイレクトに伝わってくることが多い。
すると、レンクスが「まずった」と呟き、たちまち心配の色を浮かべた。
『ところで、送り出しておいてなんだけどよ。お前、どうやって帰って来るつもりなんだ?』
その問いに、一瞬ぞっとするものを感じたが。
いや。落ち着け。考えろ。
そうだ。よくよく考えてみれば。俺の能力が問題なく使えるということは。
『確証はないけど。帰るのはおそらく簡単だ。ユイがそっちにいるなら』
あの方法が使えるだろう。
『あ、そうか。あれでいけるね』
『うん』
『あれってのは?』
『まあ見ればわかるよ』
いつも何かと隠し事するから、たまにはお返しだ。ナイスユイ。
レンクスはあまり気にしてない様子で納得した。
『へえ。そうかい』
『ただし、一方通行だ。そちらからこちらへは自由に来られない。世界に穴が開かなければね。次行けるのはいつになるかわからない』
『それについてはいかんともし難いな』
『だから今回、こちらで調べられるだけのことは調べておこうと思うんだ』
『ってことは、ユウしばらく帰って来ないつもりなの?』
ユイの寂しい感情が伝わってくる。
俺も正直少し寂しいけど。
『そうなるね。悪いけど、仕事はしばらくお休みかな。ちょうどいいじゃないか。俺に囚われないで、君が自分の判断でやってみるといいよ』
何だかんだ俺がくっついていたら、君は今まで通りにしてきちゃったからな。
良い機会なんじゃないかな。滅多にないだろうし。
『そっか……。うん、わかった。私は私なりに楽しんでみるよ。直接は側に居られないけど、くれぐれも無茶しないでね』
『わかったよ』
学生がまともに学生してるような雰囲気だし、たぶんそう無茶するようなこともないだろう。
……ないよね?
『そうだ。ランドとシルヴィアが戻ってきたら、俺のことは心配するなと伝えておいてくれないか』
『オーケー。ちゃんと無事だって言い聞かせておくね。責任感じちゃうといけないから』
『頼んだよ』
『よっしゃ。話はまとまったな。しばらくユウはトレヴァークの調査、ユイは俺と二人きりでいちゃいちゃ……』
『あんた何聞いてたんだよ。おい』
『……あ、はは、冗談だって。冗談。じゃあ俺は世界の穴に入る方法がないか、あるいは穴を見つけられる法則がないか探ってみるぜ』
『『おー。レンクスがまともだ』』
『お前ら。俺だってたまにはな……!』
『普段が普段だけにね』『信用ないよね』
『それもそうだな!』
あっはっは、と気持ち良くレンクスが笑ったところで、会議はお開きとなった。
「落ち着いた。もう大丈夫だ」
「結構早かったですね。本当に大丈夫?」
「うん。すっきりしたよ」
今後の方針もな。
見るとリクはPCの前に座って、何やらソフトを弄っているようだった。
「何をやってるの?」
「ああ。これがさっき言ってたラナクリムですよ。ちょっと調子悪かったんだけど、もう大丈夫みたいだ」
リクは困ったように笑う。
「人がいるときにやるもんじゃないですけど。まだ寝てるかなと思ったし。接続が切れちゃったんですけど、その件を相手に謝らないといけないなと思って」
「へえ」
何気なしに、彼の肩越しに画面を見やると。
そこにはなぜかとても見覚えのあるキャラクターがいた。
いや。見覚えのあるキャラクター、どころではない。
この金髪の冒険者は――!
ランド。
表示されているプレイヤー名に、俺は目が釘付けになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます