Ⅳ-15 反転する世界

「なんだよこれ!?」

「ロボット!? こんなものがなんであるんだよ」

「これ何? 新手の映画のプロモ?」


 それまでは不気味な静寂に包まれていた街に突如として人の言葉が溢れた。

 

 僕はあいにくと日本語以外を解さないので彼らが何を言っているのかほとんど知る由もない。だが、人々は各々の言葉で、このフィクションじみた光景について困惑と混乱を表現している、ということだけははっきりと伝わってくる。


 聞こえてくるはずのない声。そこにいるはずがないのに、どこからともなく聞こえてくるその現象に、白い機体の少年とおぼしき声の少年は攻撃の手を完全に止めるほど動揺しているようだった。

 ある意味で、彼がいちばんこの状況に当惑しているのかもしれない。


「……な、なんだ? 何が起こっている?」


 そのスキに乗じて『禍津日マガツヒ』が機体を起こし離脱する。機体の損傷は相当なもので、さながらマリオネットのように無理矢理機体を外部的な力で動かしている。


「ちぃッ……! 屍体したい同然のくせに、ムダな抵抗を……! クナト!」


 少年が唱えた『クナト』という一種の呪文のようなものは、『セルツェ』システムの根幹である宇宙ステーションとのリンクを強制遮断するものだ。

 それにともないほんのわずかに息を吹き返したと思われた『禍津日マガツヒ』は途端に崩れ落ちてしまう。傀儡くぐつもその糸を切られれば立ち直る術を持たぬ無力な人形に成り下がる。そしてそれと同時に溢れんばかりだった声たちもブツリと切れてしまった。


「なるほどね……小賢しいマネを。どうやらキミたちはボクの油断したスキを突いて我々側の宇宙ステーション間をつないでいるリンクを乗っ取ったみたいだね」


 ……さすがに頭が回る、といったところか。


「さっきの声も、おそらくは宇宙ステーションとリンクして世界じゅうに張り巡らされているVRプロジェクターをいじってこの街の様子を生中継し、世界の何も知らぬ人々に見せたというわけだ。そうして我々『原理』が世界をウラで操っている勢力であると告発する、と。それがキミたちなりの起死回生の一手――のつもりだったと」


 そう。僕や陽乃ひのたちはさっきからただ手をこまねいていたわけではない。

 この戦いを生中継の形で世界中に公開し、VR映像で虚飾されたかりそめのリアルでない、いま本当に起こっていることを知ってもらう。そのために机でキーボードを打って阿万原あまはらこよみから転送された映像をリアルタイムで編集、整理していたわけだ。


 このあたりの操作はニートが長かったことも幸いして生粋の諜報員である陽乃ひのちゃんよりもノウハウがあった。


 だがそれも――破られてしまった。

 得意げに聞かれてもいないことをしゃべる敵側の主将と思われるパイロット。勝ち誇ったような笑顔が容易にイメージできる。


「でも残念だったね。ボクたち『アストロラーベ』として生まれたこども達は、互いの脳波をリンクすることでステーションとのリンクなしで擬似的に『セルツェ』システムを運用できるんだ。そしてボクの分身である『アストロラーベ』たちの『直毘ナオビ』とこの純白の『瀬織セオリ』はそれを増幅する。仮にステーションのシステムが乗っ取られたとして、どうにでもなるんだよ」


 ……ナオビ、セオリ……なるほどあれらの機体はそううのか。

 まあそうだよなあ。こいつらは僕ら数人倒すためだけに百近いロボットを出してくる周到さだ。万が一を想定しありとあらゆる敗北の可能性を潰してきた上でここに攻めてきたはず。そうそう慢心してくれるはずもない。


 ああ確かにそうだよ。狙いはそのとおり。

 僕たちはこの戦いの真実を白日のもとに晒すために全世界に映像を流そうとしていた。だが彼らに見抜かれてしまい、再び追い込まれてしまった。


「逆にキミたちにはもうボクたちを上回るリンクを張ることはできなくなった。システムの加護のないキミたちなんて、もはや敵じゃない。余興としては楽しませてもらったけど……これで、今度こそ終わりだ」


 ……でも、彼らはしょせんこども。彼らの想像力の働かないところで上回ればいいのだ。まだ負けてない。その証拠に、ほら――


「ガンバレ! ジャパニーズ・ロボット!」

「たったⅠ機で立ち向かうなんてすげぇよ、応援するよ!」

「君たちこそ、世界のほんとうの姿を教えてくれた正義の味方だ!」

「負けないで! 世界を守って!」

「敵の大群なんかに屈するなー!」


 応援のメッセージがたくさん飛び交っているじゃないか。

 タイミングはここしかない。

 

 緊張する……引きこもりが、まさか全世界の全人類に向けて話をするなんて、Ⅰ年前には夢にも思わなかったよ。


 大きく深呼吸する。


 ……何度となく頭のなかでシミュレーションしてきたことだ。

 いける。僕はメッセージを発する。


「みなさん! これまでみなさんが現実だと思っていたものは、VRプロジェクターという機械を使って映し出された嘘の風景――バーチャル・リアリティなんです! そのバーチャルリアリティで覆い隠した裏で彼らは人道上許されない大虐殺をおこない、ひそかに世界を牛耳ろうとしていたのです!」


 どうだろう……うまく言えただろうか。

 『瀬織セオリ』というらしい純白の機体の少年らしき声は年相応にうろたえている。


 天才科学者エトリーの遺伝子を組み込まれ、さらに能力が特化されたデザイナーズチャイルドだ。まさに生まれながらの天才。

 しかし、だからこそ、自分の想定をはるかに超えた事態に遭遇したことがなかったのだろう。それは百ほどの軍勢を率いている総大将にはあるまじき無様な姿だった。敵じゃなかったら、同情の念を禁じ得なかっただろう。


「……!? な、なんでだ!? なんで、なんで音声が止まらないんだ! ステーションとのリンクは切った。お前らの機体だけでどうにかなる範囲を超えている! なんでだ!? なんで!」


 これまで僕たち「家族」は世界を相手に戦ってきた。だけど今度は、お前たち『原理』が世界から孤立する番だ――!


 ゆらりと『禍津日マガツヒ』が立ち上がる。


「――!? まったく憎たらしいやつほどしぶといね……!」


 混乱している少年の声に続くのは、しばらくぶりの、ナギの声だ。


「……やっと。やっと、舞台は整った。やろうじゃないか、最後の戦いだ」

「お前らの戦いに付き合う気はない! ……もとよりこちらの絶対的有利は覆らない。こっちには攻撃ユニットだってたくさんあるんだよ!」


 ブワッと『瀬織セオリ』の背部からおびただしい量のユニットが射出される。ボロボロであるはずにも関わらず、迎え撃つ『禍津日マガツヒ』の姿からは恐怖心など微塵もいだかせない。それどころか、どこか清々しささえ――


「……重い荷物を、やっと降ろせる」


 そうつぶやくと、『禍津日マガツヒ』を覆っていた傷ついた装甲がすべて剥離していき、その残骸たちが意識を持ったように遊離、相手の遠隔兵器を破壊していく。


「ナマのフレームのみに……!? 正気か!?」

「正気も正気。むしろこれこそが――」

「――!? 消え……!?」


 遠隔操作ユニットや厚い装甲をまとった『禍津日マガツヒ』は運動性能をフルに発揮しているわけではなかった。人型のロボットとしては、むしろこの姿の方が身軽で白兵戦に適しているのだ。

 これまでのロボット戦で見てきた速度とは一段も二段もギアが違う。『禍津日マガツヒ』の手のひらから発せられた光は、完璧に『瀬織セオリ』の胸部を捉え、貫通させたのだった。

 

 その瞬間、あたりには歓声が響き渡る。

 世界が味方してくれる、というのはこれほど気持ちいいことだとは――


「ぐ、ぐぅぅっ……! お、お前らァ……!」

「悪いね兄弟。ここからは圧倒させてもらうよ」


 そうだよナギ。これが僕たちの、反撃の狼煙だ……!

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