Ⅲ-3 INTRUSION

 僕は陽乃ひのちゃんと我が家を発ってしばらく、どこかもわからぬ空を進んでいた。


 お互いに会話はない。


 あの時以来となる外出がまさかこんな機体に乗りながらハイウェイという形になるなんて、予想だにしていなかった。

 雲がかかった空であっても、その奥に確かな青さが窺える。

 この先僕を待ち受ける運命に危険を感じてないわけはないけども、色々と諦めたことで吹っ切れた。


 どうしようもないのなら、せめてこのそうそう体験できそうもないバーチャルリアリティのゲームのような情景を楽しみ尽くそうじゃないか。と、そんな具合に不思議と割り切れている。


 ……まてよ!?


 ……もしかして、この空を飛んでいるこの状況全体が、手の込んだMCDの幻想なんじゃないか?

 んでこれはよくできたゲームの世界の話で、最後に「はいこれ全部機械が見せた幻でしたー! びっくりしたでしょ?」っていうドッキリ仕掛けのオチなんじゃないだろうな……?


 だとしたらずいぶん出来の悪いシナリオだけど。



 どれだけ飛行していただろうか。揺りかごのようなコクピットの中で、ゴウンゴウンと脈打つ機械の動作音だけが支配していた沈黙を、陽乃ちゃんが破った。

「……着きましたよ。『時を刻む国』の首都といわれる『極東京きょくとうきょう』に」

「え? ……着いた、っていったって……」


 元々大した高度を飛んでいたわけじゃないけど、地上の姿がどんどん鮮明になっていってるけど、そこにあるのは本当に小さな島と、わずかに舗装された道。

 人の気配の消えた廃墟、その中央に大きくそびえ立つくすんだ工場。


「ははっ、これが? まさかこんなちっぽけな島が、あれだけテレビで言われてた『時を刻む国』だなんて」


 人口を急激に拡大させた超近代化都市。


 そんな宣伝文句など微塵も感じさせない。華やかさも現代的なカッコよさもない、旧世紀じみた遺物。本当に、これが――!?

  いや、実態を誤魔化していたといったって、これはいくらなんでも……。


「あれが実態です。『時を刻む国』が喧伝する『極東京きょくとうきょう』もなければ、太平洋上で世界を支配する帝国も最初からないんですよ」


「……」

 言葉を失った。まさかこんなに、しょぼいものだったなんて。こんなしょぼいものに、僕は人生を預けるほどの信頼を寄せていたなんて。


「この『禍津日マガツヒ』の力があればこんなところ、すぐに制圧できる。降りますよ」

 僕は返事できなかった。


 『マガツヒ』という名前らしいロボットが島の地を踏む。

 かと思ったら突然屈み込んで何やら海にチューブのようなものを差し込んだようだった。

 何をしてるのだろう? 水汲み? ……飲み水にでもするつもりか?


「……準備完了。さあ、乗り込みますよ」

 乗り込む、って、昔の動画で見たあの旧世紀じみた工場みたいなところに?

 そこまで進んでいくのを目で追っているけど……それにしてもこの島いくらなんでも人の気配がなさすぎないか?

 そんな場所を世界有数の都市と嘘つくだなんて、無茶すぎる。すぐにバレるだろ……!?



 ……まさか。



 いや、そんな荒唐無稽こうとうむけいな。


 僕みたいなヤツ1人だけならまだしも……でも、この状況を説明するにはそれしか考えられない。


「MCD……」


「そうです。『時を刻む国』は、大野様――あなたにしていたのと同じように、テレビなどのあらゆるメディアを通じて、全世界の人にMCDによる幻想の風景を見せてあざむいていた。まるで強大な力を持っている新興の国家が全世界を支配しているように。またそれだけの国力があるように。……実態はなくてもいいんです。ただそういう国がある、と信じ込ませることだけが目的なのですから」


 いやいやいやいやバカげてる。設定がガバガバすぎんだろ……。


 いくら世界が混乱しているといっても、こんなロボットとかがあるんだろ?

 四方に海しかなく隔絶された島だといっても、飛行機や船、衛星……いくらでも捕捉できるだろう。

 なんでこれまでそんな嘘が平然とまかり通ってたんだ!? おかしすぎるだろ!?


「要は初めからグルだったんですよ。謎の国家が世界の『脅威』として存在している。それによって得をする勢力がいるということです」


 ……??? 話が見えない。


「……これ以上説明してる暇はなさそうですね」

 いつのまにか周りを、1、2……合計3機のロボットが取り囲んでいた。

 僕たちが乗っているものとはまるで違った外見だけど……敵、なのか……!?

 これってかなりまずいんじゃ……!?


「お、おい……囲まれちゃってるよ。大丈夫なの!?」


 僕からすれば絶体絶命のピンチにしか見えないけど、どうやら僕の前方に座っ

ている女の子からしたらそうではないらしい。


「3機、ですか。……こんなの、ウォームアップにも入りませんよ」


 少女の代わりに余裕綽々よゆうしゃくしゃくと応えたのは、何もない空間から突如として湧いて出た阿万原あまはらこよみだった。

 プログラムが当然の結果とばかりに発したその言葉の意味を、僕はすぐに理解する。


 僕たちに向かって右腕をかざしたかと思ったら、うち2体が同時に仲間であると思われる1体の方にすぐさま狙いを変えて十字砲火を浴びせたのだ。

 完全に無防備なまま1体が目の前で撃沈していった。


「こいつら、仲間割れか!? ……いや、違う。これは、同じだ……あの時と」

「そうです。……あの『大率タイスイ』も『阿万原あまはらこよみ』による制御で動いていますから。あの程度が3人並んだってまな板の鯉。わたしにみすみす持ち駒を与えるようなものです」


 僕にはその笑顔がひどく不気味に映った。

 和久わく陽乃ひの……とんでもないこどもだと思ってはいたけど……

 自意識を持ったプログラムを3体――いやここにいるものも含めたら4体か。それを同時に思いのままに操るとか……どんな頭の構造をしているんだ。

 たやすく人智を超えてみせるこの子、本当に、人間か……!?


 ……ふふふ。ははははは。


 空恐ろしい子ではあるけど……味方でいてくれるうちは百人力だ。

 せいぜいここで彼女の望みをかなえたあかつきには末永く僕を守っていってもらおうじゃないか。


 ともかく、僕たちは労せず敵の本拠地である工場跡地へと辿り着くことができた。

「……この程度ではわたしを止められませんよ。そろそろ出てきてはいかがですか、阿万原あまはらさん?」


 陽乃ひのちゃんはこの廃屋の主へ向けて呼びかけた。

 何が来ても軽くいなすと言わんばかりの余裕ぶりだ。

 とはいえ、相手は腐っても世界の統治者とも目される男――これが慢心とならなきゃいいけど……。



 嫌な予感はすぐに現実のものとして飛来した。



 丸い形をしていただろうか、目にも止まらぬ速さで何かが僕たちに襲いかかる。時すでに遅し、その何らかの物体にぶつかり爆発――その衝撃でバランスを失い倒れてしまった。


 初めて経験する鈍い衝撃――やや遅れて痛みが襲いかかる。


「んぐあぁぁあぁーっ!!」


 こんな状況でも叫んでいたのは僕だけだった。

 一方の陽乃ひのちゃんは唇を噛みしめ次の攻撃に備えているようだった。


 だが、目の前には絶望的な様子が映し出された。


 先程激突してきたと思われる、幾多もの丸形の大きな塊が、自らの存在を誇示するかのように僕たちの頭上を浮遊していたのだ。



 なんだこれは……!? UFOかなにか……!?



 そのうち2つだろうか、追い打ちとばかりに突進してきた。

 なんだよ雑魚陽乃ひの、自信満々のような感じだったのに、早速ピンチじゃないか。どうなってるんだよ!? ああほらまた激突する!

 未知の恐怖に思わず目をふさいだ。

 派手な爆発音がした。


 ああもうダメだ、死んだ、僕死んだ。


 ――なんてことを意識できるということは、生きながらえた、ということなのだろう。

 目を開け左右を見渡すと、先程味方に付けた(?)『大率タイスイ』だったかが砲門があるてのひらを突き出していた。

 その隙に機体を起こし、距離を取って態勢を立て直していたらしい。

 流石というべきか、まったく陽乃ひのちゃんは切り替えが早い。


 だが、目の前の絶望はなお厳然としている。どうする、つもりなんだ……!?

 僕なんかに考える暇は与えられようはずもなく、今度は一斉に襲いかかってきた。


「うわああああどうするんだよ! 死ぬぅぅぅう!」


 陽乃ひの狼狽うろたえる僕を今更気に留めることもなく、「こよみ、サポートを」とだけ、ボソリと呟いた。

「――了解。セルツェ改・システム『真人マヒト』とリンケージ。軌道予測、各個撃破します」


 すぐに阿万原あまはらこよみび出されたと同時に、僕たちの機体周囲にも数十は下らないほどのUFOのような浮遊体が、ビームのようなもので迎撃する。

 いくつかの浮遊体は撃ち落としたが、大部分はそれぞれの動きで個別に意識を持っているかのようにサラリとかわしていく。


「……なんだこれ!? ひとつひとつが生きてるみたいだ……!」

 周囲をせわしく飛び交う虫のようで、気持ち悪いヤツ……!


 そんな嫌悪感を感じ取っていたが、その正体は僕も知っているものだった。



「そうだよ、裏切り者!」



 敵の浮遊体から浮かび上がるのは無数の小さい人の姿――……

「……阿万原あまはらこよみ!」

 え、でも今ここにも――!?


「ひとつひとつが私であって、私ではない。お得意の乗っ取りもこれだけ多ければできないでしょ!?」

 おのれ、ちょこまかと……正体がわかってからなおのことキモいわ!


 ……つまり、無数のプログラム・阿万原あまはらこよみを相手しなければならないってことかよ!? ……いくらなんでも無理ゲーすぎだ……

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