Ⅳ-17 あの日過ごした星の下で

 純白と漆黒。相反するふたつの機体。互いに一歩も譲らず武器を振り下ろす。

 斬撃の軌道がかち合い続けるそのさまは――『荒魂あらみたま』と『和魂にきたま』がり合わさっていくようでもあった。


 破壊から再生へと至る弁証法。

 もしかすればこの戦いは、全人類へと語り継いでいく神話となるのかもしれない。


 世界を巻き込み交えられた干戈かんか。いつまで続くのだろうかと、時間が引き伸ばされているかのように感じる。その終わりを心の底から願う一方で、どちらかには必ず待ち受けているだろう残酷な運命を思うと、この戦闘が終わることは恐ろしくもある。



 けれどもやっぱり、その瞬間は訪れる。


「しつこいねぇ……! そろそろ飽きてきたよ!」

「……それならやめればいい。ここまですることに意味なんてないんだから」

「はッ! やめる!? キミたちが抵抗をやめればいい話だろう……がッ!」

「……強情」

「ふん……! とはいえ、そうだね。そろそろこんな戦い、やめたいというのが本音だし。終わりとしようじゃないか――!」


 言い終わるのが早いか少年の背後から、空をすべて埋めつくさんとするほど膨大な攻撃ユニットが姿を現す。まだこんなに隠し持っていたのか――どこから……!?


「時空転移。どうだい……き、キミたちは小さな木の実程度の弾丸くらいしか吹き飛ばせない程度だろうけど……な、『直毘ナオビ』たちで増幅したボクたちのネットワークは、瞬時に、こ……これだけ集められ……ッ!」


「バカなマネを……! 身体の負担が……これじゃ、那美たちを討ったところで」

「言った……だろう! ボクたちに……『個』など……!」

「……代わりはいるってか。気に食わない……!」


「オマエにどう思われようが知ったことかよ、イズミナギ! オマエたちのシステムでは物理的要因に左右される以上これだけ一気には集められないだろう。終わりだ!」


 『瀬織セオリ』の攻撃ユニットが一斉に、あらゆる方向へと射出される。それとほぼ時を同じくして、ずっと側にいてくれて勇気づけてくれた小さな司令塔が、僕に短く告げたのだった。


「……あとは、頼みましたよ。ご主人さま」

陽乃ひの!?」



 ……こいつ、まさか――!



「ママ……わたしも――心を――」



 『瀬織セオリ』が繰り出した最後の攻撃は、本来よりもはるかに多くのVRプロジェクターをび出すことによってなんとか食い止められた。


 1年間という短い間だったけれど、時にうやうやしく傅き、そして時には年相応な無邪気さで、僕や、ナギ――遺伝上の父親――を振り回してくれた少女。小さな、小さな、だけど手綱たづなを握って僕を引っ張っていってくれるメイドであり、娘のようでもあったその命と引き換えに――


 持ち主を失い空となった器官としての身体は、物理法則に逆らうことなくバタリと倒れ込む。


「ひ……の……!」


 ……許されるのならば今ここで我を失うほどに叫びたい。だけど――だけど。

 泣き叫んで何もかも放り出したい心をぐっと噛み殺す。


 彼女が命に代えてでも守ろうとしてくれた僕たち家族と、僕たちの生きる世界のために――僕はこの現実を噛み締めて、踏みとどまる。

 僕は彼女のぶんまで、この戦いを観測、そしてできるだけ多くの人に伝えていかなきゃならないんだから――



「な――……今のを、すべて……!? バカな――!」

「これで! 終わりだぁぁぁ!!」


「! うわぁぁッ――!」


 ついに、『禍津日マガツヒ』の斬撃が『瀬織セオリ』を捉え、胴体を斜めに切り裂いた。「浅かった」と那美ナミは悔しげだ。千載一遇のチャンスで、コクピットのある胴体を破壊するには至らなかった。


 だけど、この一撃で観衆は大いに湧いた。風は、こちら側に吹いている。


 だが、この状況で勝ち誇ったのは意外にも『瀬織セオリ』の少年だった。



「……はっはっは! 今ので殺せなかったのは残念だったね。これで、ボクの勝ちだよ!」

「負け惜しみを」

「果たしてそうかな? イズミナギ。人を出し抜いた場数が、キミたちとは違うんだよ」

「なんだと……!?」


 ただの脅しにしてはなんだか不気味だ……こいつ、今度は何を企んで――

 最初にその異変に気がついたのは阿万原あまはらこよみだった。


「――!? おかしい……!? どんどんシステムの基準値が合わなくなっています」

「――どういうこと!? ――!? ……これは――!?」


 彼女と同じくプログラム体となっている美名みまな花耶かやさんも、何かに感づいたようだ。

 何が起こっているのか、生身の僕にはわからない。だがその強張った顔は、事態が予想以上に深刻であることを何よりも物語っていた。


「……どんどん宇宙ステーションとの距離が詰まっている……まさか――」


「さすがに『セルツェ』からのデータを参照しているプログラム、すぐに察したか。そうだよ、コロニー落とし、って言えばキミなんかは興奮するんじゃないかい? 旧世紀アニメオタクの大野靖君!」



 ……コロニー……落とし……!? 


 

 確か、昔見たロボットアニメで――と記憶をたどり、映像を思い出すと、血の気が引いていった。こいつ――宇宙ステーションを地上に……!?



「はっはっは! 意趣返しの意趣返し。時空転移は見せ球ってヤツだよ! キミたちが迎撃に全神経を集中させている間に宇宙ステーションをちょいと操作してやったというわけ! はっはっは、あっさり引っかかってやんの!」


「……お前、あそこはお前たちの故郷でもあるのに――!」

「おっと、そうすごむなよイズミ那美ナミ。どんなに殺意をボクに向けたところでね、あれだけ巨大なものを動かすことはどれほど力を増幅したところで不可能、なんだよ。ボクにも、当然、キミたちにもね」


「……世界を支配できないなら終わらせてやろうというのか!? 幼稚な――!」


「パパ――そしてボクのの思い通りにならないものなら、必要ないさ。さあ宇宙ステーションが地上に堕ちるまで、絶望しろよ、世界の終わりとやらを前に――ッ!?」



 それはあまりにもあっけない幕切れだった。



「……え?」



 鈍い貫通音がすると共に、ついこの瞬間まで、饒舌じょうぜつに絶望を煽っていた少年の声がぴたりと止まる。束の間、『瀬織セオリ』は轟音とともにその身を地面に叩きつけるのだった。


「……やれやれ、オレは正々堂々真っ向勝負、というのがしたいのだがね……。主義を曲げてばかりで、自分でも嫌になるよ」


 何事かつぶやいた声の先を見上げると、そこには僕たちも何度か相対したあの機体があった。あれは――東欧の日本びいき――


「……セイム、さん……!」


「すまない少年。オレたちはどうかしていたようだ。キミたちの見ていた世界のほうが、真実だった。これは、オレなりの『ケジメ』ってヤツだよ。日本語じゃ、そういうんだろう? 今この瞬間から――オレは、いやオレたちは、キミたちのナイトになるよ。そうだろう、みんな?」


 彼の言葉に呼応して、先程まで一歩も譲らず命をかけてぶつかりあっていたはずの人たちが『禍津日マガツヒ』のもとに合流していく。

 

 ……この人は。実の兄を僕たちとの戦いで失ったばかりだというのに……!


「そうですね。これまであんなこどもたちに騙されて不正義を働いていたなんて、誇り高き統合の象徴たるクーデンホーフ=カレルギーの名が泣く。本当に、本当に、すまなかった」


 クリスティーネ、と名乗った人だろうか。彼女の真摯しんしさが伝わる謝罪は、逆にこちらがかしこまってしまうくらいだった。


「クリスティーネ。幾久いくひさしく」

「その声は……花耶か! 幾久しく」

「ホントは最初から言葉を交わしたかったんだけど……まだ、落ち着いて昔話に花を咲かせてはいられないようだね」


 花耶さんが見上げた先にいたのは、これまで引っ張っていた主君を失った『直毘ナオビ』搭乗の『アストロラーベ』たち。


「……『Jedenユデヌ』ロスト。指揮系をすべて『Dwaデュヴァ』に移譲」

「よくも……よくも……兄弟を……オマエラ……ユルサナイ!」

「ユルサナイ……ユルサナイ……!!」「ユルサナイ……!」「ユルサナイ……!」


 態勢を立て直した『直毘ナオビ』たちが怨嗟えんさをまとわせ、躊躇ちゅうちょなく突撃してくる。


「直線的な動きね。それでいて、キレもない」


 だけど、それに呑まれることもなく、各自つとめて冷静にかわしてみせる。

 クリスティーネさんたちをはじめとした義勇兵たちは、ひとたび味方になれば頼もしい。さすが、さっきまで遠隔兵器が無数に飛び交う戦線をくぐり抜けていた人たちだ。『アストロラーベ』たちの人選が的確だったことに感謝しなきゃならない。


「……オマエラァァァァーーーーッ!」


 一方で精彩を欠く『アストロラーベ』――彼らを互いに結びつけているのは、『怒り』と『悲しみ』。なまじ感情が互いにリンクしているせいで、彼らの中でも処理しきれずトラフックエラーを起こし、迅速な判断を妨げているのかもしれない。

 こどもたちの兵隊は隊長を失った。それでも、この戦争の幕は下りない。


「人数で攻めてこようとも! このクリスティーネを翻弄ほんろうなど――!? 特攻か、くそっ……いまさらためらうものか! 許せ!」


 クリスティーネさんの機体が手にしていた大型のランスで『直毘ナオビ』を貫く。だが刺し貫かれた機体の後ろにもう1機――ぴたりとつけていたようで、彼女の虚を突き飛びかかる。


「なッ――!? ……こどもがこどもを盾に……!」


 さらにそのスキを見逃すまいと左右から2機猛追する。ダメだ完全にとらえられた! やられる――! 

 

 嫌な想像が瞬く間に呼び起こされるが、猛追していたのは何も相手方だけじゃなかった。よく訓練された美しい連携で、彼女を取り囲っていた『直毘ナオビ』たちが相次いでなぎ倒されていった。窮地を脱したクリスティーネさんは救援に駆けつけてくれた同士へ感謝を贈る。

 

 あれは――確か……


「――ありがとう、助かった、あなた達は確か――」

「『五王』だ、ご令嬢」

「……そうだったな。あなた達は『宇宙の御子』とは因縁浅からぬというのに、運命というのは数奇なものだな。なあ、五千歳――いや、シャオどの」

「……そうだな。あいつらガキどもを撃つためにさらに連携を磨き上げたが――まさか、あいつらの側につくことになろうとはな」

「そう言う割には、なんだか嬉しそうではないか」

「なんだかんだ言ってあいつらの実力は認めてるんだよな、五千歳」

「――ッ、からかわないでください、九千歳!」

「――! 再び来るぞ!」

「そうだな。フォーメーションをさらに極めたのはこの時のためだったのかもしれん。いくぞ、我々の聖戦だ!」


 九千歳というのはリーダー格の男だろうか。彼の号令に残る4人共「はい!」と応える。彼らだけではない、その他の人たちも『アストロラーベ』の少年たちと互角以上に戦えている――本当に彼ら義勇兵を味方に引き入れられたのは大きい。


 けれど、彼らとの戦いにばかり気を取られているわけにはいかない。今こうしている間にも宇宙ステーションはこの地上へと近づいている。このままではラチがあかない。どうすれば――と考えていた時に、花耶かやさんが口を開いた。


「みんな、よく聞いて。……宇宙ステーションをみんなで少しずつ破壊していく。そうして破片をできるだけ小さくして、すべて、時空転移させる。その間、なんとか彼ら『直毘ナオビ』を食い止めて欲しい」


 ……さっき敵がしてきたこととは逆に、対象物を別のところへ転移させるのか。

 

 さらっと言ってのけているけど、ただでさえ、時空転移は1回だけで心身ともに大きな負担なはず。はっきり言って無茶苦茶だ。花耶かやさんの突然の申し出に戸惑うクリスティーネさんをはじめとした義勇兵たち。


「できるのか……!? そんなことが……!? それに、あそこは……花耶かや、キミは本当にそれでいいのかい……?」


 けれど見上げた先に映る花耶かやさんの表情にはいっさい、迷いがなかった。


「私情を挟んでいられないでしょ。やるしかない。それに、私一人の力だけじゃない。那美ナミ月読ツクヨミ……それと、無数のVRプロジェクターを通して届けられる世界じゅうの人たちの思いが、力を、貸してくれる」


「やれやれ……キミは昔から言いだしたら聞かないタイプだからね。私は花耶、キミに懸けようじゃないか。……皆はどうだ?」


 この場に集う人たちの想いは、みな同じだった。


「……ありがとう。軌道計算は私たちに任せて。ステーションの破壊と『直毘ナオビ』の迎撃。ふたつ同時にこなさなきゃならない厳しい戦いだけど――みんな、お願い。那美ナミも、月読ツクヨミも、ママにすべてを託して。ナギはステーションまで『禍津日マガツヒ』を導いて」


「……ふん。最後の最後で、母親ヅラか……もとより、1年前にとっくになくなっていた命だ、大人しく子守られてやろうじゃないか」


「……月読ツクヨミ


「次は那美ナミたちの家を撃てばいいんだね……寂しいけど、仕方ないよね」

「……そうだね。思い出までなくなるわけじゃない。それに……毎日あのステーションから見下ろして、いつか行きたいねと憧れていたこの地球ほしも、ぼくたちにとっての故郷なんだから」


「……ナギ那美ナミ……ごめんね……あなたたちの想いもすべて背負う。私の世代の遺物は、ここで完全に消し去らないとね!」



 『禍津日マガツヒ』が多くのVRプロジェクターを引き連れて、空高く舞い上がる。

 それはさながら、きらびやかな流星群を見ているようだった。

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