24「這い寄るぶりっ子ミティ」

 案内されてやってきたミティの宿は、小さな通りのあまり目立たない位置にひっそりと建っていた。立地の面ではかなり苦労しそうな場所だ。


「お客様二名様、ご案内ですぅ!」


 元気一杯に案内されて、目の前の穏やかな色合いの木製ドアを開けて入ってみると、中は非常に綺麗だった。

 隅から隅まで掃除が行き届いており、床までピカピカに光っている。


「へえ。綺麗だね」


 ユイが感心したように辺りを見回す。

 向こうにはカウンターが見えており、カウンターの隅には黄色い花が飾ってあった。横には階段と廊下がある。

 ミティはちょっぴり自慢気に胸を張った。たゆんと揺れるくらいのボリュームがある。

 ユイよりちょっと大きいくらいかな。見たら大体わかるほど色々見慣れてしまった自分が悲しい。


「お掃除はおもてなしの基本ですから。ちょっと鍵取ってきますのでお待ちを~」


 奥のカウンターまでとてとて歩きで向かい、鍵を手にして戻ってくる。


「もしかして、あなた一人でやってるの?」


 ユイが尋ねると、ミティは肯定した。


「そうですよー」

「大変だね。両親は?」

「両親は……いないんです」


 彼女のやりきれない顔から、あまり触れてはいけない部分に触れてしまったかと思う。


「……そうか。悪いことを聞いたね」

「ああぁ! そういうことじゃなくってーですぅ!」


 どうやら違ったらしい。

 ミティはふんと鼻息を鳴らすと、くしゃくしゃと頭を掻きむしった。綺麗に整った銀髪が台無しである。

 なんだ。突然雰囲気が険しくなったぞ。

 ミティはへっと吐き捨てるように言った。


「親父もお袋もエレザの方にとっとと隠居してしまいやがりましてですね」

「エレザ?」


 ユイが首を傾げる。

 てか、親父とお袋って言い方するんだ。てっきりお父様とかお母様とか言うのかと。


「こっから車で三時間の片田舎ですよー。あなたもう一人前なんだから一人で頑張りなさいって」


 苦虫を噛み潰したような表情でぷんすか怒るミティは、どこか寂しそうだった。


「女の子を、一人で?」


 ユイは思わず自分の胸に手を当てて驚く。

 平和な現代日本ならいざ知らず、この魔法社会は割と危険も多い。

 確かに普通は年頃の女の子をいきなり一人にしないような気がするが。


「まったくですよ。こんな超絶可愛い乙女を一人だけなんて、頭おかしいんです。襲われちゃいますよぉ」


 自分で言うか。

 確かに目もくりくりしてるし、愛嬌いっぱいの見た目で可愛いけどさ。


「ほんと何考えてやがんですかねあのクソ親父ども。いっぺん腸ぶちまけますか」

「「…………」」


 くわっ。

 あまりの豹変ぶりに、ユイと揃って目が点になってしまった。

 猫被ってるってレベルじゃないぞ。

 あっと気が付いたミティは、慌てて口元に手を当てて、苦しい笑顔を作った。


「お、おほほほ。何でもないのですぅ」


 取り繕うようにきゃぴきゃぴし出したが、俺の中でイメージは既に固まってしまっていた。

 この子、中身が黒い。


「さーてとですぅ。そんなことより、お部屋をご案内するです!」


 そうして通された部屋は、質素ではあるがこれまた手入れの行き届いた部屋だった。

 シーツもぴしっと整っていて、彼女の真面目な仕事ぶりを感じさせる。


「ディナーは18:30からになっております。時間になったらお呼びいたしますです。大浴場は男女時間帯別になっておりますので、お気を付け下さいませ。それではごゆるりとおくつろぎください、ですぅ」


 取って付けたようなですぅは口癖なのだろうか。言わないと落ち着かないのだろうか。

 ぺこりと頭を下げたミティは、俺を見つめるとぽっと顔を赤らめて退散していった。

 ユイがしっかりそれを見ていて、肩を竦める。

 ついでに遠く宇宙の彼方から、リルナの殺気も感じたような気がして。

 どうしよう。居心地悪い。


「夕食まで時間あるし、近辺の観光を続けようか」

「うん。そうしよう」


 ユイは俺の肩を掴んで、念を押してきた。


「あの子をどうするかはあなたに任せるからね。しっかりね」


 だよな。リルナがいるわけだから、断るしかないと思うが。


「ああ」


 でも思った。

 今回は簡単だ。間違いなく俺は、初対面の人にいきなり惚れるほど惚れっぽくはない。

 心に惹かれるタイプだ。繋がれば相手の心が垣間見えてしまうだけに、余計に。

 だからミティのことは、いくら見た目が可愛くても何とも思わない。

 けれどこの先、俺か「私」に好意を持つ人間が出てこないとも限らないわけか。

 長い宇宙の旅の中でずっと一途に想い続けるというのは、考えているより難しいのかもしれない。

 フェバルの場合、人生数十年ってレベルじゃないからな。数百年、数千年……と想い人が傍にいないわけで。

 俺は我慢できるのか。少なくとも身体の方は、枯れる気がしない。

 それに、好きになってもらった人とは、世界を離れたらもう二度と会えないわけで。

 一途でありたいという価値観は根強く持っているけど、どんな相手の気持ちにも一切応えないというのもどうだろうか。

 断ることも優しさとは言うが、万人におしなべて当てはめて良いものではない。

 相手によっては、それはひどく残酷ではないだろうか。イネア先生みたいに、たとえ二度と会えなくても愛されたい人もいるのだ。

 俺の事情をすべて知った上で、俺が誰を好きかを知った上で、それでも望むのなら。代わりがいないのなら。

 俺にしか埋められないものがあるのなら、俺は――。

 ……どうするんだろうな。

 まあ、そう滅多にはないと思うけどね。

 この辺、地球にいたときより大分価値観変わった気がする。色々見てきたからかな。

 うーん。リルナならなんて言うだろう。

 あいつは嫉妬深いところあるから、もしそういうことになったらきっと怒るんだろうな。

 でも愛されたがりなのと、気持ちには応えてあげたい俺の性格もよく知っているから。

 どうなんだろうな。


「リルナさんは、あなたがどういう選択をしても、何だかんだで許してくれるんじゃないかな」

「どうしてそう思う?」

「女の勘。あの人はあなたの選択を尊重し、あなたの幸せを何より望む人だから。私もそうだし」

「だから余計好きなんだよ」

「もう。ユウ、のろけ過ぎ」


 ただリルナのことだから、このまま大人しくしているとも思えないんだよな。

 何か手段を見つけたら、あのしつこさだ。宇宙の果てまで追いかけてきたりして。

 エルンティアには宇宙関連の技術もあるし、機械人族ナトゥラである彼女には明確な寿命がないから。

 ……まさかと思うが、本気で向かってきてないだろうな。


「……あり得なくはないね」

「……ないと言い切れないところがすごい」



 ***



 それから、適当に観光を済ませた俺たちは、夕食の時間きっかりにカウンターへと戻ってきた。

 ミティにテーブル席へ案内され、彼女一人が腕によりをかけた料理が振る舞われた。

 特別すごいということはない。家庭料理レベルではあるが、その中では上々だろう。

 素直に褒めてあげた。


「おいしいよ」

「てへへ。ミティ、お料理もお掃除も頑張ってるんですよー」

「そうみたいだね。えらいよ」


 誇り一つなくピカピカに掃除された辺りを見回して、頷いた。本当によく頑張っている。

 俺に褒められたのが嬉しかったのか、ミティは頬を赤くして続ける。


「それだけじゃないですよ。お裁縫にお習字にお茶入れに……」

「やけに気合い入れてやってるみたいね。どうして?」


 ユイの何気ない質問に、ミティは、


「そ・れ・は。女を磨くためですぅ!」


 ドンと胸を叩いて、断言した。


「女を磨くため?」

「そうですぅ! 女の子は女の子らしくなくっちゃあいけないのですよぉ!」


 力説された。

 女子力というキーワードがふと脳裏に浮かんだ。なぜに。


「そうは思いませんか? ユイさん!?」

「私は別に。自分らしく生きればそれでいいかなあ、と」


 俺もそれでいいと思う。

 無理に女らしくしなくても、例えばアリスとかははつらつさの中に自然な女らしさが溢れてたし。

 別に母さんとかも女らしくはしてなかったしな。いやあれは特殊か。


「それは最初から女の子だから言えるんですぅ。うらやまですぅ。ミティは小さいときから、女の子らしさが足りないって……うう。だから、一生懸命頑張ってるんです」


 そうか。そうだったのか。だからやけに張り切ってきゃぴきゃぴしてたわけね。

 悲しいほど努力の方向性間違えてる気がするけど。

 でもまあ甲斐あって、女の子らしくはなってるよな。一部の男受け良さそうなのが何とも。


「女の子らしくなって、どうするの?」


 ユイが質問を続ける。


「そりゃあもう。あの子可愛いなあってちやほやされてぇ……」


 指折り数えるように、将来の予定を妄想して頬が緩んでいくミティ。

 そして、俺をちらっと見つめて。


「運命の王子様に、君かわいいねって……きゃあああああああ!」


 顔をふりふり、足をじたばたさせて身悶えるミティ。


「「…………」」


 引きまくった目で見つめていると、はっと我に返って。


「え、えへへ。何でもないのですぅ」


 何でもあるよ。

 突っ込みが喉から出かかっていたが、やめてあげた。


「そうでした。ミティ、今度この町で開かれる魔法料理コンテストに出場するのですよ」

「え、あなたも?」


 まさかこんなところに出場者がいたとは。世界は意外と狭いな。


「はっ! もしや! あなたたちの滞在予定というのは!?」


 ミティはやけに目をキラキラさせ出した。


「ライバル出現というやつでしょうか? でしょうか!?」

「そうみたい。よろしくね」


 差し出したユイの手を、ミティは両手で慎ましく受け取った。


「よろしくですぅ。ミティ、負けないですよぉ!」


 ライバルに出会えたのが心から嬉しいのか、やる気に燃えた顔つきになるミティ。

 演技していない素の顔が見られたような気がした。

 と、ややテンションの落ち着いた彼女は。ちょろっと舌を出して、困ったように笑う。


「と言ってもまあ、優勝できるとは思ってないですけどねー。少しでもミティの宿を宣伝できればなあって」

「失礼だけど、あまり繁盛してなさそうだよね」


 今日の宿泊客は俺たちだけだった。だから彼女もこんなにのんびりと話せているのだ。


「うう……。サービスはそんなに悪くないと思うんですけどぉ。このままじゃ経営やばいですぅ。両親泣き付きコースはさすがに勘弁ですよぉ」


 やはり立地の問題だろうか。

 料理も決して下手ではないが、飛び抜けたものはない。

 客の目を引くには少し弱いかもしれない。こればかりはすぐ解決策が浮かばないが。


 そんなこんなで実質三人での夕食を済ませて、しばらくすると入浴の時間がやってきた。

 男の方が先ということで、俺一人が先に入ることにする。

 ユイは人目がないと一緒に入りたがるのだが、さすがに今日は何も言って来なかった。

 中に入ってみると、銭湯のような感じだった。十人以上は余裕で入れそうな広さがある。

 これを実質貸し切りというのは、贅沢なことだ。

 さっぱり汗を流してから、お湯に浸かる。目を瞑って、しばしくつろいだ。

 ふう。気持ちいいな。絶妙な湯加減だ。

 そのうちもっと深く浸かりたくなって、口まで浸かった。

 何となく、ぷくぷくしてみる。

 お風呂場って地味に遊び場だったよな。水鉄砲とか。

 エスタとアーシャは喜んでくれたっけ。


「ルームサービスですぅ」

「ぶぼっ!」


 一気に泡吹いた。

 はっと目をやると、タオル一枚に身を包んだあられもないミティの姿が。

 頬はアリムのように紅潮している。


「いや。待て。そんなもの頼んでない!」

「あなただけの特別無料サービスですぅ。えへへ」


 自然と身体は後ずさるが、しかし浴槽にあの入口以外の逃げ場はない。

 追い詰められる。

 はらり。

 タオルが脱げ落ちて、彼女の肢体が露わになった。

 雪のように白い肌と、見立て通りのダイナマイト。中々の破壊力だ。

 って、評価してる場合じゃない!

 どんな状況だ。なぜ君が迫ってくるんだ。

 そこまでなのか。そこまでなのか!


「わああっ!」


 気付けば浴槽の中、すぐ隣までミティは這い寄っていた。

 彼女は俺を獲物のように捉えて、積極的にずいと最後の一歩を詰め寄る。

 顔を劣情の色で紅く染めながら、しかし妙に思い詰めた、真に迫る表情で彼女は話し始めた。


「あなたを一目見たとき。なぜでしょう。同じ匂いがしました」

「同じ匂い?」


 うっ。息が酒臭い。

 そうか。酒の勢いに乗っかって、ここまで大胆な真似を。


「どうしてでしょう。でも、びびっと来たんです。あなたが、あなたこそが、運命の人だと」


 ぴた。肌と肌が触れる。

 思わず心臓が飛び出そうになる。


「この人となら分かち合えるんじゃないかって。悩みも、苦しみも、全部」


 なんだ。何なんだ。急に。

 しかし真剣なことだけは伝わってきた。

 この子は何かで悩んでいるのか。俺ならわかってくれると。

 それ以上考える暇はなかった。

 ミティは淫らなメスの顔になって――俺を求めた。


「ユウさん。ミティを女の子にして下さい」


 ちょっ。急展開過ぎてわけがわからないよ。そんなんじゃ俺ときめかないよ。

 むにゅ。柔らかいものが触れた。

 待って。そんなにくっつかないでくれ。やばいから。


「あなたでミティを埋めて」


 上目遣いでそんなこと言うなっ! 正常な思考ができなくなるから!

 わっ、そんなもの、押し付け――くっ。

 これ以上は。やばい。変身しないと変身しないと!

 ああ、今できないんだった! 何やってんだ!

 あ、いやっ。妙に慣れた手つきで――やめっ、あっ、おおっ!


 バァン! 浴槽の扉が勢いよく開け放たれた。


「そこまで!」


 救いの女神、ユイ様が現れた。白の水着姿で。


「あなたの心がやけに淫らになってるから、どうしたものかと思えば」


 そういう感知の仕方されると、すごい恥ずかしいんだけど。

 でも助かった。


「う、うふふ……」


 ミティがふるふると肩を震わせる。

 ユイは睨む視線をバチバチと彼女にぶつけていた。それはルール違反だと。

 一触即発だ。

 ミティは、俺にとろんとした目を向けて。仁王立ちするユイと目を合わせて。

 それから、もう一度俺の裸を目に焼き付けて。

 あわわと、突然我に返ったように口元に手を当てた。


「うわああああああああん! ごめんなさいいいいいいいい! 調子に乗り過ぎましたですぅーーーーー!」


 半べそになったミティは。

 顔を真っ赤にして、胸をぶるんぶるん揺らして、ぱたぱた走って逃げていってしまった。


「「……えっ」」


 だだっ広い浴槽にぽつんと残された俺とユイは。

 やり場のないぽかんとした感情を、互いの目でぶつけ合った。

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