4「冒険者の町レジンバーク」

 シルが先導し、ランドがその一歩後ろ、俺とユイがさらに二、三歩後ろを横並びで歩いていった。

 黒茶色の地面に木の根が無尽に張り巡らされている。頭上は木の葉が蓋をして日光の届きが悪く、草の生え方はまばらだった。所々ぬかるんではいるが、足を取られるほどではない。


「魔力でマークを付けているから、道に迷うことはないわよ」


 シルがこちらを軽く振り向いてそう言った。

 魔法が使える世界では、道しるべに魔力でマークを付けておくのは一般的な方法だ。魔素を始めとする魔力要素は、使用者の体内に取り込まれた時点で個人固有の波長を持つようになる。それを放出して固めておけば、錬度や場所にもよるが、数か月から数年程度は霧散させないでその場に残しておくことが可能だ。

 もっとも、俺の身体は魔力がまったく扱えないし、感知も一切できないから、何をやっているのか知ることは不可能なんだけど。それが得意なのはユイの方だ。

 ふとユイの顔を見ると、彼女は首を傾げていた。


『おかしいなあ』

『どうした。ユイ』

『さっきから魔力を辿っていると言っているのに、それが一切感じられないの』


 マジか。気力だけでなく魔力までわからないとは。


『ああ。俺もだよ。二人から一切気力が感じ取れないんだ』

『え、そうなんだ。でもどう見たって二人とも普通の人間だよね』

『だよね』


 不思議だ。ユイとはなぜか分かれてしまうし、この世界は何か普通じゃないのかもしれないな。


「そう言えば、二人はどうして冒険者をやってるんだ」


 話題になればと振ってみたところ。

 ランドがにやりと笑って、待ってましたという調子で答えた。


「俺たちはな。世界の果て――ワールド・エンドを目指しているんだ」

「「へえ」」


 相槌がユイとぴったり被ったが、そのくらいはもうあまり気にしないことにした。

 世界の果てか。それはまた壮大な話だな。

 何か言おうと思ったが、その前に。

 ユイと頷き合わせる。

 何かを話すときは念で軽く確認を入れて、同時にならないようにしようというルールを今二人で決めた。そう何度もハモってたら恥ずかしいからね。

 今回はユイが口を開くことにした。


「世界の果て、ねえ。そんなもの本当にあるのかな」


 と、疑問を呈する。

 まあそう言いたくなってしまうのはもっともか。地球は結局丸かったわけだし、星は普通丸いものだ。

 わかっている立場からすれば、存在しないであろうものを追いかけているのは、どうしても無駄なように思えてしまう。


「わからない。だからこそ、そこに何があるのか。ただ気になるから冒険するのが冒険者ってものじゃない?」

「そうさ。俺たちはいつか世界の果てを解き明かす。わくわくするよな!」


 シルとランドが誇らしげに答えた。

 なるほど、とユイが納得して頷く。

 そうだな。この世界が実際どうなっているかなんてわからないし、人の夢にケチをつけるものじゃないよな。


「冒険者か。楽しそうだな」

「おう。大変なこともあるが、毎日が楽しいぜ」

「生計はどうやって立ててるんだ」

「私たちは開拓者をやってるの。まだまだこの世界には未開の地がたくさんあるわ。新しい土地を見つけたら、そこを記録して情報を売る」

「二束三文の場合も多いが、良い土地ならまとまった金になる」

「他にはどんな種類の冒険者がいるの?」


 今度はユイが尋ねた。ランドが顎に手を添える。


「そうだな……。例えばハンターとか商人とか。賞金稼ぎやってるのもいるな」


 魔獣ハンターなら以前やったことがある。未開の地を切り拓くというのも中々素敵な響きだ。今回はそういうことをやって生計を立てるのも悪くないかもしれないな。


『どうする? 冒険者、面白そうじゃないか』

『ユウって昔からゲームとか冒険とか、ほんとそういうの好きだよね』

『まあね。いかにも異世界って感じで楽しいだろ。ユイも付き合ってくれるよな』

『ふふ。もちろん。私はいつもユウと一緒だよ』


 やっぱりユイは心強いな。


「俺たちも冒険者という仕事に興味が出て来たよ。なるにはどうしたらいいんだろう」

「それなら、レジンバークに冒険者ギルドがある。そこで登録すればいい」

「なるほど。それで、レジンバークというのはどこにあるのかな?」

「「レジンバークを知らないだあ(ですって)!?」」


 二人とも、びっくり仰天して目を丸くしていた。


「ミッドオールに来るとき、通ってきただろうが!」

「フロンタイムからこの大陸に渡ってくるとき、誰でも必ず橋を渡って来るでしょう? エディン大橋! ほら、港町のナーベイから渡ってきた先にあるあの大きな町よ!」

「ああ。あそこがそうだったのか。ほとんど素通りしちゃったからな」


 何も知らないが、とりあえず適当に相槌を打ってみるものの。

 二人はどうも釈然としない様子だった。


「あり得ないだろ。まさか、魔のガーム海域を通って……」

「冗談はよして。あんなところに行って生きて帰って来られるのは、剣麗レオンくらいのものよ」


 俺はユイと目を見合わせた。

 レオンとかいう人のことも少し気になったが、これ以上無知を晒すのはまずいだろう。

 ここは一旦スルーして。


「悪いけど、よかったら冒険者ギルドがどこにあるのか、詳しく教えてくれないか?」


 ランドがやれやれと頭を掻いた。


「はあ……仕方ない。ここまで来たら縁だ。冒険者登録まで付き合ってやるよ」

「「ありがとう」」


 礼を言うと、二人もまんざらでもなさそうな笑顔を見せた。結構気の良い人たちなんだろうなと思う。


「でもあなたたち、まだ子供よね。一応ギルドにも14歳以上の年齢制限があって。まあ大丈夫だと思うけど、いくつかしら?」


 そこはユイが正直に答えた。


「これでも一応25なの。二人ともね」

「「はああああ!?」」


 二人が揃って素っ頓狂な声を上げ、こちらを指差した。俺とユイみたいに息がぴったりだった。


「うっそだろ! ぜんっぜん見えねえ!」

「15か16かその辺りにしか見えないわよ!」


 うん。まあ実際肉体年齢的にはその通りなんだけど。

 元々童顔なのもあって、フェバルになって成長が止まったせいで、一人前の大人に見てもらえないことが結構多いんだよな。

 溜め息を吐いた。またユイとシンクロしていた。

 ユイはそのまま年齢を言ったことを後悔しているようだった。


『そろそろ初対面の人には18歳ですって言うようにしようかな?』

『その方がいいかも。30とかになっちゃったら絶対嘘だと思われる』


「俺たち21だぜ。年上だったのかよ」

「信じられないわ……」


 こういうのもなんだけど。自分でもまだ25って感じがしないんだよな。

 精神状態も10代の感覚のままで止まっているというか。あまり年を取った気がしない。肉体が精神を引っ張るというのは本当なのかもしれないな。



 ***



 日が傾きかけてきた頃、ランドとシルが言っていたキャンプ地にようやく着いた。

 森の中に作られたキャンプ地には、テントが合計で十ほど張ってあった。木が切り倒された跡があり、さらに辺り一帯の地面が人の手でならされた形跡がある。この世界に魔法があるのなら、そんなに大変な作業ではないだろう。

 重装備の中年男が、見張りで立っていた。

 ランドが声をかける。


「よう。ジム」

「ランドとシルヴィアか。随分帰って来るのが早かったな。そちちのお二人さんは?」

「こちらは旅人のユウとユイだ」

「初めまして。ユウです」「ユイです」


 揃って挨拶すると、ジムはしわくちゃで人当たりの良い笑顔を返してくれた。


「驚けジム。こいつら、俺たちより先行してたんだぜ」

「ほう! そいつは驚いた! 俺たちが一番乗りだと思ってたのに!」

「ええ。私も驚いたわ。特にあんなことしてたらね……」

「へえ。どんなことなんだ?」


 シルが喋っちゃおうかなという素振りを見せたので、俺は慌てて耳打ちした。

 あらぬ誤解が広まるのは本当に困る。


(頼むみんなには内緒にして!)

(さあ。どうしようかしら)


 すっとぼけた顔をしたが、結局何だかんだ黙っていてくれた。

 俺とユイはほっと胸を撫で下ろす。


「レジンバークに行くなら、そこにワープクリスタルがあるわ」


 シルが指差した先には、人ほどの大きさがある結晶が地面すれすれに浮いていた。

 透き通るような水色の光を湛えている。とても綺麗だった。


「ワープクリスタルなんてものが?」


 そんなものがあるのかという驚きだったが、ランドは違う意味で好都合に捉えて、誇らしげに説明してくれた。


「驚いただろ? 普通は町単位で多くて数個しかない貴重品だからな。豪邸が三つ建てられるほどの値がする代物でね。俺たち開拓組で金出し合って、やっと一つだけ買えたのさ」

「未開の地を本格的に旅するには必須だものね」

「戻るのか?」


 ジムの問いかけに、ランドは頷いた。


「ああ。この二人を冒険者ギルドに紹介してくる。ちょうどいいから、装備の点検と物資の補充も済ませてくる。明後日には戻るさ」

「わかった。他の仲間に伝えとくぜ」

「よろしくね。ジム」


 ワープクリスタルの前に立ち、四人で手をかざす。手を触れているわけでもないのに、ひんやりとした感覚があった。


「イクスペル・ラン! レジンバーク!」


 ランドが宣言すると。

 次の瞬間には、別のクリスタルの前にいた。


 目の前には橋が架かっていた。

 向こうがまるで見えないほど、どこまでも続く大きな大きな石造りの橋だった。

 幅もとても広く、戦車が何十台も横並びで通れそうだ。両端には荘厳なアーチが虹の軌跡を描いている。夕日が細く長く影を作っていた。

 吹き抜ける風は強く爽やかで心地良かった。風に吹かれながら、意味もなく格好付けて佇んでみたくなる光景だ。

 ユイは、久しぶりに直接目にする外界に感動しているようだった。二歩、三歩前に出て、橋に見とれている。

 艶のある黒髪が夕焼けに映えて、キラキラとなびいていた。これが結構絵になっているというか、俺って女のときは周りからこういう風に見えるのか。


「エディン大橋。何度見ても圧倒されるわね……」

「すべてはここから始まったんだよな……」


 シルとランドが、感慨深げに呟く。


「新天地を夢見る者たちは、先進区フロンタイムより、全員がこの橋を渡って未開区ミッドオールへやって来る。その玄関口が――」


 ランドが振り返る。

 一緒に振り返ると、これまた巨大な石の門があった。

 それは完全に開かれていた。向こうには、赤レンガの建物がいくつも立ち並んでいる。向こうでは風車が回っている。のどかな風景だ。

 シルがそっと続ける。


「可能性の地。ここは夢見る者を誰一人として拒まない」

「普通は、誰かが言ってくれるもんなんだけどなあ」


 ランドがどこか気恥ずかしそうに鼻をさすって、そして胸を張って告げた。


「ようこそ。冒険者の町レジンバークへ」

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