第114話 アポリスと娘の遭遇戦

 今、僕達は獣人大陸の王都に向かっている。

 獣人大陸に入り獣人メイドに話を聞いてからはすぐに向かおうとしたものの、人族大陸から獣人大陸に来るまでにあまり休まずに来たために、最初の数日は各々好きなように過ごすことにしたのである。だからまだ王都に着いていないのだ。


「だいぶ自然が増えて来たね」


「でもクロの話だと多種族大陸のエルフが住んでる所の方が大自然で比べ物にならないらしいですよ?」


「あーエルフって確かに森の中にいるイメージだしやっぱりそうなんだ。で、そのクロは今何処に?」


「さあ?テツ君に何も言わなかったんだとしたらきっと大したことない用事なんだと思いますよ?」


「うーん。でもクロって結構何も言わずに色々やってるからなぁ。メイドの件があるし」


 王都に向かってる途中で突然クロの姿が消えて何処かに行った。本体は僕の本体と一緒に地下にいるし、分身体が消えた訳じゃないみたいだけど何をしているのやら。あまり変な事してなければいいけど。






 そんな零達が王都に向かってる道中のはるか上空で、事は起こっていた。


「魔族、それもパパの敵」


「ほう、これはこれは腰抜けの仲間か。なにやら色々コソコソやっているらしいが、ふむ、あの吸血鬼の護衛というところか」


 魔族であり、四天王のアポリス。旧魔王、鉄条 宗一の娘。その2人が遭遇したのである。どちらも零に用がある為、遭遇するのは不思議ではないが、場所が上空なのは片や護衛、片や観察と見つからない事を前提にしていたからである。


「パパは腰抜けじゃない!」


「争わず、道具ばかり作っていた者を腰抜けと言わずして何と言う?」


 アポリスの宗一を指しての言葉に娘は怒り、仕留める為に魔法を放つ。しかし、感情的になっている攻撃を避ける事など容易いという風にアポリスは見事に回避してみせ、さらに煽る。


「パパは争いのない世界を作ろうとしてた!みんなが仲良く出来る世界にしようとしてた!それを腰抜けとは呼ばない!」


「はっ。そんな世界などありはしない。我々が攻勢に出ていなければ獣人と人族は争っていただろうに」


 獣人と人族は魔族という共通の敵が存在するからこそ争わずに協力し合っている。だが、魔族がいなければアポリスの言う通り、戦争を起こしていた確率の方が高い。


「このっ」


 娘は腕に力を込める。そこから放たれた拳はアポリスに届かず空を切った。筈だった。


「ぐっ……。衝撃波か…!」


「あなたを倒して魔王も倒す」


「出来るものならやってみろ!」


 再度娘は腕に力を込め、拳を放つ。だが、さっき受けた攻撃を二度も受けるほどアポリスも馬鹿ではない。衝撃波がアポリスに触れた瞬間にアポリスの身体が霧散し、別の場所へ身体が出現する。


「瞬間移動!?」


「答える義理はないな」


 アポリスはそれを繰り返し、死角から奇襲をかける。娘も咄嗟に反応するが、完全には避けきれずに擦り傷を負った。


「むっ。貴様『到達者』か」


「当然」


 言葉を交わしながらも攻防は続く。お互いに様々なスキルを駆使し、手傷を負わせていく。両者共に身体を大きく動かすような事はなく、僅かな、最小限の動きで、攻撃を防ぎ、捌き、回避する。

『到達者』同士の戦いは必ずと言っていいほど長期戦になる。『到達者』という高みに上り詰めたが故の身体能力、手の内を晒さない為のスキルの小出し、受け流しや位置どりなどの体捌き。そういった要素を取得している為、『到達者』同士の戦いは持久力、集中力が求められるのだ。


 だが、それは『到達者』同士の、一対一の時に限る。


「隙あり、ですね」


「ぐっ……。一体どこから!?」


 突如として現れたクロがアポリスに攻撃を仕掛けると共に魔力を奪う。アポリスも認識していなかった、思いがけない奇襲に防御も回避も間に合わず、もろにくらってしまう。


「なんで貴女が……。いえ、今はいい」


「マスターの妹君様がこの様な場でお亡くなりにならないよう、参戦しに来ました」


「……それ、お兄ちゃんは?」


「マスターはこの戦闘に気付いておりませんし、妹という事すらも気付いておりませんよ」


 なら良かった、そう言いたげに一息つき、再度アポリスに特攻する。しかし、クロの登場で一瞬隙が出来たが、直ぐに切り替えたアポリスは娘の特攻を瞬間移動で躱し、魔術でクロを狙う。不意を突かれて受けた攻撃が自分に思いの外効いていなかった事からクロを『到達者』ではないと判断して、先に始末しようとしたのである。


 だが、クロはアポリスの魔術を易々と避けた。空の上という環境でも風を足場にし、自由自在に移動出来る。さらにそこにいつもの雷纒、雷歩、クイックの三点セットの使用で地上となんら変わりのない移動が出来るクロには避ける事は容易だった。


 クロのスペックは零に依存する。現在、零のレベルは96。『到達者』には及ばないまでも高い身体能力を誇る。そこに速度上昇系の補助が加われば、その速度は『到達者』にも匹敵する。これもひとえにミストとの修行のおかげである。


「やはりマスターのような武器を持たなければ火力不足ですね」


「『到達者』ではない者が『到達者』に敵う道理はない。必ずお前は倒れるぞ」


 だがスキル構成上の関係でアポリスへ与えるダメージは少ない。さらにクロが使っているのは『錬金術』の鉱石を使った自作の剣。銃のような爆発的な火力がある訳でもない。


「なら攻撃は任せて」


「いえ、問題ありません」


 クロの姿が消える。そしてアポリスの背後に出現したクロが剣を振るう。


「ぐっ……。今のは……!」


「同じ、スキル?」


 クロの『吸血』は人形である事から血ではなく、魔力を吸う事によって発動される。最初のクロの登場の際、アポリスの魔力を奪ったクロは『吸血』を発動させていたのである。


「なかなか使い勝手はよろしいようで」


 動揺している今なら殺れると判断した娘はすぐさまアポリスへ突貫するが、娘の触れるより早く、アポリスの身体が消える。


『今回は遅れを取った。だが、顔は覚えたぞ。次は殺す』


 そう言葉が残され、2人はアポリスを撃退に成功した。


「それでは私はマスターの元へ戻ります」


「お兄ちゃんに言わないでよ?」


「承知しております」


 娘の言葉に素直に従い、クロは零の元へ帰って行った。


「あの人形……。魔力ブーストを使ってなかった。使えば『到達者』だって相手出来る程なのに。……吸血鬼に合わせちゃいけない化け物人形ね」


 そう愚痴り、零の護衛のためにはるか上空から娘は見守るのであった。

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