エピローグ

Ⅴ MYTHTIC TABOO

 話は2037年にさかのぼる。



 僕はこれでも進学校で常に学年トップを争っていたり、学級委員なんてものをしたりしていた。そして同じクラスには、共にトップを争っていた少女がいた。

 大企業などの子息も通う由緒ゆいしょ正しい有名校において母子家庭で貧乏だった彼女は、格好のいじめの標的であった。いや、いじめなんて言い方はやめよう。あんなもの、明らかな暴力行為だった。僕は不正義や理不尽な暴力が大嫌いで、彼女が暴力を受けていたところを見つけては常にかばっていた。


 まあ、日本ならばどこにでもある、ありふれた日常であることだろう。


 その頃の僕は、彼女を守ることに誇りを感じていたし、別に見返りなど求めなかった。彼女から好かれようだとかそういうやましい心は――そりゃあ少しくらいはあったけれども、そんな自分本意な気持ち以上に、彼女の才能がくだらないことで折れてしまわないようにしたかったからだった。

 

 僕には確信があった。将来彼女は絶対に大成する。

 僕なんかとは比べものにならないくらい、大きなことをしてくれるに違いない。

 そう思っていたからこそ、俗物風情が彼女の才能に嫉妬して潰してくることが、ことのほか腹立たしかったのだ。


 でも、今にして思えば、それも一方通行な思いだったのだろう。

 彼女は突然学校を去ることとなった。当時聞いた風のうわさでは、両親の再婚を機に引っ越し先の現地で飛び級したのだとか言われていたけれども、当時の僕は信じることができなかった。



 彼女がいなくなったあとの学校生活は、まさしく監獄そのものであった。暴行の矛先がすべて僕に集中することとなったのだ。あんなにかばってあげたのに一人だけ逃げて、裏切り者――と今思えば理不尽な感情だけれども、僕のそばから突然消えた彼女を怨むことでしか、自らの感情を制御することができなかったのだ。


 僕がすべてを拒絶して、自らの世界に閉じこもることとなるまで、そう時間を要しなかった。かくしていじめられっ子の人生崩壊コースの典型となる流れを、僕はたどることとなったのだ。


 

 日本ならどこにでも転がっている――ありふれた話だ。



 だけどその時の奇縁が、10年以上の時を経て、まさか点から線へとつながることになろうとは思ってもみなかったよ。僕はまったく気づかず、彼女と劇的な再会をしていたのだから。

 

 彼女の名は高木たかぎ咲耶さくや――のちの名を、美名みまな花耶かや


 そう、2049年の今では、去年の『華夏かかの大乱』といわれる混乱によってあやまって刻まれてしまった時を正しく巻き戻したとして、日本のみならず国際的な英雄としてまつり上げられている女性だ。


 いや、実のところ彼女と接点をこうして持つことになったのは劇的でもなく、まして偶然でもなんでもないのだけど。

 花耶かやを揺さぶる材料として僕が『原理』から選ばれ、またそんな外敵から僕を守るために幼いメイドが送り込まれたりしたというわけだ。まったく、世界というのはなんと狭いのだろうね。

 そんなことはまったく知ることなく、僕は再び叶うことのない淡い恋心を抱いていたわけだ。陽乃ひのちゃんからも、まして本人からも、最後までこんな話を聞かされることはなかったけど。


 ともあれ、彼女が世界を救ったヒロインとなる前の姿を知っていたことが、すべての謎を解く糸口となってくれたという点では、あんな過去であっても得たものはあったというものだ。そのおかげで今こうして、真実を追求する場へと立てているのだからね――



「ああ、たしかにそうだよ。よく調べ上げたものだね、優秀なジャーナリストになったものだよ、大野靖くん」


「……お褒めに預かり光栄ですよ――セイミク・ヴォルノスキ名誉教授」


「それで? 美名みまな花耶かやが私の私生児である――それをいまさら追求してどうするというのだね? はした金を得ようというのかい?」

「そんなことはどうでもいいですよ。それよりも、僕が知りたいのはさらに先の話ですよ、名誉教授」


「ほう……?」


「『神波しんは号計画』という天孫計画の焼き直しから生まれた『アストロラーベ』たちのデータを調べてみてわかったんですけどね。彼らは23人でひとつの集合意識を持っていました。この23って数字、なんとなくひっかかって調べてみたんですけど、ヒトの染色体も23対だなあとなりまして。ひょっとして彼ら1対が染色体に見立てられてて、それらがひとつに組み合わさることでひとりの人間となるように考えられていたのかなと、そんな風に空想を広げてあれこれ考えていたんですよ」


「ははは、君はなかなかに発想力が豊かだね」


「神を超える人間を作り上げる。それは名目的なものだと思っていたんですけど、案外本気で考えられていたものみたいで。宇宙そら御子みこ同士で共有できる意識を増幅するために巨大な二足歩行機械が考案されたそうなんですね。それが、『大率タイスイ』型をはじめとした機神きしん『真人』――マヒトとひそかに呼ばれる人型ロボット群であったと」


「……ほほう」


「マヒトを通じて宇宙の御子たちがつながることによって人智を超えた意識体となる。そんな人型巨大ロボットが混乱した時代にひとたび降り立ち、世界を再生させることができたのならば、それは『神』として世界じゅうの人たちから認識され、またそれを操ることのできる少年少女は、『神』の御使いとして祀り上げられる」


「ははっ、そこまでが空想ならば、君は作家に向いているかもしれないね、大したものだよ」


「ええ、本当ですね。ところで、教授は天孫計画が多くの人が想定したような結果とならず、イズミナギイズミ那美ナミがまったく血のつながっていない兄妹となったことについて、明確な失敗だったとお考えですか?」

「ああそうだね、あれは若者たちのすれ違いが産んだ悲劇ともいうべき――」

「本当に、そうですか?」


「――なんだと?」


「それすら計算されたものだとしたら、どうでしょうか、天孫計画とかいう、日本神話をなぞったような大げさな計画は、実のところ人為的に神話を再現させようとした試みにほかならないと思うんですよ。日本神話をモチーフにすることで天孫計画の失敗を阿万原あまはらあかつきにすべてかぶせることもできますからね。教授、続き、いいですか?」


「……ああ、どうぞ」


「わざわざ計画を失敗させるという遠回りをしてまで2人を別の出自にしたのは、神話上の近親婚を忌避しつつ、兄妹のつながりを演出するための大掛かりな舞台装置だったのです。イザナギ神とイザナミ神との世界創生をモチーフにしながらも、彼らが結ばれることで近親婚タブーに陥るのをなんとしても避けたかった。それはあなたがカトリック――あなたの母国であるポーランド的価値観から逃れられなかったから。本能的な嫌悪感から、ここまでの遠回りを強いられたんです」


「ははあなるほど、面白い仮説だ。素晴らしい。まさか私の宗教観まで絡めてそこまでの妄想ができるとは恐れ入ったよ」


「『原理』のこどもたちはあなたの描いたシナリオ通りに動いていていたにすぎない……あなたを失脚させたことすらもね。すべてはあなたの世界を凍りつかせる妄想によって引き起こされた災いなんですよ。お認めになったらどうですか名誉教授」


「認める……? ははっ、何をだい? そんな、ほかの人間からすればたわごとにしか聞こえないような話をかい!?」


「――動くな! いくら僕でも老人であるお前くらい、なんとでも――ッ!?」


 気がつけば、僕を見下ろすように小型の攻撃ユニット『ヴォーラ』が取り囲んでいた。いつのまに――!?


「……なんとでも、なんだい? 美名みまな花耶かやの実の親である私ならば、このくらいのことはできると、考えなかったのかな?」


「……」


「まあ、引きこもりの君にしてはいいところまでいったんじゃないか? 元秀才君。花耶かやと同じく、君も私の神話に刻んでやろうぞ!」


 ズダン、という発砲音が狭い一室を揺らす。だが『ヴォーラ』から放たれた弾は何ものも貫くことはなかった。


「……な、転移――!?」

「うおおおおおーーーーーーーッ!」

「ぐぉっ……!!」


 ――これは、花耶かやを守ることができなかった僕なりの、12年溜まりに溜まった怒りを込めた一拳だ――! 哀れな老人は激しく壁に打ち付けられ、そのまま意識を失ったのだった。



「……はぁ、はぁ……これで、これで……!」


 老人のほおとらえた右手に痛みが襲ってくると同時に、とめどなく涙があふれる。

 

 これで、やっと――すべて、終わったんだ。

 

 10年以上ものあいだ止まっていた僕の時間も、これでようやく――



「……ありがとう」



 ……花耶かや――いや、咲耶さくやなのか? 


 

 幻聴なんかじゃない、確かに、そう言っていたような気がした。


 ありがとう、というのは、こちらのほうだ。

 君は僕に、ふたつのかけがえないものを遺してくれたのだから。



「教授の『セルツェ』を無力化したよ……パパ」

「ぼくは警察も呼んどいた。あとは彼らに任せて大丈夫だね、パパ」


「ああ……そうだね。行こうか、ふたりとも」



 これからは、このふたりのこどもたちとの時を刻んでいこうと思う。君が命をかけて守ってくれた、この地球ほしで――

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世界が僕らから孤立する 対幻想機神 コミナトケイ @Kei_Kominato

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書きたいことだけはいっぱいあります。好物はマイナーめの歴史。 好きな音楽アーティストはGLAY、アニソンだと彩音さん。 某お花ゲーの団長もやってます。 書店員エッセイ『私書店員、ラノベ担当。』の人…もっと見る

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