世界との対峙編

Ⅳ-10 マクロな戦争、ミクロな想い

 ――2048年。日本のなんでもないとある閑静な住宅街。


 いや、なんでもないことはない、か。


 僕らが気づかないとでも思ったのだろうか。僕らの周りの家はすっかりスパイの巣窟として固められていることくらい、百も承知だ。

 なにせ敵は秩序を再構成させた新しい世界全体。その程度は造作もなくやってくるだろう。そして、それを町の人間に一切悟らせないようにすることも、この町ごと消し飛ばすことも。


 逆に、そこまでできるほどの力を掌握している敵がだ。

 ところどころシロアリが食い潰してさえいる、このなんでもない20世紀感あふれる一軒家ひとつ攻めるために1年準備を重ね、100はあるかもしれない最新鋭機を配している。石橋を叩いて渡るどころの慎重さではない。

 逆にこれだけ固めて勝てなかったら無能とかいう以前の問題だろう。


 しかし、そこまでして機会を窺ってきた敵が白昼堂々と姿を表したのだ。


 僕は長い間引きこもりだったけれど、この意味がわからないほどバカでもない。

 よほどの自信があると見える。連中、今回でカタをつける気だ。



「……怖いか? 大野おおのやすしよ」


 僕よりもはるかに怖がっていてもおかしくない年齢の少女が問いかける。

 まったく、幼き体には不釣り合い。相変わらずの老成ぶりだ。阿万原あまはら月読つくよみという名のこの少女は今までどれほど多くの逆境をくぐり抜けてきたのだろう。

 幼い頃に血を分けた父を失い、文字通りたった独りで戦ってきた少女。僕なんかとははじめから覚悟が違うのだろう。

「そりゃ、怖いさ。僕はしょせん歳を重ねて来ただけの、なんでもない普通の人間だからね」

 そう、僕はなんでもない普通の、引きこもりにすぎない。

 これが1年前の僕ならば、親子ほどにも歳の離れた幼いこども達の前だろうがお構いなしに取り乱していたことだろう。ある意味ではそれが「らしい」反応かもしれない。

 不安はある。だが、不思議と絶対的不利なこの状況でも、震えが襲うほどじゃない。感覚が麻痺しているのだろうか。



 ――いや、違う。これは、信頼だ。



「我々『アストロラーベ』が普通の人間じゃないみたいな物言いじゃないか」

「いや、どう考えても普通じゃないでしょ」

「ふん。我にそのような……度胸がずいぶんついたじゃないか」

「普通じゃないことは悪いことじゃないさ。でも、そんな普通じゃないヤツでも普通に生きてほしいとは、思ってる」

「……貴様も十分、普通ではないぞ?」

 僕の言葉に返す少女。悪態をつきながらも、その声色は柔和そのものだった。

「そうかな」

「我々を見捨ててれば巻き込まれずに済んだものを。バカな男よ」

「はは。そうだね、僕はバカだ。でも、人生今までラクな方を選び続けたからね、ほんのちょっとのハードモードもたまにはいいんじゃない?」

「ほんの、ね……ふん。せいぜいずっとそのバカさ加減を貫くがいいさ」

 少女は背を向け、部屋を出る。僕は地獄耳だから、その間際に彼女が「ありがとう」と小さく呟いたのを聞き逃しはしなかった。


「……さて。1年ぶりの出撃だな」

 素直じゃない幼子を見送り、今度は僕の後ろで固くなっているふたりに目をやる。


 ナギ少年と少女那美ナミ


 この二人とて幾多の困難をくぐり抜けてきたことだろうけど、流石にこれほど四面楚歌に見える状況はなかっただろう。

 生まれた時からこの二人は父以外の家族とほとんどまともに話したことさえなかった。人との交流そのものを疎ましく感じていた僕の悩みなど、どれほど幸せなものだったのだろうか。僕なんかが推し量るのもはばかられるくらいだ。

 この1年、たとえば彼らの母――美名みまな花耶かやが長年行ってきたようなゲリラ作戦的な闘争に身を投じるという選択肢もあったはずだ。だがそれをあえてせず、彼らを『家族』として迎えて、僕らなりに暮らしてきた。

 1年という短い間であったけれど、『原理』には感謝しなきゃならない。

 彼らが周到な準備をしてくれたおかげで、僕らが『家族』として過ごす時間が得られたのだから。――ダメだな、僕もすっかり情が移ってしまってる。


「大丈夫だ。はじめ凪と那美はたった2人だけだったかもしれないけど、今は花耶さん、月読に、こよみ、ついでに僕もいる。もう2人きりで戦ってるんじゃない」

 僕にできること。それは、『家族』として、彼らを支え送り出してやること。彼らのパパの役を完全にこなすことはできないかもしれないし、使い古された言葉をかけることしかできないけれど……


「……ひゃあ驚いた。これが1年前逃げ惑って、泣き叫んでた引きこもりの言葉なんて。ご主人様はすっかりご立派になられて、メイドは嬉しゅうございますよよよ」


 茶化すように別の少女が割って入る。


「こらこら陽乃ひの。こんな時にからかうんじゃない」


 ――和久陽乃わくひの。この家にいつの間にか住み込んでいた幼いメイド。

 その正体は『天孫計画』の裏でひそかに生み出されたクローン少年少女『アストロラーベ』の一人であり、また、彼らが裏で操る組織『原理』を裏切り、美名花耶の命令で我が家に送り込まれたスパイでもある。

 一癖も二癖もある経歴を10歳前後で持っているその元メイドは見た目こそ小さいけれど、強靭な身体と心を持っている。

 そんな彼女が、那美――こちらが唯一所有している可変型戦闘機のパイロットとして臨む決戦を前に不安感に呑まれそうになっている、年長の子を焚きつける。


「……那美さん。なにシケた顔してるんですか。あなたには、わたしのためにパパを守っていただかないといけませんのに」


 陽乃と那美。


 一方は血のつながった親子として。また一方は血のつながりこそはないけれど生まれた時から、地球へ降り立った時もずっと一緒だった兄妹として。

 共に凪という同じ少年のことを愛するあまり毎日奪い合いみたいな形で僕らの家庭を賑わせていた2人は、こんな時でも「らしく」つっかかり合う。凪少年の妹・那美は不満気な声を漏らした。


「お兄ちゃんは私の。陽乃のためなんて……」

「それでもいいよ。那美さんはこれまでそうしてきたようにお兄さん――パパを守ればいい」


 お互いに独占欲が強く凪少年をめぐって小競り合いしてた2人だっただけに、そのいわばライバルの子からのこの発言は意外だったようで、普段は顔色を変えることも少ない少女が珍しく驚きの表情を露わにしていた。


「だけど忘れないで。あなたがいちばん守りたい人は、わたしにも、そして靖さん達にとっても大事な人であることを。そしてあなたの命も、あなたやあなたのお兄さんだけのものでないということを」

「……陽乃」

「心配なさらずとも。那美さんとパパは大丈夫ですよ。万に一つも死にません。わたしが、死なせませんから。さあ、サポートはこちらに任せて、出撃なさってください。敵だっておとなしくいつまでも待ってはくれませんよ」


 陽乃の言葉に刺激を受けたのか、那美の傍らでひとしきり話を聞いていた凪少年がついに口を開く。やっと、踏ん切りがついたようだ。迷いのない澄んだ目をしていた。


「……そうだ、ね。ありがとう、ふたりとも。なんかすっきりしたよ。それじゃあ、頼んだよ、陽乃」

「うん!」

 パパに事を託された陽乃は無邪気に喜ぶ。1年前以来、僕や阿万原暦などに見せているメイドを装った姿と、彼女がパパとして慕う凪少年に向ける屈託のない笑顔が同居しているのが、今でも不思議に映る。だけど、それがなんとも彼女らしい。

 覚悟を決めた凪少年が、少女那美の手を取る。


「行こう、那美。」

「……うん」

 それ以上の言葉はいらないようだった。そうして2人は僕たちの部屋をあとにする。


 およそ1年続いた『家族』の日常は、いったんおしまいだ。


 世界との戦争。世界とか言うと対象は大きいように見えるけど、要はどこまでいっても僕たちにとっては、『家族』を守るための、ミクロな戦いだ。

 パイロットとして直接戦いに挑むのは凪と那美の2人だけども、僕も自らの役目を果たそうと思う。今度こそ――失わないために。

  

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