Ⅳ-8 地に落ちた「神産み」 

 阿万原あまはらあかつき――後に『時を刻む国』と通称される独立国家を立ち上げ、世界に反旗をひるがえした……男は結果を欲していた。


 彼は元々この宇宙ステーション内において異端とも言える存在――単なるCG技術屋であり、研究者たちと違って博士課程に至るまでの教育すら受けていなかった。


 そんな彼が『ヴェルテックス派』の研究において力を持っていたのは、ひとえにアマテラス社というパトロンであるという一点のみにすぎない。だがそれは彼自身の力ではなく、あくまでも親の七光りといった性質のものであった。


 そのために、自らの功績という一点に拘泥こうでいしたとしてもなんら疑問ではないだろう。


 阿万原あまはらはこれまでの人生、金という力ですべてなんとかしてきたような男だった。それゆえ、自らの思い通りにならなかった少年と少女の存在がひどく疎ましかった。

 そして、自らの愛情が一方通行であることにひどく嫉妬した。

 いわゆる試験管ベイビーであるとはいえ、私とのこどもである凪のことをことさらにかわいがった。彼にとってその子の存在こそ、エトリー少年とのオスとしての競争に勝ったことの証明であるとでも思っているような節があった。

 


 だが、残酷にも突然にその梯子は外されることとなる。


 

 第一に起こったのは、『ヴェルテックス派』および『アマテラス社』の裏の顔が白日の下にさらされたことだった。

 たかがVR技術で先進性を持っていたというだけで宇宙開発からロボットの密造まで一手に引き受けるということは、宇宙開発事業が人類史に残るであろうプロジェクトであるにしてはなんとも排他的であるのだが――その理由の一端がこれまでまったくの闇に隠されていたのだ。

 


 『アマテラス社』は明らかに国際法に違反していた。

 それは単に人類の脅威となりうるロボット兵器を密造していたということを指しているのではない。

 それは実のところ、全世界の首脳クラスはのだ。

 知っていて、黙認していたのである。

 

 2030年に、全世界の人口は80億人の大台に乗った。

 増えすぎた人類。それを養うには大量の食糧が必要であった。同時に、その食糧を生産・消費するにあたって不要なもの――ゴミがあふれかえることも意味していた。

 さてそのゴミはどこへ向かったのか?



 太平洋上である。  



 太平洋上に巨大な領海を持つ日本が、全世界のゴミを一手に引き受ける見返りに洋上に人口の埋め立て島を作ることを呑ませる密約を、国際的に交わしていたのだった。

 日本――というよりはその巨大な裏利権を握った『アマテラス社』は、後に『極東京きょくとうきょう』と呼ばれることとなるその孤島で新兵器の実験をしていた。


 それが、あの事件で初めて「試運転」されることとなった『大率タイスイ』と称される巨大ロボット兵器である。


 その兵器の開発をしていたのが、『ヴェルテックス社』であり、弱冠12歳のエトリー・マーロ少年だったのだ。そう、VR建築学などの分野はいわば表の顔であり、彼の本当の顔は軍需産業の開発責任者ということになる。

 彼はまるで大きなオモチャで遊ぶ無垢な少年のように、恐るべき破壊兵器を生み出していたのだ。セイミク教授や丹智高客員教授といった大人達に、いいように利用されて。

 

 アインシュタインの例などわざわざ引かなくても容易に想像しうるエトリー少年の将来を考えれば、そのような泥臭い道からは足を洗ってほしかった。

 だから、あらかた技術を得たので少年をプロジェクトから外そうと動いていた阿万原あまはらの策動にあえて乗せられてやったりもした。

 これでも、私なりになんとか少年に累が及ばぬように心を砕いたつもりだ。

 まぁ……それは逆効果となってしまったワケだけど、それは後に譲るとして。

 


 白状しよう。その情報をマスコミにリークし、全世界的に報道させたのは私。

 ……内部告発ということになろうか。ともかく、この事実が世界的に知れ渡るや瞬く間に、地上の国々は大混乱に陥った。


 

 思えば、ここまで丹智高は読んでいたのだろう。私もこの時、大人達の策動に翻弄ほんろうされていた駒の1人にすぎなかったのだ。


 それまでは『ヴェルテックス派』の中でも取り立てて目立っていたワケではなかった丹智高だったが、西シー王林ユイリンの宇宙ステーション襲撃事件の収拾などで地上の注意が逸れ、なおかつ『アマテラス社』が世界的に袋叩きに遭っているタイミングを逃すはずもなかった。

 

 この最悪のタイミングで、今度は西シー王林ユイリンによる暴露が国際的なスキャンダルとなり、事態はもはや収拾不可能なものとなりつつあった。

 


 『天孫計画』と称される人類史上初の宇宙出身の人類創生プロジェクト。

 それは『アマテラス社』がゴリ押しする形で、若き天才同士の祝福された御子という触れ込みではじめたものだった。


 正直なところセイミク教授をはじめ、当事者である私も含めて、大多数の研究者にとっては興味がなかった計画であった。

 なぜなら宇宙ステーション内はもはやほぼ完全に地上と同じ重力化での生活が可能であり、そんなところで新たな出産が行われたとしてもそれはたかだか出身地の違いでしかなかったからだ。


 まして自然の出産ではなく、ふたりとも試験管ベイビーである。


 薄情だと思われるかもしれないが、計画段階では単に自分の遺伝情報が流用されたという程度の関心しか無く、そこに愛もなければ、祝福もなかった。

 

 だが、宇宙ステーションの事業を成功させ、多くのスポンサーを付けるためのアイコン――客寄せパンダとしては期待されていたようである。

 母親役として選ばれた私は天才美人研究家などもてはやされ、相手方であるところの阿万原あまはらもまた天才VRCGデザイナーと喧伝。イメージ工作が行われたようだが……私は単なる下っ端研究員の域を出ず、実体との乖離かいりはなはだしいものである。

 おかげでムダに恨みを買ったし、よかったことなどほとんどない。

 

 ……話を戻そう。

 『天孫計画』は2段階で構成されていた。すなわち、最初にイザナギ――凪の誕生を成功させてから、次いでイザナミ――那美を産み落とそうというもの。


 結論から述べよう。どちらも、御子の誕生という意味では成功した。

 最初の凪に続いて那美の命も、無事に生まれ落ちたのである。


 だが、あくまでも五体無事に産まれた、というだけの成功であり、プロジェクトとしては大失敗という烙印を押されてしまうことになる。

 


 周囲の無関心さをいいことに、ひそかに遺伝情報の取り替えが行われていた。

 ……恥ずかしがらずに、直接的に言おう。精子と卵子が入れ替えられていたのだ。私と阿万原の子であると信じられていたはずの赤子は、どちらも当てはまらずバラバラの血を引いていたのである。

 


 最初に産まれたナギは、阿万原あまはら西シー王林ユイリン

 次いで産まれた那美ナミはエトリー少年と私の遺伝情報を持っていた。

 

 私とのこどもを望んでいた阿万原あまはらは、完全に梯子はしごを外されたのである。この事実が判明したときの阿万原の動揺ぶりときたら……地上の丹智高はひそかにほくそ笑んでいたのだろう。

 西シー王林ユイリンはプロジェクトを失敗させ、『アマテラス社』を追放するためにエトリー少年と仕組んだとの狂言を吐いた。

 ――無論、それは完全な捏造なのだが、それを鵜呑みにするくらいに阿万原あまはらは我を失い怒り狂った。

 

 地球外最初の人類創生という歴史的意義は、ひどく俗な悪評にまみれてしまい、もはや客寄せパンダとしての意味合いも大きく損なわれてしまったのである。


 地球の市民から大きな突き上げを喰らい、内部に造反者を出したことをうけ、これ以上混乱を放置したままの研究は困難との見方が強まった。


 それは実質的な研究の放棄が決まった瞬間でもあった。


 宇宙ステーション所長という肩書きを押しつけられたエトリーが、計画で産まれたこどもたちと共に残り、あとはみな地上へと帰還することとなった。

 実質的な学会追放処分。私は彼と共にステーションへ残ることを希望したが、叶わなかった。

 こうして意図せぬ形で数年ぶりに地球へと還ることとなったのだが、もちろんこれは一時的なものであり、混乱が収拾すればすぐにでも戻るつもりだった。

 

 しかし、もうだいたい察してくれているだろう。

 これが私とエトリー少年との、今生の別れとなってしまった。

 

 見通しが甘かった、と言われればそれまでだろう。

 とはいえいつまでも裏で糸を引いたヤツの筋書き通りに動くと思ったら大間違いで、ここから先はどうやら丹智高の思い通りにはならなかったようである。

 私の思い通りにもいかなかったのだけどね……!

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