Ⅳ-16 現実と幻想を交う火花

「圧倒……!? はははっ、甘く見られたもんだよ!」


 純白が美しい『瀬織セオリ』が後退していく。こちらの接近戦には付き合わないということだろう。


「逃げるの……? 那美ナミたちから」

「あいにくその手の挑発にはこれ以上乗らないよ。圧倒するのはいつでもこっちだ。なんせボクたち『アストロラーベ』は合わせて23人いる。その全ての意識をつなぎ合わせることでキミたちとは比較にもならない戦闘力、遠隔操作能力を――」


「『アストロラーベ』は研究上のコードネームでしょう? あなた達の名前は? あなたは誰なの? あなた個人はどこにいるの?」

「これから死に行くヤツらには関係ないだろう!?」

「あなたはなんのために戦っているの?」

「うるさいなァ! すべてはパパの理想を! エトリー・マーロの考えた理想を実現するために……そこにボクたち個体の固有性など!」


 『瀬織セオリ』がライフル型の武器を撃ち放つ。

 さらに上空から『直毘ナオビ』――彼と直接脳波でつながった機体たちも援護する。だが文字通りの弾丸の雨あられを、『禍津日マガツヒ』は神がかり的な運動性で残さず回避していく。


「マリオネット風情が、なかなか機敏に踊ってくれるじゃないか……! でもね!」


 『瀬織セオリ』は僕の家に狙いを定める。



「……オマエラの大事な『家族』とやらは、どうかなあ?」 



 ……さすがにここまで目立てば、捨て置いてもくれないか……! 

 爆風と衝撃でいつ吹っ飛ぶかもわからないこの家、一発わずかにかすめただけでも致命傷になり得る。むしろ今までもってくれただけでも奇跡的だけどね……!


 しかし完全に行動様式が憎むべき世界の敵――悪役のそれなんだけど、キッズの彼らは気がついているのだろうか……? たとえ僕たちをここで破ったところで、彼らにはもう道なんて残されていないということを、見落としてはいまいか。


 もっとも、こういう展開になるくらいとっくに想定済みでね……! 陽乃ひのが僕たちの総意を高らかに代弁するのだった。


「撃ちたいのならば、撃てばいいでしょう? 兄さん。でもその瞬間、あなたたち『原理』は世界から孤立する。その覚悟があるのなら、撃てばいい」


「……その声、裏切り者か。すっかり美名みまな花耶かやなんかにたぶらかされて。ボクたちと同じ『アストロラーベ』のくせに『原理』の意志に背くなんてね。残念だけど、裏切り者に情けなんてかけるつもりはないよ?」

「マ……美名みまな花耶かやはその『アストロラーベ』の共通の母でしょう?」

「うるさいな。唯一パパの遺伝子から直接生まれてない出来損ないが。……やっぱり、オマエなんかを仲間だと思ったのは間違いだったよ」

「……撃たないんですか? 四の五の言わず撃てばいいじゃないですか。怖いんですか? わたしたちが」

「ぬかす! 怖いのはオマエラの方だろうに! ……勘違いしているだろうけれど、どれだけ世界で孤立しようが、ボクたちには関係のない話だ。そんな世界、ボクが思いのままに塗りつぶしてみせるんだからね! それじゃあ、永遠に塗りつぶされるリアルの中で、誰にも顧みられないまま、死ねよ!」



 弾は撃ち出された。



 ……でも、想定通り。

 

 ここまでくれば、何も怖くない。僕たちは、君たちが塗りつぶそうと躍起やっきになっているその世界から、守られているんだから。


「――なッ……んだと……!?」


 彼が打ち出した弾は僕たちの目の前に現れた浮遊体が受け止め、道連れに地面に落下するのだった。落下したのは、VRプロジェクターと呼ばれる装置。


「お前ら、まさか――!?」


 そう、彼ら『原理』が世界支配に使っている、幻想を見せるためのもの。

 こんなものがあちこちに、世界じゅうに浮かんでいるのだ。それらを取り去って世界の人達を目覚めさせる。この状況を発信させるための中継に必要な個体さえ残しておけば、あとはこんなもの、こうして敵の攻撃を受け止める盾にでもして再利用しなきゃ、ただのゴミとでもうべきものだからね。


「そうだよ。君たちが世界を支配するためにバラまいたヤツのリサイクルさ。この世にムダなものは何一つないってね」

「なるほど、意趣返しのつもりかい!? でもキミたちができることに、ボクたちができないわけが――」


「できないさ。我がいる限りはな――」


 世界から集められてきた、幻想を見せるカケラたちが、彼ら『原理』たちにこれ以上操られるのを拒むように、彼らへ目がけて散らばっていく。


阿万原あまはら月読つくよみ……! そうか、これを操っているのは……! そのまま父親の幻想に溺れ死んでればよかったものを――!」 

「あいにくと我は守るべき現実があるのでな。死んではいられんさ。それに我には父親がついていなくとも、母親が、こうしてついていてくれる」

美名みまな花耶かや……! 死に損ないたちが、群れてさァ! 不快だね……! これ以上なく不快だ……! ちぃっ、次から次へと――!」


 阿万原あまはら月読つくよみ、そして実体を失いつつも阿万原あまはらこよみのようなプログラム体となりそばで生き続ける、彼女の母――美名みまな花耶かや

 

 この2人もまた、僕たちのかたわらで、与えられた役割のため神経を研ぎすませている。この2人が、世界各地からこの地へと集められたVRプロジェクターを操るかなめとなってくれているのだ。


 『原理』が世界をあざむくために空中に仕掛けていた無数のVRプロジェクターと、それにより張り巡らされたネットワークを逆に利用する。

 

 これが、僕たちが1年の間彼らに感づかれないようひそかに和寧にいる瑠璃らと共に築き上げてきた作戦。 


 彼ら『原理』は『世界無秩序宣言』後の世界各地のそれぞれに、『時を刻む国』という脅威が世界を脅かしていると吹聴する裏で、「自分たちの周りは大丈夫だ」という、いかにも変わらぬ日常を流していた。

 そうすることで、世界が混乱していたところで、他人事でいられるよう安心させる狙いがあった。安心して、対岸の火事である『世界の敵』との戦いに目をそらさせ、彼らと戦う『正義』を演出してみせる。

 世界の敵はいかにも強大で狡猾こうかつ、さまざまな都市を陥落させていく。

 だけど、それでもなお、戦争の惨禍が我が身に降りかかる確率なんて想定しなくてもいい程度には他人事で、「世界の敵を滅ぼせ!」と大合唱できる程度には安全で。誰もそんな矛盾には気づくことがないように世界をコントロールしていた。


 ……実際は、その幻想の映像を見せている裏で、そこの土地の人たちはどんどん姿を減らしていたんだけどね。

 

 そうして世界の規模を縮小していき敵を減らしていき、最終的にはほとんど無傷である日本で支配権を確立する。

 これが、エトリー・マーロの構想した『永続仮想敵論』――を、地上の『ヴェルテックス派』の人たち、アマテラス社の者たちが歪め、彼らを粛清したあとそれをそのままの形で継承してしまった『原理』という組織を結成した『アストロラーベ』のこどもたちの野望なのだ。

 

 ――ぼくが真実を口にするとほとんど全世界を凍らせるだろうという妄想によって、ぼくは廃人であるそうだ


 エトリー・マーロが自嘲気味につぶやいていたのだという、20世紀日本の詩人の言葉。

 彼が口にしたのは妄想だったのかもしれない。しかし今や、妄執もうしゅうともいうべき義務感にとらわれた彼のこどもたちが、世界を凍てつかせてしまわんとしている。

 偉大な研究者の遺した置き土産を、ここで焼き尽くさないといけない。


「きゃああああ! いやああああ!」

「おい……なんだよこれ……」

「……俺達が知らない間に、世界はこんなにもいじられていたのかよ……」


 そして、僕たちは彼らの見せていた幻想から世界の人々を解放した。

 そのありのままを見た人たちのざわつきが、こちらにも痛いほど届けられる。

 幻想から解放されたリアルは、ありとあらゆる建造物が破壊され尽くした、目を覆いたくなるものであっても――僕たちは、真実を解き放たないと前に進めない。

 

 だから僕は、この現実はどのようにして作られてしまったのかを文字にして打ち込む。それを阿万原あまはらこよみが各国の言語に翻訳して届けてくれる。

 

 自らの周りの変わりぶりと、僕の文章と、そして今も世界に向かって生中継されているこの戦いと。これらの情報を通じて、世界に何が起こったのかを考えて、受け入れて、そして共に戦ってもらう。

 この世界の人達にはそれだけの強さがあると――幻想なんて頼らずに『原理』に立ち向かっていける力があるのだと、僕は、僕たちは、今この瞬間にすべてを懸ける。


「……がんばれ!」

「この世界を覆い尽くして、ぐちゃぐちゃにしたヤツなんかに負けるな!」

「そうだ! 俺たちは離れているけど、共に応援することはできる! 負けるな!」

「負けるな! がんばれ!!」

「がんばれ!! こどもたち!」


 この世界のすべてを知った多くの人たちが、僕たちを応援してくれる。

 

 もちろん、それは『原理』がしていたことの意趣返しだから、今は『世界の敵』として彼らを設定している「わかりやすさ」に多くの人が賛同しているにすぎないのだろう。

 

 ここから先世界を立て直していくためには、僕たちと、ありのまま映し出された世界を共有している、この世界のみんなと手を取り合わなければならない。


 正直僕たちのような小さな存在にできるのかはわからないけれど――共に世界がどうあるべきか、それを考えるために、今はここ、この戦いに勝つことがすべて。負けるワケにはいかないんだ――!



「ぐぅぅ……ジャマ! ジャマだって言ってんだろ! なんでだ!? オマエラだけの力じゃ世界からこれほどの物体をかき集めることなど……ッ! できるはずがないのに!」


 四方から際限なく飛び交うVRプロジェクターの攻撃に手を焼いている間に、装甲も全て剥がれ丸裸、端から見れば追い詰められているとしか見えない『禍津日マガツヒ』が、逆に『瀬織セオリ』のふところにまで迫る。


とらえたよ……『瀬織セオリ』」


 浮遊するVRプロジェクターのひとつをビーム刃を発する携行武器へと変形させ手に取り、流れるようなさばきで振り下ろす。

「クソがッ!」

 『瀬織セオリ』も自身の持つユニットを携行ビーム刃形態へ変更して受けきる。


「……名も知らない! 顔も知らない! つい先程まで我々の用意していた夢の中に溺れていたにすぎない愚かな大衆がいくら味方についたところで、なんだというんだ!?」


「そうじゃない、そうじゃないよ。世界というのはただなにもないところに漫然とあるものじゃない。世界というのは顔を持った、人ひとりひとりの生きる営み。彼らにはひとりひとり成していることがあって、その積み重ねに世界がある。彼らひとりひとりがさまざまに考えて、構成した世界こそほんとうでなきゃ、ならないんだよ」


「……美名みまな花耶かやァァァッ! ……オマエらしいおめでたい考え方だよ! 反吐へどが出るね!!」


 『瀬織セオリ』と『禍津日マガツヒ』が受けた互いのビーム刃がバチバチと火花となり飛散していく。

 これが戦闘でないのならば、どれほど幻想的なまでに美しい火花だっただろうか。


「これまでも! 人はありのままの現実なんて見たことがない! あるのは、一人ひとりに都合よく解釈された世界だけだ。それがブレないように、永遠にボクたちが与えてやるって言ってるんだよ!」

「それがお前らのいう『平和』だとでもいうのかよ!?」

「そうだよイズミナギ! 世界とは何か。答えはただひとつ――『原理』なんだよ!」

「お前たちは……何者なんだよ! なんの権利があって、そんな!」

「『原理』に個など意味がない! ボクたちは『原理』そのものなんだからね!」 


 ――幾多もの火花が、なおのことはげしく、青い空を美しく舞い続けるのだった。

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