Ⅳ-3 亀裂、衝動、凶行

 宇宙ステーション・南第2区画回廊。

 透明の壁から映し出される、常夜の闇。彼岸と此岸しがんの境界はこのたった一枚の壁隔てるのみ。

 私達人間がどれだけ小さく不安定な場の上に立つ存在か、嫌というほど思い知らされる。


 だが私達人間はこのような暗闇の中にも時間を見いだす。

 私達は時間と自己を結びつけることによって、かろうじて宇宙を統べる原理の中に身を置くことを許されている。

 それはまさしく見えざる神の、不断の恩寵おんちょうのようでもある。その奇跡によって私達は生かされている。


 私達がほんの少し自然の摂理だとか、そんな勝手な尺度を定めてはそれを乗り越えたと思い込み『神』を生み出せるなどと――思い上がりもはなはだしいというもの。


 それが今や世界最高の知性によって進められているとかいう筋書きは、ヘタな三文SF小説ならばまだ救いはあったんだけどもね……。


 エトリー少年には目を醒まして欲しかったんだけど。

 キミは狡猾な大人達にうまく利用されているだけだと。


 少年の言う『永続仮想敵論』にしたってそうだ。

 永遠に敵がいなければならないというその理論はバーチャル・リアリティの軍事技術転用を都合良く推し進めるためのパンドラの箱となってしまっている。


 地球で私達のサポートを行っているたん智高ちこう客員教授。

 彼が『ヴェルテックス学派』主要メンバーが宇宙開発に没頭している間に、何やら暗躍していると聞く。


 もちろんそういう下心があの政治屋にあるのは少年も見抜いており、いくつかのトラップも仕掛けたし、加えて秘密裏にあるものを完成させたそうだが……

 その時点で、兵器を使わないで済むようにするはずのバーチャル・リアリティの平和論から大きく後退しているのだと気が付いて欲しい。


 ……さて。

 やむにやまれず広場を出てこんな廊下で足を止めているわけだけども……どこへ行くべきか。研究室に戻るには気まずいし……かといってすぐに自分の部屋に戻ったところでまたバッタリとあの2人と鉢会うことになってしまうかもしれない。

 かといってこのままプラプラしていたって、なおさら……


 独りぼっちになるにはこの人口の島はあまりにも狭すぎる。

 ああもう、どうするべきなんだろう……


 今はとりあえず無為に時に流れていたかった。

 だが、このせわしなく結果を追い求め動いている働きアリたちの歪んだ社会で、それは許されようはずもなかった。


美名みまな花耶かや。さっきまで何を話していた?」


 この居心地の悪い廊下で私の名前を呼ぶのは、グループ内でも内気で、髪型や服装の乱れなどに気を払わない研究者肌の女性。

 変わり者揃いの中でもとりわけ『奇人』と有名な人だ。

 彼女は私と同じく、グループから『天孫計画』のメンバーとして選ばれた。

 しかし、この普段あまり自分を表に出して話しかけるタイプじゃない子からこれほどあからさまな不快感を向けられたのは、私としても意外だった。


 そのことにいささか困惑しながらも、申し訳ないけど今の私には相手をする気力もなく、適当にお茶を濁してあしらおうとした。

「ああ、王林ユイリン……ごめんなさい。でも私今日はもう時間外で――」


 だが、この日の彼女の態度には、鬼気迫るものがあった。


「何を話していたのかと聞いているんだ! 阿万原あまはらあかつき様と!」


「なにって……別に何も」

 私は勢いに押され、壁の端に追い込まれてしまった。

 壁に手を突いてその女性――西シー王林ユイリンがやかましく罵声を浴びせてくる。


「ウソをつけ! 私は見ていたぞ……阿万原あまはら様と馴れ馴れしく……!」


 阿万原あまはらと、か……なるほど。そういうことか。

 はあ……この人研究にしか興味ないと思ってたけど、こんなにめんどくさい人だったのか。


「何か勘違いされているようだけど。私と彼には何もないし、むしろ迷惑しているのはこっちなんだけど」

「はァ!? ……あ、阿万原あまはら様を、言うに事欠いて迷惑だと!? おまえ、阿万原あまはら様を侮辱する気か!」


 いや、侮辱じゃなくて単なる事実なんだけど……なんだこの人。

 あの時の状況を見ていたなら、私が阿万原あまはらに抱いてる思いは想像できそうなものだけど……

 彼が私に声をかけたというだけでヒステリックすぎる。この目の据わりよう、明らかに正気じゃない。


「別にキミが心配しているようなことは何もないわ。……道をふさぐのはやめてほしいのだけど」

「それなら『天孫計画』から降りてもらおうか。宇宙そら御子みこにお前の血が入るなど、阿万原あまはら様の血筋がけがれる」

「それなら阿万原あまはらの家の人に言えばいいでしょう?」


 彼との子といっても人工授精の、いわゆる試験管ベイビーだ。さらに言えば、お腹を痛めて産むわけでもない。彼の血筋だどうこう言われても正直なところ、実感が湧かない。

 私のこどもが産まれるということよりも、くだらない政治力学にこれ以上振り回されたくない思いの方がはるかに強い。

 

 彼の子が欲しいのならいくらでも譲ってあげたいくらいだ。


 無論こどもに罪はないから愛情は注ぐだろうけども。


 本当に最近の『ヴェルテックス派』は息苦しいというか、風通しが悪くて仕方ない。こんなのに付き合っても時間のムダであるばかりか、トラブルの種でしかない。逃げよう。


「ともかく、これ以上話すことは――」


 王林ユイリンを押し退けようとした私の眼前には突き立てられたナイフ。


 ……まいったね。正気じゃないとは思ってたけど、ここまでとは。

 ここまで必死だと、恐怖を通り越して冷静に哀れみすら抱いてしまう。


「『天孫計画』から降りろ。お前にはそれしか選択肢がないんだよ」

「……私を蹴落としたからと言って、キミが選ばれるとは――」

「うるさい! 私を見下して……そういうところも気に入らない!」


 失言だった。


 『天孫計画』には選ばれた日本人同士を誕生させるという、神話的にして選民思想的な側面がある。

 日本人じゃない王林じゃそもそも趣旨に合わず、選ばれようもない。

 そう言いたかったのだが、これじゃ火に油だ。


「お前自身何も力がない癖に、男に取り入るところだけうまくて我が物顔で闊歩かっぽする。そうかと思えば、望んだ計画じゃないとかのたまって被害者ヅラ。お前が『ヴェルテックス派』をダメにしたんだ!」


 私がダメにした、か……そうかもね。


 いつだって歴史は女の取り合いだ。

 21世紀も中頃に入ろうというのにこんな前世紀的で野蛮な恫喝がまかり通っているようでは、『ヴェルテックス学派』の掲げる人類の進歩など夢のまた夢。

 やっぱり私はこんなところから早々と身を引いた方がいいのかもしれないね。


 エトリー少年とあんな風に仲違いしたまま離ればなれになるのは残念だけど。


 ……でも王林ユイリン

 この宇宙開発事業をダメにしているのは、あなたも同じ。

 阿万原あまはらの思い通りになるのもお断りだが、かと言ってキミの恫喝に屈するようなマネも御免被る。

 息を大きく吸い込み、あらん限りの大声で叫んだ。


「誰か、誰か助けてーーーーーーー!!!」

「き、きさま……」

「たすけてーーーーーーーーーー!! ナイフを持った人に脅されているの!」

「おいお前! 静かにしろ! ……本当に刺されたいか!?」


 西シー王林ユイリンは明らかに動揺していた。

 その隙に乗じてかがみ気味に踏ん張り、腹部に思い切り体当たりする。


「うぐ……!? お、お前……! は、離せ……!」


 思った通り。

 もとよりお勉強しかしてこなかったようなヒョロヒョロなんて、凶器にたのまなければ大したことない。

 すかさずナイフを持った腕をめ、背後に回した。

「私がすぐ男になびく安い女だと思っていたようだけど、お生憎様。もしそうだったら悩まなくていいぶんもっと楽だったよ」

「くそっ、くそぉ……!」


 狭い上に話し声もほとんどない研究所でこれだけ声を張り上げたのだ。

 さすがにすぐに異変に気付いてくれたようで、息も絶え絶えでまずは1人駆けつけてくれた。


「うわっ! 花耶かやさん、これは一体!?」

「エトリー少年か……助かったよ。ほかの人も集めてくれないか?」

「――わかった!」


 ついさっきのケンカ別れでわだかまりも当然あったろう。

 だが王林ユイリンが握っている凶器を見てすぐに察してくれたのか、疲労の色はあっても迅速だった。

 すぐさま多くの人が集められ、総出で彼女を拘束した。


 ……まったく、隔絶された北3区とかならいざ知らず、どうして人目に付きやすい南回廊でわざわざこんな――まぁ、それだけこの哀れな人が追い詰められていたんだろうし、そのおかげで助かったわけだけど。


 かくして大勢の前で失態を晒している西シー王林ユイリンだが、そんな状況でも口だけは減らなかった。

「これで勝ったと思うなよ……アハハッ」

 負け惜しみか……?

 よほどの自信があるのか、それとも本当に狂ってしまっているのか。


「お前らの計画は必ず失敗する! お前らには近いうちに天罰が下るだろうね! アッハハハハ!」


 なんというステレオタイプな捨て台詞だろうか。

 彼女は不穏な言葉を残して、大勢の研究員に連行されていった。

 

 前代未聞の事態に直面した研究チームはその日、緊急事態としてすべての研究を一旦ストップ。上層部以外の全研究員個別待機を言い渡される。

 エトリー少年とも混乱の中、結局はギクシャクしたまま、あれ以上話すこともかなわなかった。


 それ以来ステーションの誰もがどこかよそよそしく、不穏な空気に支配されるようになっていく。

 西シー王林ユイリンが去り際に叫んだ不穏な言葉は、間もなく現実のものとなるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料