Ⅳ-13 日本を愛する者たち

 これまでの遠隔ユニット『セルツェ』のリソースを完全に割かれてしまった『禍津日マガツヒ』に、容赦ない砲撃が浴びせられる。



 実のところ僕はただこの状況を見守っているだけの観客ではない。

 『禍津日マガツヒ』の、あの2人の戦いを見届けながらもキーボード入力に忙しかったわけだけど――

 さっきの砲弾の嵐と、この時ばかりは完全に手が止まってしまった。


「何をしてるんだ! ボサッとしてないで入力を続けなさいよ!」


 ……最近はすっかり棘を抜かれたのか大人しくなっていた阿万原あまはらこよみが悪態をついてくる。

 ……うるさいな、そんなことはわかっているんだよ。


「でも――!」


 指が震え上がる。どうしても、集中することができない。そんな僕の不安を感じ取ってくれたのは、幼いメイド少女・陽乃ひのだった。


「……大丈夫」


 彼女はその小さな手で、キーボードの上で痙攣する僕の両手を握りしめる。当然小さな女の子の手には、収まりきらない。それでも不思議だ、すべてを包み込んでくれているように、楽になっていくのだから。

「大丈夫ですよ、あの2人と、あの2人からの贈り物なら。信じて」

「……そうだね。ありがとう、陽乃ちゃん」

 そうだ。世界が2人を信じちゃくれないのに、僕たちまで信じないでどうするんだ。僕は、僕にできることをしなければ……!


「ほら。見てください。あの2人なら――」



 爆炎が引けていく。それと同時に、ふたたび『禍津日マガツヒ』の機影があらわになる。

 セナトとセイムの兄弟は、さすがに動揺を隠しきれない、といった様子だった。


「……なっ、なんだ!? それは……!」


 まるで青々と澄みきった空を羽ばたくカラスの群れのように、微細なカケラたちが漆黒の『禍津日マガツヒ』を取り巻いていた。


 ……この瑠璃るり王の剣を渡してくれた時に瑠璃ユリが教えてくれた高句麗こうくりの建国神話のことを思い出した。


『高句麗建国の父・朱蒙チュモンの遺した剣のかけらを息子たちでつなぎ合わせたのが瑠璃王の剣と言われている。つまりこの一枚の板のように見えるような大剣であっても、元々は……この神話がいつかあなた達を助けてくださるよう』


 あの、ロボットの全身よりも長身の剣すら遠隔操作ユニットとして分解させることができるなど、敵は想像もしていなかったようだ。

 昨年の『美名花耶みまなかやの乱』以降『和寧わねい』は表面上『華夏かか国』――ファーシャスタンに恭順を誓っていたが一方で秘密で僕たちに武器を流していた。

 それは宙域から地球全土を覆う『セルツェ』ネットワークから独立し仮想『セルツェ』を展開できる『禍津日マガツヒ』があってこそ成し得る離れわざなのだけど――それが今こうして決定的な場面で生きたということになる。


 ナギ那美ナミはこの好機を見逃さなかった。


「戻れぇぇぇ!!」


 元の姿へと戻った大剣を、大砲から撃ち出されたかのような速度で飛ばし、セナトの『シュラフタ』を刺し貫く。「……パ、パ…」と言っていたのだろうか、その通信を最後に『シュラフタ』は大空を舞うちりになった。



「兄貴――――――――――ッッッ!!!!」



 悲痛な叫びが空を揺らす。だが、兄弟の感傷など知ったことかとばかりにすぐさま『禍津日マガツヒ』は弟の元へと距離を詰める。自ら敵陣のど真ん中に切り込んでいく胆力、これが有効だとわかっていてもためらいなくできるものではない。


「ひ、ひるむな、撃てぇ!!」


 何者かがセイムに代わりたどたどしい指示を出すが、衝撃的な仲間の死に深い動揺が走ったのだろう、統率は乱れ、圧倒的な数を誇るはずの敵部隊は次々と撃破されていく。


「……わかるよ。きょうだいを失うのは、何よりも辛いよね。血を分けているのなら、なおさらね」


 敵の軍勢を次々と払いのけながらも、疲労の一つ感じさせぬ冷たさで那美ナミは言い放つ。


「……でも、だからって手加減はできない。ごめんなさい」


 那美ナミのその一言に、兄を失った片割れのセイムは激昂げっこうする。


「手加減、だと――!? そんなもの!」


 セイムのシュラフタが構えていた『カジミェシュ』も2つに枝分かれし、それまでの大味な砲撃とは打って変わって小刻みな連射を見せる。


「狙いすまして撃つだけが能ではないッ!!」


「ちっ……」


 さすがの那美ナミ鬱陶うっとうしさを隠せない様子だったが、それでも巧みにかわしていく。だが、敵はセイムだけではない。態勢を立て直した軍勢が援護に入る。


「メルコスール連合ブラジル代表ロドリゴ・サイトウ。『リベルタドーレス』、スケダチよ!」

「オーストリア代表クリスティーネが『クーデンホーフ=カレルギー』! 私も加勢するぞ、東欧の紳士!」


 あれら2機もおそらくは『シュラフタ』同様、『大率タイスイ』型の系譜にあるのだろう、極めて似たフォルムだ。

 彼らがセイムを取り囲みながら弾幕を張ってくるので、セイムに肉薄することはかなわない状況となっている。


「ぐ……さすがにそう簡単にはいかないね」


 那美ナミの言葉にもやや焦りというか苛立ちがうかがえる。


「……なんで、邪魔をするの? あなた達は踊らされている」


 僕たちからすれば、彼ら寄せ集めの多国籍部隊は、秩序なき秩序を統率したかのように振る舞う『アストロラーベ』の手駒にされているようにしか見えない。

 彼らと僕たちに戦う理由は本来ないはずなのに。なぜ、わかってもらえないのか。そういう類のもどかしさもあるのだろう。


 しかしやはりというべきか、悲しいことに彼らは『アストロラーベ』のレッテルを鵜呑みにしてしまっていたのであった。


 ブラジル代表、を名乗った男の声と思われる返答がまずあって、次いで高貴さをまとったような女性の声も呼応する。


「黙れ! 日本を盾にして歯向かう不届き者! 惑わされるものか!」

「そうだ! 貴様らこそ太平洋の秩序を乱す悪の元凶。我らが愛してやまぬ日本の……明確な敵! 日本を救うために、今ここで貴様を倒す!」


「分かり合えない、か……悲しいよ」


「もとよりお前たちと話し合う舌は持ち合わせていない! ……兄貴の仇、すぐに取らせてもらう!」

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