Ⅳ-4 母の顔と

 ――2037年・宇宙ステーション中央格納庫


「しかし毎度荷物のチェックはめんどくさいよな。なんで研究員の俺らがしなくちゃいけなんだよ」

「まあまあそう言わない。人手不足なんだしさ。それに、そのおかげで俺らが優先的にうまい食糧を分捕れるんだろう? チェックのチェックなんてあってないようなもんだし」

「まあそうだけどよ……まったく、こんな宇宙くんだりまで来てやってることがこれだなんてさ。話が違うじゃないかよ。人類への多大な貢献とか言って、実際はほとんど雑用だぜ? こんなことをするのがイヤでここの研究員になったっていうのによー……」

「ま、いつまでもこんなところにいるわけじゃないし。交代までの辛抱だよ」

「そうだけどよー。はぁー……イギリス料理はマズいとか散々言われてきたけど、こんなところの食事なんかより万倍もマシだからな。さっさと帰ってママの味にありつきたいものだね」

「ははは。お前の交代はいつだっけ?」


「この次のシャトル便だな。確か今回はアイツ強制送還……って、あれ?」


「? どうした?」

「このでっかいコンテナ……なんだ? こんなの今まであったか?」

「そういえばそうだね。納品一覧はさっきので終わりだから、今日こんなのないはず。なんだこれ? 誤配送か?」


「……もしかしてこれ、あれか? ほら、あの島で極秘に作られていたとかいう……」

「ああ、あの埋め立て島の。でもこれがなぜ――……うっ!?」


「!? お、おい、どうした!? ――!? お、お前、なんでここに……ぐあっ!!」



 ――宇宙ステーション南地区・時を刻む広場


「おぎゃああああ! ああああー!」

「はいはい、よーしよし。ナギは泣き虫でちゅねー」

 

 宇宙で最初のこどもを誕生させる『天孫計画』が成功。

 人工授精、完全な子宮外人工培養により私は全く自分のお腹を痛めることなく母になった。


「ははは、本当にナギはよく泣く子だな。将来は元気な子になってくれそうだ」


 かたわらでとても満足げにする阿万原あまはらあかつき。形式上はこの子――イズミナギの父親ということになる。

 このかわいらしい子を側で見守っている親がこの人じゃなければ……

 なんて雑念がチラチラしてしまう私は、処女マリアと持ち上げられているほど聖人じゃない。


 あの西シー王林ユイリン事件から一年弱。


 あれからはあの騒動がまるで最初からなかったかのような平穏を取り戻した……かのように見えた。

 

 だが、それも所詮表面上の話に過ぎない。


 ステーションにはよそよそしい空気が残り続けた。

 特に騒動の火種になった私、そして私とのつながりが深いエトリー少年がプロジェクトの中枢から遠ざけられていくのがわかった。

 それぞれ宇宙開発と『天孫計画』の顔のようなものだから彼女のような露骨な排除は受けていないが、私はほとんどこの子――ナギのお守りとしての役目しか残っていなかった。


 まあ私は実際この子の母親なのだからこれでいいんだけど、少年についてとなれば事情が違う。

 彼の天賦てんぷの才がこんな形で埋もれてしまうなんてそれこそ人類の多大な損失だから、なんとか復帰の舞台を用意してあげたいところだけど……


 あれこれ考えながら赤ん坊の世話をしていると、心落ち着かせるアナクロ趣味の鐘が定刻をしらせる。


「っと。こんな時間。私、王林ユイリンのところに行ってこなきゃ」


 私は赤ん坊をいつものように阿万原あまはらに預ける。

 私は『隔離』されて以来、あの人に食事を持っていっているのだ。


「今日もかい? 君が独りで行くこともないだろう。それにあそこは……危ないだろう」


 阿万原あまはらは私の身を案じてほかの人にやってもらうよう勧めてくれるのだが、私がやりたいことだから。


「何を今更。大丈夫よ。手が空いているのは私くらいだし……それに誰もやりたがらないでしょう?」

「しかし……君は一度襲われているのに」

「大丈夫だって。もし万が一何かあったら、すぐに呼ぶから」


 腕にめている時計型の通信機を指さし、私は安心をアピールする。

 これで研究所のどこでも通話などのやり取りができ、すぐにステーションの管制室に緊急ベルで知らせることもできる。

 西シー王林ユイリンの一件があってから、研究室の外では着用が義務づけられた端末だ。

 これがあれば人のいない北地区で襲われても、大丈夫だろう。

 

 まあこんなもん最初から全員に配っておけよって話だけど。

 

「……そうか。何かあれば些細なことでも知らせるんだよ」

「わかってるって。心配性だなあ。いつも大丈夫じゃない。……いってくるわ」

「ああ、いってらっしゃい」


 こうして私はいつものように軽い挨拶で、彼と離れる。


 そう、この一年弱何も怪しい動きひとつないじゃないか。まったく心配することはない。


 それに――独りじゃないから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料