Ⅲ-9 KINGMAKER

 ――華夏国ファーシャスタン首都南寧ナンニン・政府庁舎


「くそっ……西王林シーユイリンめ……勝手なことを……!」


 執務室でひとり、怒りを抑えきれず机を叩いた。


 たった今緊急入電で、同盟国『和寧わねい』に対し抵抗運動を続けてきた美名みまな花耶かやつため、美花メイファ――西王林シーユイリンは『原理』の連中とと手を組み、私の許可なく出撃し、撃破されたとの報告を受けたからだ。


 まったく……『天孫計画』でエトリー・マーロと連座して表舞台から退いたきさまを、同じ国のよしみで使ってやったというのに……最期まで私の邪魔をしてくれる。


 『成燕せいえん同盟』の北京といい香港といい、美名みまな花耶かや釜山プサンといい……なぜどいつもこいつも、私にしたがわぬのだ。私の道こそが世界を真に平和に導くものだというのに――!!



 しかし西王林シーユイリンが『原理』のやつらと組んだというのがもっとも厄介だ。

 和寧わねい軍の機体は『原理』のヤツらにより貸与たいよされたもの。

 それを3機すべて失ったばかりか、同行した『原理』の生き残り2人が美名みまな側について行方をくらませたというではないか。


 これではみすみす、『原理』のヤツらに付け入る口実を与えてしまったようなもの。



 ここで対応を誤れば国家そのものの存続が危うくなる。さて、どうする……?



 あまりに頭に血が上っていたのだろうか。この大人の場に不釣り合いなその声

がするまで、この世ならぬ美しさをまとう少年の来訪に気がつかないとは――


「……泣きっ面に蜂、だねぇ? 丹智高たんちこう総裁さん」


「『原理』か。MCD――マルチコミュニティデバイス――を使わず直接出向いていただけるとは、恐縮至極」


 金髪碧眼、あどけなさを残しつつも計算高いしたたかさをも覗かせる少年。

 まったく、『原理』の子というものはいつ見ても性に合わない。いやが応にもあの男を思い起こさせる。



 かつて弱冠12歳にして、我々『ヴェルテックス』のグループに加入した、神童エトリー・マーロ。

 美名みまな花耶かやも当時一介の大学生であったし、私も研究者としては若手の方に属してはいたが、あの少年だけは、異質だった。



 ……らしくもなくあいつのことを思い出してしまった。もうあの頃のことは忘れたいのだがな。こうして政治屋の真似事をしていても、あの過去の清算のために生きているのかと塞ぎ込みもするものだよ。


西王林シーユイリンが亡くなったそうだね。つつしんで哀悼の意を表するよ」

「……お気遣い痛み入る。だが、年端としはもゆかぬ少年にそのような心配は無用。……そのような社交辞令を言いに来たのではあるまい……?」

「そうだね。内心すごく焦ってるんだろうなぁ、面白い顔が見られそうだなぁ、と思ってね」

「……こんな堅物カタブツ、面白くとも何ともないと思うがね」


「そうでもないさ。これでもボクはキミのことを気にかけているんだよ。……なんかボクたちを驚かせてくれそうなネタを仕込んでくれてるみたいだったし?」


「ははは、堅物カタブツゆえ面白い出し物など用意もないよ」


「……そうだね。美名みまな花耶かやのニセモノもなくなったし、宇宙そら御子みこたち、かわいいメイドちゃんにもフラれちゃったみたいだし。そんなにお堅すぎるからモテないんじゃない? ……アテが外れて残念だったね。キミは少しこどもをナメすぎた」



 何もかもお見通し、か――やはり、逃げられはせぬようだな。



「キミには利用価値がある。そう思って少数民族のキミをわざわざ引き立ててあげたけど、こうもボクたちの顔に泥を塗ってくれるんじゃ、もう目をつぶってあげることもできないよ?」


 ……私よりも2世代ほども離れてるであろう幼き少年に、好き勝手な言われようだ。


 まったく、『アストロラーベ』のこどもじゃなければ、こんな生意気な口を利くガキは生きたまま土にでも埋めてやろうかと思うのだが……ここは必死に唇を噛みしめてこらえる。


「丹総裁。キミは我々の原点を忘れてしまったようにみえる。そういう私利私欲こそ、旧世紀まで幅を利かせた悪しき風潮。ボク達はもっと大いなる理想のために動いてるはずだ。そうエトリー・マーロ――ボク達のパパが思い描いた『永続仮想敵論』実現のためにね」



 ――『永続仮想敵論』。

 2030年代から40年代はじめに我々ヴェルテックス学派を中心にごく一部の上流層の間でひそかに信仰された思想。


 3D描画や通信網の発展によってバーチャル・リアリティの技術が加速度的に進歩し、時に現実と見紛うほどの『強度』を持つような世界観を描けるようになった時代。

 そんな時代においては現実と二分しようとするような考え方は旧世紀的な懐古主義だと嘲笑ちょうしょうされた。


 現実と対立するものではなくそれを補足するものであり、ごく自然と溶け込んでいくというような在り方が新たな時代の潮流になっていく。


 その延長線として、世界に大きな影響を与える上流層の間で支持されたのが、『永続仮想敵論』だ。


 21世紀になってなお旧世紀の遺物を引きずり、争いを止められないのなら、『全世界共通の敵』を作りあげれば、世界は結束できるのではないか。



 そしてそれはなにも実在する必要はない。



 絶対支配者を作りあげ、それと人類全体を終始対立させる。


 そして犠牲の出るであろう争いは現実世界では起こさせず、すべてバーチャル・リアリティ上で処理させる。

 そうして永遠に終わらない戦いを戦っている『かのように』見せかけることができれば、誰も血を流さない真の平和が達成できるのではないか。


 それが、21世紀になっても争いが絶えなかった人類が希望を見いだした思想『永続仮想敵論』の概要だ。



 もっとも、それを主張したエトリー自身が現在島流し同然の扱いを受け、社会的に死んだも同然なのがいかにも皮肉な話ではあるがな――



「忘れてはいないさ」


 そうさ。忘れることもできない。

 親子ほども年の離れた少年の才能に嫉妬しっとしている癖に、未だにそれに相乗りすることでしか自己の生き残りが図れない空しい男だからな。



 しかし、それすらもうまくいかぬのだ。……この私がやったのではな!



「ボクたち『アストロラーベ』が産まれるきっかけになった『天孫計画』。その失敗により国際的な批判を浴びた阿万原あまはらあかつきを、世界の叛逆はんぎゃく者としてイメージを作り上げる。そしてキミは対立する世界連合の盟主として、阿万原と共に世界を二分した対立の構図を産み出す。……そのつもりだったのに、実際はどうだい? キミは敷かれたレールに乗っているだけでいいのに、まったく傀儡かいらいにすらなれないとは。無能もいいところだよ」


 私が、無能? 


 いや、違う。私は悪くない。


 悪いのは愛だなんだ無価値なもののために、およそ非合理的と言わざるを得ない道を選び、裏切ったあいつらだ。

 私はあくまで世界のために、研究まで捨てて――!


 それなのに今は、当時の事情など知りもしない孫世代にさえなじられ、見下されなければならないとは。

 いったいどんな罰ゲームだというのだ。


 『誰にも血を流させない』という理想も、当初からこの思想に懐疑的だった美名みまな花耶かやとその遺伝上の娘・陽乃ひのが離反。

 争いを現実に持ち込んでしまったが故にさまざまな悲劇、混乱が生まれた。

 あいつが裏切らなければ、西王林シーユイリンが死ぬことも、計画がゴチャゴチャになることもなかったのに――!


「……丹総裁。キミはとても頭が切れる。だけど、絶望的なまでに『カリスマ性』がなかった。ボクたちも、もっと早くに見抜くべきだったよ」



 ……そうかよ!



 私は執務室に仕掛けていたトラップを発動させる。

 天井から秘密裏に備え付けていた隠しアンテナがせり出す。さらに床下からは両足を締め付けて離さぬ拘束具を通す。


「……? 何をするつもりだい?」


「これは阿万原あまはらあかつきの置き土産でね。『クナト』――この部屋にいる限りはお前らお得意の『セルツェ』システムは使えない」


「……本当だ。これはこれは。ボク達にすら隠れてこんなものを仕掛けていたなんて、抜け目がない」


「そいつはどうも。この部屋にはさらに隠し砲台や、ありとあらゆる罠が張り巡らせてある。『セルツェ』の加護がないきさまらなど、赤子の手をひねるようなものだ」


「へぇ……それは恐ろしいね。仮にボクをここで仕留めたとしても、『原理』にはまだ何人もの『アストロラーベ』が控えている。それらと戦い続ける覚悟はあるのかい?」


「……私にも矜持きょうじがある。ただの傀儡かいらいで終わるつもりもない――!」



 ――ダダダダダダダダン!!

 それは寸分の狂いもなく等間隔で撃ち込まれる。



 身体のあちこちが、けつくように熱い……



「――言ったでしょ? キミには絶望的なまでに『カリスマ性』がないってね」



 ……そうか。

 ははは。そうか。『裏切り』……因果応報か。

 もとより真っ当に天国へ行く気などなかったが……なんと私におあつらえ向きな最期じゃないか。

 

 イズミナギ――君は、果たして複雑極まりないこの因果から、逃げることができるかな?

 私はどうやら、それを見届けることができないらしいが……願わくはどうか、過去のために生きるのではなく……君の――……

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