第Ⅳ章 原理 アストロラーベのこどもたち

宇宙ステーション編

Ⅳ-1 回想 はじまりは孤島の公園で

 2035年。宇宙ステーション。


 各国の連携した開発によって、短期間のうちに地球と同等の重力環境が実現され、宇宙上でもほとんどの場所で歩行による生活ができるようにまで整えられた。

 現在小さな町の区画程度の居住地が整備され、常時数百人程度の研究者たちが滞在している。


 2030年代になって急速に宇宙開発が進むようになったのは、バーチャル・リアリティの技術が進歩し、『VR建築学』という先進分野が誕生したことによる。


 それまでは手描きないしプログラムソフトで平面上に立体的に描かれていた図面が、マルチコミュニティデバイス(MCD)と呼ばれるコンピューター機器群の制御により、実際の土地上に描画できるようになった。

 VRプロジェクターという小型浮遊ニットを上空に配することで、高層建築物のような大きなものでさえ違和感なく、バーチャル・リアリティの構造物としてそこに映し出せる。

 これを応用し、原寸の設計図・具体的な指示内容・落下事故等のトラブル防止の注意書き……etcを実際の建築予定地に表示させることにより、現場の効率と安全性を飛躍的に上昇させた。


 その結果、材料ロスの減少などコスト削減をもたらし、バーチャル・リアリティの視覚化が建築をはじめとしたものづくり分野の広い範囲で非常に有用であることが証明されたのだ。

 それまでのSF世界観ではバーチャル・リアリティというと現実と対立する概念といったような扱いを受けることも多々あったが、現実と対立するどころか、むしろそれをより高度な段階で補完するための役割を負うまでに成長。

 2030年代はバーチャル・リアリティ新時代ともいえる革命の幕開けであった。


 それを主導したのはヤゲロー大学セイミク・ヴォルノスキ教授のもとに集まった若手のエリート天才集団たち。

 彼らの多くは教授の立ち上げた『ヴェルテックス社』と、バーチャル・リアリティ制作請負会社として急成長を遂げていた日本の『アマテラス社』の研究員だった。

 彼らバーチャル・リアリティを積極的に民生利用していくグループは、『ヴェルテックス学派』または大学の所在国から『ポーランド学派』と云われるようになる。


 建築分野をはじめさまざまな場で影響力を強めたヴェルテックス社とアマテラス社は、宇宙開発分野にも積極的に関わっていく。そのプロジェクトのリーダーに抜擢されたのが、まだ弱冠12歳だった神童エトリー・マーロだった。

 当初若年による経験不足を指摘されていたエトリー少年だったが、周囲の心配をよそに着実に成果をあげていき、事業も順調に進んでいった。


 だが、若くして頭角を現していくエトリー少年を引きずり下ろそうと嫉妬に駆られる古参の研究者たちも少なくなかった。

 神伊号しんいごう計画――またの名を『天孫計画』。

 その多分に神話的趣味を含んだプロジェクトによって、順風満帆じゅんぷうまんぱんに見えたエトリー少年のキャリアは大きく損なわれることになる――




 宇宙ステーション居住コロニー内最南端『時を刻む公園』。


 公園――という時に抱かれるイメージほどにはそれほど広いものではないが、居住区からも研究室からも隔絶されたこの場所には多くの緑が植えられ、地球を長く離れている研究員達の数少ない憩いの場となっている。


「あらエトリー。今日はスペイン広場なんて、ずいぶん古風なロマンチストね。どうしたの?」


 そこに独りたたずんでいたのは、周囲から神童ともてはやされる少年。彼はやや気恥ずかしそうに、しかしユーモラスに答える。


「やぁ、花耶カヤ。そんな大した意味はないさ。ここに市場もあって、バイクも走れたらよかったんだけど」


 いくら開発が進み、宇宙空間で直立歩行の本来的な生活ができるといっても、人が文化的に生活するには手狭と言わざるを得ない。人間は閉所に閉じこめられることに想像以上のストレスを抱く。

 そこでこの広場は周囲の景色をあらかじめ登録しているデータベース上の風景に変更できるのだ。

 この発想自体がバーチャル・リアリティで成り上がった『ヴェルテックス派』らしいといえばらしい。


 まあスペイン広場のあるイタリアはエトリーの出身地だ。長い宇宙空間での生活に、故郷を懐かしむ気持ちが芽生えてもなんら不思議ではない。

 いくら将来を嘱望しょくぼうされた天才少年といっても、まだ12歳のこどもなんだから。

 かくいう私だって故郷が恋しくないわけがない。

 教授の趣味だというポーランドにある日本庭園はしょっちゅうここで目にするから、まだマシなのかもしれないけど――


 エトリー少年がおそるおそる尋ねてくる。

「こういうのは、嫌いかい?」

「こんな趣味も嫌いじゃないけど……お姉さんはキミ自身が興味を持つ風景が知りたいかな」

 彼がその年齢にそぐわぬ知識から選んだ、ロマンチックなイメージとしての風景ではなく――

 彼自身が素朴な気持ちで好きだというものをこそ、私は知りたい。


「……ボク自身が、好きな風景か……でもボクは小さい頃からずっと研究漬けだったから、そもそもあまり出歩かなくて」

「おいおい、まだ小さい頃でしょ……そしたら私はなんなんだっつうの。おばさんかよ」


 私はわざとふくれてみせる。ついつい小さい子をからかいたくなってしまうんだよね。


「いい、いや、そ、そんなつもりは……」


 本気で戸惑っている。意地悪をしすぎたかな?


「ふふ、わかってるって。キミはそんなこと言わないし思わないヤツだってことくらい、わかってるって」

「……まったく、花耶カヤは相変わらずだ」


 幼い頃から特異な才能を見いだされ大人達に混じって研究に没頭しているからか、あまりこういった他愛もない会話のキャッチボールをする機会はないらしい。

 こういう、普通のコミュニケーションに飢えていそうな子の前では努めて明るくいようとは思っている。



 でも今から私は、彼がこの風景に見る期待とはかけ離れている話をしなければならない。私としてもとても残念だけど。



「そうでもないよ。私にも色々あるわよ。女にはいくつもの別の顔があるってね」

「へぇー……ボクにはそんな風には見えないけど」

「あぁん!? 私に魅力がないって!?」

「いえ、すみませんなんでもないです……」

「だから冗談だって。……でも最初の頃より減らず口が増えたじゃない。それがむしろお姉さん的にたいへんよろしい」

「……悪口を言われて喜ぶの? 変な人だ」

「そうそう、私はドMだから。……ってツッコまんかい!」

「ははは、セルフツッコミだ! それ好き。相手の反応も読んで話を持っていくところはユーモアの極地だからね。あの哲学者アンリ・ベルクソンも取り組んだ『笑い』のメカニズム、とても研究のしがいがありそうだ」


 こういう子だからなあ。まぁ純粋なんだろうけど、どこか抜けている。

 関心を持ってほしいのはそこじゃないんだけどなぁ……

「……なんでも研究のタネにしようとは。流石というか」


「……それで? 花耶カヤがわざわざ研究室の外に呼び出したのはこんな話をするためじゃないんでしょ?」


 広場の背景設定がデフォルトに戻される。


 後方に宇宙空間を一望できる透明質の壁。

 その反対側を取り囲むのは、本来の研究施設の内装そのままの白い風景。


 先程までの歴史ロマンあふれる幻想の終わりを、彼自身意識したのだろうか。

 私は、彼に見抜かれてしまうほど、うまく笑うことができていなかったのだろうか――?

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