Ⅳ-9 新人類の母から叛逆者へ

 そこから2047年に至るまでは内部抗争の時代だったといえるだろう。

 同時に、宇宙ステーションを足がかりとした宇宙への進出が全人類的な目標となりえた時代は終焉を迎えた。

 無邪気に信仰されてきた宇宙科学の進歩性は、一部の派閥がプロジェクトをわたくしした結果もはや大義を喪失した。地上の民衆はもはや宇宙への憧憬しょうけいを持たなかった。経済的合理性のみが重視され、コストが膨大なだけのムダな事業として国際的に認識されるようになってしまった。

 

 かくして、誰もが宇宙ステーションそのものに注意を払うことのない社会が到来してしまったのである。それはさながら、ローマ帝国亡き後の文明後退のようであった。

 ……まさか21世紀にもなってこんな愚かなことが繰り返されようとは、思いもしなかったけれど。


 だが実のところ、『ヴェルテックス派』にとって宇宙進出など方便に過ぎず、宇宙からの撤退も大きな痛手ではなかった。

 人類の進歩から『天孫計画』に至るまで、それらはすべて宇宙ステーションを地球とネットワークで繋ぐ『セルツェ』と呼ばれるシステムを構築するための、いわば目くらましだったのだから。

 

 激しく醜い内紛の末それまでの主流派であったセイミク教授らが排斥された。丹智高と西シー王林ユイリンを中心としたグループが『ヴェルテックス派』のセイミク教授らの目指すVR世界の計画の強奪に成功したのだ。


 彼らの描く理想は、マルチコミュニティデバイス――『MCD』を全世界的に配置することにより、全地球をあまねくVR技術の描く幻想の地へと染め上げることだった。

 

 実際の風景を徐々に『MCD』の見せる映像に移し替えていくことにより、違和感を抱かせることなく、実際に見える世界を、「作られた世界」へと移行していく。

 そこにいる人たちに映る世界の裏――現実で筆舌に尽くせぬ侵略、殺戮行為が行われていたとしても、それはもう誰の目にも映らなくなっているのだ。

 誰にも気付かれることなく一握りのエリート集団による世界の支配が完成している。これほど背筋の震え上がることもないだろう。

 

 だがその計画の達成には大きな障害が発生していた。

 それは、『セルツェ』のシステムを動作させるためにはどんな条件が必要だったかを思い出してくれればわかるはずだ。

 システムを動かすためにはエトリーと私の遺伝情報を読み取ることが必要なのだということを彼らが解明するまで時間を要したようである。

 遺伝子という名のエトリー少年と私の絆が、恐るべき計画を阻止するための、いわばプロテクトキーであったのだ。

 

 私は彼らに捕まる前に先手を打ち研究所を去り、和寧わねい―当時はまだ別の国の名前であったが―へと身を隠した。

 いわゆる『スイス銀行』を経由してエトリー少年の莫大な預金の一部を分けてもらい細々と生きながらえた。

 


 その間にさまざまなことがあったらしい。

 


 私とエトリーがいないのならば、その血を引く人間を人工的に造ってしまえばいい。そう、以前『天孫計画』でやったように――


 彼らはクローニングの禁忌をも容易く破った。彼らは『セルツェ』システムを操ることのできるこどもを大量に産み出した。

 そうして産まれたこどもを、彼らは「アストロラーベ」と総称し、番号で区別した。「アストロラーベ」と呼ばれたこども達は、よくある平凡なSF作品のように、きわめて人工的で閉ざされた施設の中で実験体として育てられた。

 

 そうした研究の中で、当初は協力態勢を敷いていた丹智高と阿万原あまはらあかつきが対立することになる。

 原因は、阿万原が誰に教えることもなく、私と阿万原の血を引くこどもを産み出し、ひそかに育てていたことが発覚したからだという。


 ……もうおわかりだろう。

 そう、そのこどもこそ、のちに『時を刻む国』と呼ばれることとなる孤島で、ひとりぼっちの「当主」を父に成り代わり演じることとなる、月読ツクヨミにほかならない。


 阿万原あまはらはいわゆる『時を刻む国』を「ゴミの島」とさげすまれていた埋め立て島に独立国家を築き、抗戦の構えを見せたが――

 元々が「アマテラス社」の御曹司であり、また『天孫計画』を自身の都合で利用し混乱を引き起こした張本人であり、悲しいほど人望がなかった。

 それは丹智高とて同じことではあったが、阿万原あまはらに対する不満は国際的に鬱積しており、反動として丹は多くの支持を得ることとなった。


 国際的な支持を失い、また資金凍結も受けた阿万原はあっさり惨敗し、処刑されたのだが、その事実は2048年現在に至るまで伏せられた。

 そしてVR映像によって阿万原あまはらあかつきと『時を刻む国』は世界の支配をもくろむ邪悪な勢力として、全人類の脅威であると演出され続けることになる。

 「永続仮想敵論」に基づき、『時を刻む国』と一進一退の戦闘が行われているように見せかけられ、世界は反『時を刻む国』連合として結束。このまま丹智高による世界支配が続いていくように見えた。

 

 だが、丹は裏で世界を牛耳るだけでは満足せず、中国を解体。独立国家として『華夏国ファーシャスタン』を興しその支配者に君臨したことが契機となり世界の不満が爆発した。

 国際組織の解体と既存国家同士が形成する秩序の無効を宣言した『世界無秩序宣言』が公然と出され、混乱の世となったのだった。


 そうそれはまるで、かつて中華民国袁世凱えんせいがいが野心を露わにし中国皇帝として即位したことで支持を失った歴史を繰り返しているかのよう――

 

 世界を正常なものにするならば今しかない。

 そして私は反旗をひるがえした。

 


 ――そこからは、あなたたちが地上で見てきた通り。

 私は記念すべき新人類の母から、叛逆はんぎゃく者・美名みまな花耶かやとなった。

 

 ……巻き込んでごめんなさい。

 また私は、自らの勝手によって未来あるこどもたちの将来の芽を摘もうとしているのかもしれない。

 恨んでくれても構わな……そうか。……ありがとう……

 

 ――そうだね。悪かった。

 

 それなら、わがままついでに、どうか最後まで信じてついてきて。

 今度は……今度こそ、失敗しない。誰も失って、たまるもんかってね。

 

 おそらくこの先、敵は戦力を整え万全の態勢で我々を倒しに来るはず。

 最初はその数の多さに圧倒されてしまうかもしれない。 

 でも忘れないで。たとえどんなに不利な状況に見えても、彼らの結束もしょせん共通の敵を倒すために野合しているだけにすぎない。

 

 必ずどこかに、道は……あるはずだから。

 

 ……そうでしょ? ね、エトリー。お互い身体はなくしてしまったけれど、どうかこの子達を、共に導いて――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料