Ⅳ-2 幼き研究馬鹿の嫉妬

「……やれやれ。案外私の方が、キミにうまく会話を引き出されているのかもしれないね」


 彼は私がこれから口にすることをすっかり見抜いているようだ。

 話し方には弱々しさがかなり残っているが、ただ一点、私を見つめる瞳には決意のようなものが宿っていた。


「ここを出るというのなら、ボクは全力で阻止する。ボクは花耶カヤとずっと一緒に研究したい」

「なぁに? プロポーズ? そういうのはもっと大きくなってからで――」


「茶化さないで。……ボクは研究者としても美名みまな花耶かや――貴女あなたの才能を高く買っている。ここで抜けられたら研究に大きな支障が出る。お願いだから、ここにいてほしい」


 ……そうは言っても、私は一介の大学生であって、キミと違って代わりはいくらでも利く。それに――


「……エトリー。キミはまだ人付き合いに慣れてなくて、たまたま何度か一緒に話をした私に勘違いを起こしてるだけなのよ」


 ……私よりいい人なんていっぱいいる。これは本当に心の底から思っていることだ。

 人類の歴史を変えるほどの才能を持っているこの子の今後を、私程度の存在でフイにしてほしくない。


 『天孫計画』なんてくだらないものに関わってしまったら、この子の将来に大きな傷が付く。それは絶対に避けなきゃならない。

 それにはその計画そのものを潰してしまうしかないんだ。

 余計な雑音を耳に入れさせることなく、この子にはこの子のやりたいことをさせてあげたい。


 だが――彼なりに、精一杯の勇気で、私を引き留めようとしてくれる。


「イヤだ。ボクは花耶カヤ、あなたがいないと研究をする意味がないってくらいに思ってる。ボクはあなたじゃなきゃ――」

「エトリー……キミにとってこの研究は何にも代えがたい大切なものになるはずよ。そして世界にとっても。わがままでお姉さんを困らせないで」

「そうやってこども扱いして! 花耶カヤは対等に見てくれないの!?」

「……エトリー……」


 ……こども扱い、か。だって、そうでもしなきゃ、私は――

花耶カヤはウソをついている。花耶カヤ自身の本当の気持ちを教えてよ」

「私は、ウソだなんて」 

花耶カヤは何かに巻き込まれてるんじゃないの!? ボクだってそのくらいはわかる。だって最近の花耶カヤは明らかにヘンだ。無理に引き伸ばしたみたいな笑顔をしてる。花耶は優しい人だから、誰もが傷つかないように自ら身を引こうとしているんだ」



 ……そうでもしなきゃ、私は、この子を本当に愛してしまう。



 だから、だからこそ、一旦ここから離れなきゃならないんだ。


 そうだよ。今逢えなくなるくらいなんだ。

 これが永遠の別れになるわけじゃないんだ。


「優しいだなんて、買い被りよ。でも、お姉さんはいつだってくもりのない笑顔だよ、ほら。にこーっ」

「……花耶カヤ

「うるさいわね、笑顔だっていったら笑顔なの。……これ以上お姉さんを困らせないで、ほんとお願い」


 しばらく息苦しい静寂が続いた。公園中央の時計台が刻む針の音だけが、時を支配する。


 しびれを切らしたエトリー少年が意を決して会話の糸口を探そうとする。


「……あのさ、花耶カヤ



 その気まずい時間は唐突に終わりを告げた。

 だがそれは、エトリー少年によってではなかった。


花耶カヤちゃん、やっぱりここだったか。いなくなってたから心配したよ」


 この、爽やかさの中にほのかな気色の悪さを感じさせる声は……阿万原あまはらあかつき

 一般的に背が低いといわれる日本人のイメージをくつがえす、スラッとした長身。

 おまけに均整の取れた中性的な容貌ようぼう

 それでいて世界有数の叡智えいちの集う『ヴェルテックス・グループ』に属するほどの頭脳の持ち主にして『アマテラス社』の御曹司。

 天は二物を与えずというのは根拠のないことわざにすぎない、と思わずにはいられないほどのモテ属性てんこ盛りの男だ。


「……阿万原あまはらくん、か。なんの用です? 私はもう今日はオフのはずですが」

「何の用、って……。わかってるはずだろう? どうしてそんなに『天孫計画』をかたくなに拒むんだ?」


 ……この男。やはりそれか。逆になんでそこまで私にこだわるんだか。


「前にも話したとおりだけどね。あんなの、前近代的な発想の産物だよ」


「……それについてはぼくも否定しない。だけど、大衆は象徴を欲しがるものなんだよ。高いコストのかかる宇宙開発事業を支持してもらうための、象徴的なイコンがね」


「感心しないね。新しい神を作ろうなど……。安易に空想上の信仰を作って、現実と空想を乖離かいりさせることのないようにするのが我々ヴェルテックス派の良心だと思ってたけど」


「だからこそだよ、美名みまな花耶かや。『天孫計画』によって産まれる宇宙そら御子みこは、この現実世界とバーチャル・リアリティをより矛盾なくつなげるための橋渡しになってくれることだろう。御子みこたちを、ぼくたちの手で神にするんだよ」


「……正気? あなた、アニメかなんかの見過ぎじゃ……?」


「いやいや。ぼくほど正気を保っている人間はこの世界にいないくらいだと自負しているよ。むしろ君の方こそ、今更何を言ってるんだい? これこそが『ヴェルテックス派』の歩む正しい道なのに」


「それじゃ宗教じゃない。……バーチャル・リアリティ技術は徹底して現実の下位におくべきで、決して精神的な支柱にしてはいけない」


「宇宙ではじめて産まれる人類の門出が神秘でなきゃなんだっていうんだい? しかもそれが、君とぼくならばなおさらね。君は宇宙最初の人類の祖先として世界から祝福され、永遠に語り継がれるんだよ? これほど名誉なことはないだろう」


 ……こいつ。

 さすが、アマテラスの御曹司だからって強引にプロジェクトをねじ込んだだけのことはある。

 よくもまあ、これだけゲスな考えでグループに入れたものだ……!


 それまで押し黙っていたエトリーが消え入りそうにつぶやいた。


「……花耶カヤ。やっぱりそういうことだったのか」


 しまった。ここで阿万原あまはらのペースに乗せられてあれこれしゃべってしまったのはマズかった。

 この子、もしかして誤解している……!?


「え、エトリー……キミは誤解してる。阿万原あまはらとは別に何も――」


「……いや、いいんだ。考えてみたら当たり前じゃないか。ボクみたいなガキが相手にされるわけが――」


 マズい。完全に何か変な誤解を植え付けてしまっている。これは早急に否定しないと……!

 だがここぞとばかりに動いた阿万原に機先を制されてしまう。


「そうだよエトリー君。君は研究者としては一流だが、人の心は全く学んでこなかったのだな。女心を解するのは不得手と見える。すでに美名みまな花耶かやちゃんとはお付き合いをさせてもらっていてね。君にとっては淡い初恋だったのかもしれないが……残念だったね」


阿万原あまはら……あんた適当ばっかり……!」


 私はあからさまな不快感を阿万原あまはらに向ける。

 こいつ……息をするようにウソをペラペラと……! 


 だが私にとってはこれ以上ないあからさまなウソでも、多感な少年期の男の子にとってはどう映るだろう。

 エトリーの目には涙が浮かんでいた。……私の方をにらみ付け、そのまま広場から走り去ってしまった。


 ……完全に阿万原あまはらの言うことを鵜呑みにしてしまったらしい。

 確かに阿万原の言うとおり、どんなに科学分野ですぐれた業績を残しているとしても、人の心に関してはまだまだ少年のそれだった。


 ……そしてこいつはそれを承知の上でエトリーの心をあおった。

 最低だ……!


 いや、この男が来た時点で場所を変えたりせずペースに合わせてしまった自分も悪いか……。


花耶カヤちゃん。順序は逆になっちゃったけど、ぼくたちは選ばれた『天孫計画』の父親と母親なんだ。これからは産まれてくるこども達のためにも、これから理想的な夫婦となっていこうじゃ――」


 なれなれしく回してきた阿万原あまはらの手を振りほどき、みなまで言わせず平手打ちした。


「……何度言われても同じです。私は、あんたなんかに協力しない」


 再び無言の空間が時を刻む針の音に支配される。

 阿万原あまはらは何が起こったかわからないといった感じで硬直していた。私はそんな阿万原あまはらを一切振り返ることなく、その場を後にした。


 一日の運勢占いとか、そういった類はまったく信じていないけども、この日はとんでもない厄日らしい。

 こうしてエトリーと、阿万原あまはらともすれ違い踏んだり蹴ったりな状況だったのに、さらに追い打ちをかけるような出来事が襲いかかってくるのだった。

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