第Ⅰ章 宇宙(そら)の御子

Ⅰ-1 世界との対峙編

 家族のカタチは人それぞれ。

 昔はおじいちゃんがいておばあちゃん、お父さんがいてお母さん、その下にこどもがいるっていうキレイな相関図を持つ家庭がほとんどであったと思う。

 現在の家族は多様化しており、従来の図式にとらわれない家族像も尊重しようということも積極的に叫ばれて久しい。


 でも、どんなフィクションを含めても、僕はこいつらほど珍奇極まりない『家族』はついぞ知らない。


「パパ、パパぁ~わたしとあそぼ~~」

「うわっ、陽乃ひの! 急に抱きついたら手元が……ちょ、ちょっと待って。今は那美ナミと戦闘シミュレーション中だから」

「むぅ~……ゲームしてるだけじゃない」

「いやいやゲームじゃないよゲームじゃ。これはユリに作ってもらったもので……いや確かにゲームアプリみたいに面白いけどさ、これ」

「じゃあわたしもそれやる!」

「ちょ、おい、おい」

「いいでしょ? わたしだって操縦できるじゃない」


 いつものようにじゃれ合う、ここではいちばん幼い少女・陽乃ひのと、イズミナギ少年。

 陽乃ひのはパパと彼を呼んでいるが、ほぼほぼ同年代である。でも遺伝上、彼が彼女の『パパ』であるらしい。

 その事実ひとつとってみても、この『家族』の関係性が並外れて常軌を逸していることがわかる。まったく、わかってはいてもどうしても慣れないものだ。

 そしてその2人のほほえましいやり取りでちょっとご機嫌斜めにしているのが那美ナミ――ナギの妹だ。

 

「……陽乃ひの。お兄ちゃんから離れなさい。困ってるでしょう?」

 普段は口数も少なく、冷静沈着を絵に描いたような美少女である那美ナミも兄であるナギのこととなると少し熱くなってしまう。落ち着きを払ったトーンでありながらも、言葉の節々に愛らしい独占欲が噴き出してしまっている。

「……あれ~? なんですか那美ナミさん嫉妬ですか? ふふっ、かわいい」


 図星を突かれ、普段は透き通るほど白い肌を持つ彼女が、みるみる顔を紅潮させる。


「なッ!? な、那美ナミはそんなんじゃ……」

 普段は感情の起伏が少なく、表情のバラエティが少ない彼女だが、兄のこととなるとこうなってしまう。ブラコンと一言で済ませてしまうのは容易いが、彼女が抱いている想いは本当にそれだけなのか。

 なんせ兄であるナギとは、その安直なほど神話的な名前の由来とは裏腹に、2人の血はつながっていないのだから。

「じゃあいいじゃないですかー。戦闘のためだというならわたしもやらなきゃいけませんし」

「だ、ダメ……! これは那美ナミとお兄ちゃんの共同作業なの……!」

 兄のナギがその最後の熟語に思わず反応してしまう。

「きょ、共同作業って」


 『戦闘』だとか、いささか年齢に見合わない物騒な単語がちらほら飛び出す以外はとてもほほえましい光景だった。

「ふん、緊張感のない。……我々はいつ『原理』の連中に襲われるかわかったものでないというのに」

 そしてその輪に入りきれず、斜に構えている少女もまたいるのだった。

 この子もまた、ほぼ泉兄妹や陽乃ひのと同じ年齢だ。つまり僕は4人のこどもとここで共同生活している、ということになる。


 まあ全員僕自身の血を引いたこどもじゃないんだけどね!!! 


 そんなことは僕にとって些細なことだ。僕にとっては、あの仲良し3人組もこのイマイチ馴染めてない少女――阿万原あまはら月読つくよみも、均しく愛おしいのだ。

「そんなこと言って。本当はうらやましいんだろ?」

「ふん……我は馴れ合いなど好かぬと常々言っておろう? ……あいつらと我は根本的に違う。一緒にするでない」

 日本人形のようにこぢんまりとしたナリで、この古風な言葉遣いである。

 この少女はあの3人とは少し違う事情がある。いや、実を言うと紛れもなくあの3人それぞれと血がつながっているんだけど。

 それとは違った部分で、確かにあの3人とは明確に違ってしまっているのだ。

 僕としてはそれは単なる気の持ちようだと思っているんだけど。ともあれ高潔な性格を持つ月読つくよみは1年経った今でも、素直に心を開けずにいる。


「……違わないさ。僕たちは『家族』だろう?」


「はぁ……きさま、またそれか。馬鹿の一つ覚えだな。我の家族は父上のみ。我は今やむを得ずきさまらに寄食しているがな、本来ならきさまらなど……」

 この子も素直じゃないな。依怙地いこじだったかつての自分を見ているようだよ。

「だったら。なんであの時僕らを助けてくれたんだい?」

「あ、あれは……き、きさまらを利用するためだ」

「はは。そういうことにしておこうか」

 僕は月読つくよみの頭をなでる。

 僕は知っている。

 本当はあの場で、僕たちを全員敵に差し出していればこの子は将来安泰だったのだ。亡国の姫君などに堕してしまうこともなく、世界の安定と共に生きることができたのだ。

 冷酷になりきれず、僕たちを助けることを選択した彼女は間違いなく、優しい子なのだ。

 ――もっとも、あのまま国を治めるためには生涯ウソを貫き通さなければならなかったろうけどね。

「ぐっ……きさま……それは卑怯だって言っておろうに……」

 そう言って月読つくよみはいつものように僕の身体に寄りかかってくる。そうしてしばらくお互い何も言わず過ごすのが、彼女にとっての安らぎの時間なのだ。

 実の父親を早くに失ってしまった月読つくよみは、人一倍父親のような存在に甘えたいのだろう。そう恐らくは、甘え上手に立ち振る舞う陽乃ひのよりも。

 僕に対してほんの少しだけ心を開いてくれるのが年齢のおかげだとしたら、無駄に年を食っただけのどうしようもない僕だけど、生きてみるもんだね。 



 ――2048年。日本・東京寄りの千葉県某所。何の変哲もない閑静かんせいな住宅地。

 僕と両親の3人だけで住んでいた自宅は、1年前を境に、訳あってこんな託児所みたいなありさまになっている。

 

 でも文字通り両親に僕にとってこいつらは、紛れもなく新しい『家族』だ。たとえ血がつながってなくたって、どんなにいびつな形だったとしても――僕のこども達なんだ。


 奥さん? いえ、知らない単語ですね……


 あいつらにとっての『ママ』はいるけど、それはイコール僕の配偶者ではないし、またいくら手を伸ばそうと思っても届かないものなのだ。

 けっして比喩などではなく、文字通りの意味で。

 でもそれはそれで、いいと思ってる。

 引きこもりをして両親に愛想を尽かされた僕がやっと掴んだ本当の幸せ。

 いつまでもこんな時が続いてほしいと思う一方で、相反する本音も抱いている。


 こんなに幸せならもういつ死んでもいいや。


 だが、僕ごときが一瞬でもそんな罰当たりなことを脳裏に浮かべてしまった報いなのだろうか。

 その穏やかな日々も突如終焉しゅうえんを迎えてしまうことになる。



 コンピューターが描き出すバーチャル・リアリティのプログラム体・阿万原あまはらこよみが沈痛な面持ちで日常の終わりを告げる。

「――敵襲です! 人型多数!」

「……なんだって!?」

 アットホームな雰囲気は一転、緊張で張り詰めた空気になった。

 上空には視認できるだけでも人型が数十……もしかしたら100あるかもしれない。それら人の形をまとった巨大な機動兵器群は、息を漏らすほど完璧な布陣で我々の家を取り囲んでいた。

 やれやれ――1年ぶりか。1年僕らを泳がせていた間に万全を期してきた、というワケだ。思わず乾いた笑いが出てしまう。


 まったく、圧倒的じゃないか、戦力差は。

 

 まるで『四面楚歌』――中国・漢の初代皇帝劉邦りゅうほうに包囲された項羽こうう将軍のようじゃないか。


 どこにでもあるような、旧世紀的な一軒家が連なるのどかな姿。

 日本でならありふれた、絵に描いたような暮らしの原風景――『日常』が、戦場の最前線になるなんて、昔ならまったく信じられなかったことだ。


 でも、悲しいかな戦争というのはどこでも戦場になりうる。

 ――まさか住宅地のど真ん中でもお構いなしに侵攻してくるとは思いもよらなかったけどね。


 だが、それは僕たちへの恐怖の裏返しでもある。

 『世界』を手中にしてすべてを裏から操れるほどの力を持ちながら、たったひとつの民家を潰すのに、これほど大人げない戦力を割くなんて、明らかにただ事じゃない。

 これどんな理由で正当化するつもりだろうか。

 この町そのものを最初からなかったことにでもするつもりだろうか。

 


 いや、あいつらならやりかねない……な。

 

 

 こうなるなんて、最初からわかっていた。むしろ1年『家族』として過ごしてこられたことを感謝したいくらいだ。これだけ幸せに暮らせたなら、悔いはない。

 どうせ僕はあのままだったら遅かれ早かれ死んでいたんだ。それをあの子たちは救い出してくれた。

 それがたとえ大きな目的のの副産物だったとしても。

 この命はこの『宇宙そら御子みこ』たちと共にすると決めたんだ。


 正直言うと、心の中では生来の臆病風が逃げたい逃げたいと悲鳴をあげ続けている。

 でも、どんなに劣勢だろうと100%負けたと決まったワケじゃない。

 圧倒的な戦力差をものともせずペルシャ帝国の大軍と刺し違えたレオニダスのようにいこうじゃないか。

 もちろん、死ぬつもりなど毛頭ない。

 昔は護ろうとして失敗したけど、今度は失敗するつもりはない――!


  

 世界対僕たち『家族』。



 ウソを信じ続けさせる『世界』と、『真実』だけをたのみに抵抗を続ける僕たち。

 世界を二分――というにはあまりにも心許こころもとない、凄絶せいぜつ極まる消耗戦が、再び幕を開けようとしていた。

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