Ⅳ-5 不安定な足場での逢瀬

 ――かつて『南北問題』という言葉があった。

 

 前世紀、いわゆる先進国と言われる国々は北半球に集中。

 一部の例外を除き南は貧しいという経済構造が形成されていた。

 現在は21世紀も3分の1を終えており、さすがにそのような旧態然とした経済構造は大きく改善されてはいる。

 今やかつて途上国と言われた国であっても大なり小なり宇宙開発に関われる時代だ。


 途上国とされた国々はかつての「南=貧しい」という構図を嫌い、われ先にと北部に集中して激しい開発競争を行った。


 その結果、北地区はゴチャゴチャして統一感のない、ツギハギだらけのものになってしまった。


 宇宙開発の場ではどの国でも平等だというのは建前だ。

 地球ではそのように宣伝されているが、実際のところほとんど誰も北区には近づこうとしない。

 

 実績作りのためだけにこぞって増改築が繰り返された醜悪な箱物。

 その安全性と居住性はかつて存在した超巨大スラム・九龍クーロン城並みか、それよりもひどいとされている。

 温室育ちばかりの『ヴェルテックス派』研究者達が好きこのんでそんなところ、住み着こうとするはずもなかった。


 西シー王林ユイリンはその北地区の中でも最も新しい、第5地区の一室に『隔離』されている。

 ゴーストタウンさながらに生気のないその地区だけが、私と彼が逢瀬おうせを重ねられる場所。

 そこに行く大義名分が得られるのは、かつて私を追い落とそうとした王林ユイリンのおかげだというのは、またなんとも皮肉の効いた話じゃないか。


 そしてこの日もまた、道の途中で彼――エトリー少年と落ち合う。

 いくら誰も寄りつかない無人の地区といっても所詮は宇宙ステーションという狭小きょうしょうな世界。

 私達が親しげに会話を交わしていてはすぐに見つかってしまうだろう。なのでいつもこの時間私と少年は何も話さない。

 私も王林ユイリンのための食糧を手に持っているため、恋人であるならばごく当たり前な手をつなぐことすらもできない。


 壁面も床も南地区のようなバーチャル・リアリティ技術を配した高度さ、白を基調とした洗練された雰囲気とも無縁な、メッキの剥がれた使い古しの鉄道のような無骨ささえ感じられる。

 ここは本当に21世紀も前半が終わろうとしている時代の空間なのだろうか。ロマンの欠片すらない。


 だが、私達にとっては同じ時間に同じ場所で、こうして同じ歩幅でこの廊下を渡るという時間を共有できるだけで充分だった。


 望まぬ母に、望まぬ妻。


 2つの顔を演じさせられるあの息苦しい空間よりも、仄暗ほのぐらく狭苦しいはずのこの場所の方が私にとって安らぎの場所となっていたのだった。

 そうしていつものように共にいられる時間を確かめ合っていたが、どうやらその安息も終わりのようだった。


 もう王林ユイリンの部屋は目の前というところ。誰の目にもつかないはずだったその場所で、とてもよく知った顔があったのだから。


阿万原あまはらあかつき……」


 しまった。別の道から先回りしていたのか……!


「やっぱり、ね。おかしいと思ったよ。まだ諦めてなかったんだね、少年」

 完全に見下した視線を送る阿万原あまはら。私はなんとしても、この男から少年を守らなければ……私の人生に代えても。


「……彼を無理矢理付き添わせたのは私だ。責めるなら私にしてくれ」

「そうはいかない。君は『宇宙そら御子みこ』の母親なのだから。君の経歴に傷が付くわけにはいかないんだよ。だから――」

「私なんかはどうでもいい! この子は、この子は人類全体のために……」

「だから、そうはいかないと言っているんだ!」


 阿万原あまはらは私の持っていた食事を乱暴に払いのけた。食器の類がすべて無惨にぶちまかれ、金属音がこだまする。

 ダメだ、完全に頭に血が上っている。


「エトリー・マーロ! 貴様をこのステーションから追放する!」


 ダメだ! それだけはダメ……と声をあげたが、それに覆い被さる形で鳴り渡ったのが緊急事態を報せるサイレン。


 なに!? ここでサイレンなんて、避難訓練で1回聞いて以来。よほどのことが起

こったに違いないんだろうけど……いったい何が!?


 初めて経験するエマージェンシーというやつにあたふたしているうちに、阿万原あまはらの時計型端末の元に通信が入る。

 それはさっきまで少年と会うためのダシにしていたことがいかに平和ボケしていたかを思い知らされるものだった。


阿万原あまはら先生! 本日の積み荷にロボットが……!」

「なにィ……!?」

 阿万原の表情がますますこわばる。

 ロボット、だと……!? 私がリークしようとした、あの埋め立て島のか……!? 

 まさか宇宙にまで運ばれてくるとは……何を考えている!? 

 しかし驚くべきはそれだけではなかった。


「それに乗り、西シー王林ユイリンがステーションからの脱出を図った模様です!」


「なッ――!?」


 私達3人は先程の言い争いを忘れ最奥、王林ユイリンが閉じこめられているはずの部屋に向かう。

 案の定、部屋のドアは開いたまま、中はもぬけの空だった。


「……ッ! これは、貴様の描いた青写真か、エトリー……って、おい!?」

 気がついたらエトリーは走り出していた。まさか……迎撃に向かうっていうの!?

「きさま! 逃げるつもりか!」

「逃げてるわけじゃない。……急がなきゃマズいでしょ?」

「……フン。さっきの件、あとでしっかり追求してやるからな。覚悟しておけ。今はアイツの対処だ」

「そうだね。王林ユイリンをなんとかして連れ戻す」


 私達は格納庫へと走り出す。

 

 おそらく私とエトリーはこのあと本格的に計画から排除されるのだろう。

 だけど、阿万原あまはらにとっては今は王林ユイリンの方が重要なのだろう。

 ひた隠しにしながら開発を進めてきた巨大人型ロボットの存在を、こんなところで全世界に晒すわけにはいかないだろうからね。

 私からしてみれば包み隠さずバラしちゃえばいいんだと思ってるけど。


「策はあるのか?」

「あるよ。できれば地球組には知られたくなかったけどやむを得ない。宇宙艇『高天原タカマガハラ』を出す」


 少年……やはりアレを出すつもりか。

「『高天原タカマガハラ』だと!? あれは緊急離脱用の。あんなものに何が……」


「――! 花耶かや! 危ない!」

「えっ!?」


 後方から鼓膜が破れそうなほどの轟音がしたその刹那、巨大なものを振り下ろしたようなズドンという衝撃音。


「よかった。大丈夫!?」

「え? あ。ええ!? しょ、少年……?」

 気がついたら私はエトリー少年に押し倒されていた。急に恥ずかしくなって判断が追いつかない。

「立てる?」

「あ、ああ、うん……ありがとう」

 私は彼の手を取り、なんとか立ち上がる。なんだ、ちゃんと男らしい面があるじゃない。


 それにしても、何が起こったんだ。

 ええと……通路のゲートが強制的に封鎖されたのか……? 

 さっきの爆発――まさか、外からあの女が……!? メチャクチャだ……!


「どうやらボク達を生かしておく気はないらしいね。……そろそろだ。急ごう」

「そうね――」

 ――っ!? 

花耶かやっ!?」


 足に激痛が走る。さっきので痛めてしまったのか……!? 一歩前進しようとしたらガクリとひざが落ちてしまう。


花耶かや、ごめん……さっきのでだよね。時間がなかったとはいえ強引だった」

「……私に構わないで。急がなきゃいけないんでしょ?」

「でも」

「……私は大丈夫。アレの性能をすべて引き出せるのはキミだけしかいないんでしょ?」


「ちょっとまて2人とも。それはどういう……」


「違うよ。……花耶かやとボク、2人でこそだ。行こう、ふたりで」

「エトリー……」

 再び私は彼の手を取った。

 そうか。ここまで来たんだ。私は彼と行かなければならないんだ。


 だが、やはり阿万原あまはらがみすみす道を空けてくれるはずもなかった。


「待て! きさま、やはり逃げるつもりだろう! 花耶かやちゃんを離せ!」

 反対に、エトリー少年の方が冷静だった。以前と立ち位置が真逆になっているのが、私にはとても興味深かった。


「こんところで争っている場合じゃないでしょ。……心配しなくてもあとでいくらでも処罰してもらって構わない。このままじゃ……あなたの会社の投資が何もかも水泡に帰してしまいますよ」


「……きさま」


「ボクだってこんなところで宇宙ステーション計画を終わりにしたくはない。……手伝って欲しい。ボクのためである必要はない。花耶を、そしてあの産まれてきた子のことを想うなら――」


「――何度でも言う、相応の罰は受けてもらうからな。……何をすればいい?」

「……阿万原あまはら


 驚いた。

 阿万原あまはらも頑固一辺倒ではないってことか。これまでの投資が無駄になることは避けたいという打算も当然あるだろうけど……


 ――って。

 

「きゃあ! しょ、少年?」


 いきなり少年は肩を回し、私の上体を抱えてみせる。

 お、おい……また恥ずかしいマネをしてくれて……


「ぼくだけじゃ非力だからね。花耶かやを『高天原タカマガハラ』まで……協力してくれませんか?」


「……花耶かやちゃんに何かあれば、許さないからな」


 そう言って阿万原あまはらも、反対方向へと肩を回した。

 エトリーに悪態をついてはいたが、その視線はさっきまでと比べてどこか穏やかだった。

「ありがとうございます。……行こう、『高天原タカマガハラ』へ」


 3人で協力して中央の格納庫までたどり着き、私とエトリー少年が戦闘機『高天原タカマガハラ』に乗り込む。

 私は2人に持ち上げられてなんとか後部座席に搭乗した。正直そこまでしてくれなくても多少痛くても無理して乗るのに……という気もしたが、それだけ大事にしてもらっていると考えることにする。

 続いてエトリー少年も身を乗り出す。そこで阿万原あまはらが引き留めた。


「本当に任せて大丈夫なんだな?」

「はい」


 間を置かない、少年の力強い返答。そこには本来の男同士の、わだかまりを超えた何かが芽生えているのかもしれない。

 女の私にはわからないことだし、またわからないでもいいのだろう。


 ――それよりも。

 目下のタスクを片付けなければなるまい。

 これ以上王林ユイリンが暴走して被害が拡大する前に、速やかに、なおかつ無傷で捕らえる。

 この機体が持つ『セルツェ』システムなら、それが可能なはずだ。

 私も彼の手助けができるのなら、望むところ。

 

 行こう。

 宇宙の家族を、私達が護るんだ。


「緊急離脱用ハッチ開けて! エトリー・マーロ、『高天原タカマガハラ』、出ます!」

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