Ⅲ-6 傍観者から当事者へ

 他人のために強く願ったのなんて何十年ぶりだっただろうか。

 情にほだされたのか。それとも女の子を護りたいとかいうありふれた庇護ひご欲とか感じちゃったのか。まったくバカらしいよ、そうして裏切られて、もうりたと思っていたのに、僕は――



「『禍津日マガツヒ』とかいうの! 今だけでいい! 僕に、僕に――力をくれ!」



 あ~あ、言っちゃったよ。



 ……これで僕も晴れて傍観者から、当事者に格上げか。



 でも不思議と不安もなかった。今の心は、しばらく味わったことのないほど、満たされていた。


 ほどなくして、求めに応じて女の声が響いた。

「……やっと立ち上がったね。待っていたよ、青年」

 僕の脳に直接語りかけてくる。なんだろう、バーチャルリアリティとも違う、初めて味わう感覚は。


「もとよりこの肢体カラダ、いつでもキミに。やってしまえ――君の好きなように」


「うおおおおぉおぉおぉぉーーーーーーーッ!!」


 すべてを聞かず、僕は反射的に機体を動かしていた。


 いや、動かしていた、という自覚はなかった。

 気がついたら勝手に動いていた、という感覚の方が正しかった。

 思い描いていた通り『大率タイスイ』を容易く振りほどき、瞬く間に『八十禍津ヤソマガツ』に拳をお見舞いしていたのだった。


 ――なるほど操縦桿を握る必要すらなく、ただ頭に思い描いているだけでいいのか。ラクでいいね。


 それまでこの戦いの当事者だった女子達は驚きの声さえあげられないでいた。


 ……僕でさえ信じられないけどね。


 大野やすし、美少女の大ピンチにリアル戦場へ鮮烈なデビューってか。



 ……いいじゃん。王道をいってる感じでさあ!



「!??? ……ま、まだ知らない機体性能が!? 」


 敵の阿万原あまはら月読つくよみの声は動揺を隠せず上ずっている。

 無理もない。とんだブラックボックスぶりだよ。

 こんな非常時だけど、自分が思うとおりになるってことが何より嬉しくて、さらに奮い立った。

 よし、敵が動揺しているうちに決める……!

 数十年鬱屈していたものを吐き出すかのように『八十禍津ヤソマガツ』の頭部に大振りのハイキックを決めてやったのだった。

 『八十禍津ヤソマガツ』の頭部は大きく歪み、勢いよく地面を擦りつけながら全身が倒れていった。


「やった! ……僕が! やったんだ!」


 引きこもりの間やっていたゲームじゃ、これほどのカタルシスは得られなかった。

 何かを成し遂げることの喜び。追い詰められた状況を、この僕が、覆したんだ。覆せたんだ……! 僕は強く拳を握りしめた。


「ぶっつけ本番で、よく頑張ったね。ここまでうまくいくとは」


 先程僕の求めに応じて語りかけてくれたこの声。阿万原あまはらこよみとも違う……『禍津日マガツヒ』の、一体誰だ?


 一方、これまで戦闘を行っていたにも関わらず意図せず蚊帳かやの外になった形の陽乃ひのは、ただただ困惑するばかりだった。


「……なんで!? なんで!?  ただの『柱』にすぎない大野様が、なんで……!?」


 『禍津日マガツヒ』の声の主は、幼子に優しくさとすように答えた。

「わからない? 私が彼を認めたことが?」

「……ええわかりませんね。あんなヤツ、わたし独りで……」

「でもさっきは一歩間違えれば負けていたわよ? なんでも1人で背負い込もうとするのは、あなたの悪い癖よ」

「……なんですか。母親ヅラして、偉そうに……」

「だって現にそうだもの。そうでしょう、陽乃ひの?」


 その発言とともに機体コクピットの中に召喚された女性は阿万原あまはらこよみとも違った、成人した大人の姿だった。


「……ああそうですね。そうですね! ……すべてを見通したような……まったく、そういうときの貴女は、苦手です」

 陽乃ひのちゃんが膨れっ面でやり取りしているのが、とても新鮮だ。なんだろう、これまでより自然体のような……。


 そんなちょっとほっこりするような気持ちも瞬時に切り替えさせられるのが、この戦場という舞台。阿万原あまはら月読つくよみと名乗っていもう1人の当事者も、ひるまず立ち上がってくる。


「……まだだ! 我は、まだ……!」


 『禍津日マガツヒ』を制御する女性はそれを制する。今さっきとは打って変わって強い語気だ。


「私が出てきた以上、戦争ごっこはもう終わりよ。阿万原あまはらの子」


「……ごっこと称すか。我のすべてを懸けた、この戦闘を……何者か知らんが、ポッと出のきさまなんぞに負ける我では――」

「でも『八十禍津ヤソマガツ』の阿万原あまはらあかつきは、もう戦う気を無くしてるみたいだけど?」

「きさまに父上の何がわか……んう!? う、動かない……何故!?」

「あなたのお父さんも目を覚ましてくれたようで安心したわ。もう戦う意味もないという、その機体――あなたのお父さんの意志よ」

「ふざけるなァ! きさま、父上の御意志を騙るなぞ……! ――!? ハッチが勝手に!? くそ、くそ……! どうなってる!?」

「あら、ようやく顔が見えたわね。かわいらしいご息女。……久しぶりねあかつきさん。この瞬間をどんなに待ちわびたか。会いたかったわ。お互いこんな形で再会するとは思ってもみなかったけど」


「……きさま、父上と知り合いか!? いったい何者だ……?」


「この『禍津日マガツヒ』のパイロット・和久わく陽乃ひのと、阿万原あまはら月読つくよみ。2人のだと言えば、利口なあなたならすぐにわかってくれるわよね?」



 ……は!?

 え!? ええええ!?



 ちょ、ちょっと、僕もマジで驚いたんですけど。

 外様とざまの僕でそうなんだから、『八十禍津ヤソマガツ』の阿万原あまはら月読つくよみの驚きは言葉にし尽くせないだろう。

 案の定、モニターごしに映し出された小さな少女から明らかなうろたえが読み取れる。


「は!? う、嘘だッ! きさまがこんなところにいるわけがない! きさまは和寧わねいに逃亡しているはずじゃ……!?」


「そうだね……現在『美名みまな花耶かや』とされるカラダ自体はね」


「なんだと……!? ということはまさかきさま……」

 機体から現れた女性は、コックピットから姿を消したと思えば、瞬く間に機体に寄り添うように外に浮かび上がる。

 『八十禍津ヤソマガツ』上からせり出された幼き少女にも、僕たちにそうしたように、優しくさとすように語りかけていた。

「そう。今こうして『禍津日マガツヒ』に取り付いてる私は、あなたの父上・あかつきさんと同じ。この機体の『セルツェ』として生きている」

「……はっ。出来の悪いヨタ話だ。きさま、我を惑わそうと……」

「あら。父上の存在は受け入れるというのに?」

「……意地の悪い女だな、きさま! くそっ、認めん、そんなのは認めんぞ!!」


 頑として少女は屈しない。

 だがそんないじらしいほどの勇敢さも、僕からすればもう痛々しくて見ていられない光景でしかなかった。

 もはや阿万原あまはら側の敗北は火を見るよりも明らか。ムダな抵抗はやめて大人しく降伏してほしい。



 ――その想いは、どうやら彼女以外は同じだった。



『ありがとう。たった独りで、ずっと戦ってくれて。でも、もういいんだ』

 聞こえてきたのは、幾度となく聞き流しながらも耳に残っていた声。


「……父上」


『ずっと苦労をかけた。お前を置いて先立ってしまった愚かな父を許してくれ』

「そんな……苦労だなんて……! そんなこと……ずっと、父上のために……」

『いいんだ。お前は充分頑張った。……これからお前自身の人生を生きるんだ。我々先立った者たちの過去を背負う必要なんて、ないんだ』


「なりません! 我には……我にはこの生き方しか……!」


『……この人たちについて行きなさい。そうすれば、必ず、見つけられる』


「嫌だ!  ……さっきまで互いに武器を向け合っていたヤツですよ!? いくら父上の言葉であっても……」


『……花耶かやちゃん。久しぶりだね。お互い、変わったものだ』

「……ええ、本当に、ね」


「父上……!?」


花耶かやちゃん……ぼくは君にもずっと謝りたかった。本当に……取り返しの付かないことを……』

「あーあー。そういうのなし。結局私が選んだ道だもの。あなたのせいじゃない」

『相変わらずだな。いっそののしってくれた方が心が晴れるのに』

「あれぇ~? キミ、そういうのが趣味だった? 私がそっちも目覚めさせちゃった?」

『……お前なぁ……ふっ、そういうところも、相変わらずだ』

「そうよ。私達に辛気くさいのは似合わない。それに、あなたのおかげで、こうして娘たちにも出逢えた。どんな形で生まれた命であれ、たくさんの子の成長を見届けられて、今は幸せだよ」

『……そうか。そうだな。本当に、そうだな……』

「そうよ。私達で成し遂げられなかった幸せは、この子たちに……」


『そうだね。花耶かやちゃん……こんなこと、虫がよすぎる頼みだけど――……娘をどうか、よろしく頼む』


 コックピットから少女が無防備に投げ出されるとその周囲を穏やかな光が包み、花耶と呼ばれる女性の側へとふわふわと運ばれていく。

 光の中の少女は何かを叫びながら必死にもがいているようだったが、その声はこちらに届かない。


「……わかったわ。……行きましょう」


「え? ど、どこへ?」


 突然こちらに振られて間の抜けた返事になってしまった。


 も、もういいの? もっと、その――別れの言葉とか……


「……『和寧わねい』へ。そこに私のもう一組のこども達がいる」

 ああ、これはまた僕は蚊帳かやの外のパターンだ。どうこう言ったって絶対向かうヤツだ。


 そこでもまた厄介な事に巻き込まれるんだろう。



 でも僕にはもう不安はなかった。



 こう言ってしまうと不謹慎かもしれないけど、今はもうこの人たちの進む道がどんなものなのか、見届けたくてワクワクが止まらないんだ。


 もちろん傍観者としてではなく、当事者として。


 陽乃ひのちゃんもそれが不可避の道だと悟り、覚悟を秘めた表情でうなづく。

「……それがママの示す道なら、わたしは」

 すでに僕たちの心は決まっていた。


 阿万原あまはら月読つくよみを搭乗席に迎え入れ、彼女が『すべてのはじまりの島』と言った、あのすすけた地を飛び立った。


 あの島を赤い爆炎が包んだのは、それから間もなくのことだった。


「父上ーーーーーーーーーーッ!!!」


「さよなら……私を愛してくれた人」

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