Ⅲ-2 最前線

 ――2047年。『時を刻む国』首都・極東京きょくとうきょうの我が家にて

  

 時は少し前に戻る。

 僕はその日もモニターの向こうのネット空間で遊んでいたわけだけども、以前のように没入はできなくなっていた。

 あの日、メイド服の少女・陽乃ひのちゃんから色々なことを教えられてから、何を信じたらいいのか、わからなくなっていたからだ。



 僕のいるこの場所は本当に『時を刻む国』とかいうところなのだろうか。



 それともあの子の言うとおり、そんな国に連れてこられたなんて荒唐無稽こうとうむけいで、本当はどこにも移動なんかしておらず、日本にいるままなのだろうか……?


 どちらの話にしても、はっきりとは納得できない。


 テレビやネットでは『時を刻む国』がめざましく発展していると映像付きでアピールされている。

 そのさまはシンガポール、香港以上の巨大都市地域の様相であり、確かに驚き目を見張るばかりだが、あんな話をされた後では「この映像はニセモノでは?」とつい勘ぐってしまう。


 だけど、陽乃ひのちゃんの話にしても信じられない。


 なんせただの幼女が言ってるだけの話で、ネット上にも一切ソースもない。

 普通どんな情報でも隠蔽しようとすれば必ずほころびが出るはずなのに、あの子の話を裏付けるような事実は、どこからも見いだせなかった。

 あの日コンビニへ行った時の風景、そしてぼくの不自然な預金残高にしても、何かの間違いでそうなっているだけなのかもしれない。

 小さな子が考えたにしてはよくできたものだが、この長い間引きこもってて世間知らずな僕をからかっているだけ、とも思えてならなかった。



 だが、わかっていた。



 こんな風にウジウジ悩むより、ただ一歩外へ出ればいいだけの話なのだと。

 ただ町へ出て、町の様子を散策するだけで、どちらが本当なのかはっきりしそうなのは、僕にもわかっている。


 でも実際のところ、本当のことを知るのは怖い。


 真実なんて知らなくてもずっと生きられるんだったら、もうそんなの必要ないじゃないか。

 ずっと宙ぶらりんで、このままかわいい女の子に世話されて生きていけるのなら、もうそれだけで充分じゃないか。


 そんな生活が続く保証なんてないじゃないか、って言われるかもしれないけど、どのみちどう生きていたってある日突然死んでしまうこともあるわけで。


 明日どうなるかなんて誰にもわからないんだ。楽な方に生きて何が悪いんだ。


 僕はついこの間まで、勝ち馬に乗れたと思い込んでいた。

 だけどほんのちょっと、僕よりもずっと年の離れた女の子に揺さぶられるだけで、こんなにも不安に押し殺されそうになるなんて。

 もしかして僕はもう取り返しの付かないところまで来てるんじゃないか?

 そんな思いばかり頭をもたげてくる。


 ……ダメだな。


 前みたいな後ろ向きな引きこもりは卒業して高等遊民になったはずなのに。

 モニターの電源を切り、ベッドに入った。

 ……こういうときには寝るのに限る。夢の中でだけは、嫌なことを考えなくもいいから。

 ……だが、僕だけで完結しない世界は安眠を許してくれなかった。


「……もうお昼ですよ。起きてくださいませ、『ご主人さま』」


 聞こえないふりを決め込む。なんだよ、この間は自分からメイドになった覚えはないと言っておいて。何を考えているのか、わからないよ。そんなだからますます不安になるんじゃないか。


「ほら、起きてください。睡眠は大事、といっても取りすぎはかえってお体に障りますよ」


 その声の主である少女はベッドの毛布に手をかけ、ゆさゆさと起こしにかかってくる。


 ……今日はゆっくり寝たい気分なんだよ。


 僕の体なんかどうでもいいから、君の体を触りたいもんだけどね。

 ……などとセクハラおやじのようなことを口走りそうになって、やめた。


 ともかく、眠りに落ちているフリを続ける。そのうちいつもみたいに諦めて部屋から出て行ってくれるだろう。

 ――と高をくくっていたけれども、今日はずっとベッドの側から離れようとしない。


 ……発情期かな?


 とかいうゲスの勘繰りはともかくとして、なんだかいつもと様子が違うということはすぐに感じ取れた。


「――今日は起きてもらわなければ困るんです。今日は、今日だけは。あなたにとってはなんでもない一日であっても、わたしにとってはこの瞬間しかない。起きてください」


 そんなこと言われても。

 うちに終日住み込んでるメイドに都合もクソもないだろう。

 どうせ僕を起こすために大袈裟に言ってるだけに違いない。


 だが実際は僕の想像していたよりもずっと切迫していたようだった。毛布を取り上げられてしまい、寒さで思わず縮こまる。


「寝たふりは終わりにしましょう。わたしと一緒に来てもらいます。……引きずってでも連れて行くので、そのつもりで」


 ……シラを切り通すのも限界、か。観念して起き上がる。直接気だるさをぶつけるまで。


「……うるさいなあ。いったいどこへ行くと言うんだよ……」


「『時を刻む国』ですよ」


 僕はやれやれ、といった溜め息で応じる。心底面倒臭そうな予感しかしなかったからだ。


「独りで勝手に行ってくれよ。僕はもうこの家から一歩も動きたくない」

「そうはいきません。あなたにも行っていただかなければなりません」

 僕はわざと少しトゲのある言葉を選ぶ。

「なんで? いちメイドが僕に指図するの?」

「あなたに雇われたわけじゃなければメイドでもないと前に申しましたけど?」

 売り言葉に買い言葉、か。

 僕は睡眠を邪魔されたということもあり、すごくイライラしていた。


 僕の持つ最後のカード――陽乃ひのちゃん自ら僕に託した、父の形見のようだとかいうネックレスのことがちらつく。

 アレを壊しちゃおうかな~? と脅しをちらつかせれば黙るのかもしれない。


 ……だけど、流石に小さい女の子相手にそれをするほど落ちぶれたくはない。


「と、ともかく、僕はもう一生外になんて――」


 そう言おうとするが早いか、何もないところから小さなドローンのような浮遊物が頭上に現れた。

 こ、こんなもの、どこから――!?

 その浮遊物に取り付けられている小さな砲身が、カーテンの隙間から差し込む光を不気味に反射していた。

「一刻を争うんです。最悪手足の一本くらいもぎ取ってでも連れて行きます」


「は、はは。手足の一本って。陽乃ひのちゃんも冗談キツいなぁ。戦争じゃないんだから……」


「戦争なんですよ」


 陽乃ひのちゃんはその幼い顔に似合わぬ悲壮さで、即座に言い切る。


 ……なんだかキナ臭そうな子だとは思っていた。

 僕よりも一世代以上離れた幼女が、あまりにも国のこと、政治に詳しすぎる。

 僕がその手のことに疎かったとしても、彼女が年相応のレベルをはるかに超越していることくらいはわかる。

 僕に直接手を出さず、そのままメイドとしてだけいてくれるなら別にいいかと詮索することもしなかったけど、どうやら甘すぎたらしい。

 ……冗談じゃない。僕は一生、ここでのんびりとゆるやかな人生を送るつもりだったんだ。他人が持ち込む厄介事なんてまっぴらゴメンだ。


「ぼ、僕には関係ない! 戦争だとか、知ったこっちゃない! 僕を巻き込まないでくれよ!」

「……諦めてください。あなたは、戦争の当事者なんです。それも、最前線の」


「は? ……最前線? ここが!? この、ありふれた一軒家が!?」

 おもむろに陽乃ひのちゃんが窓を全開にする。

 そこに映し出されたのは、昔アニメで見たような、巨大なロボットが浮かんでいる姿だった。



 ……な、なんだこれ……!?



 僕は今、本当は夢の中にいるんじゃないか?

 それとも、これもMCD――マルチコミュニティデバイスが生み出した幻想なんじゃ……!? 見透かしたように少女はまた続ける。


「これはMCDの幻想なんかじゃありませんよ。――さあ行きましょう大野様。あなたがわたしと、幻想を打ち砕くんです」


「や、やだよ。……もうどうだっていいよ、僕を巻き込むなよぉ!」


 もうこんな所には1秒たりともいたくはなかった。

 以前のように、僕は逃げ出す。

 だが頭上に何やら小さな浮遊物が現れたと思えば次の瞬間には光の障壁に閉じこめられてしまった。


「……」


 どんな原理なのか、聞くだけ意味のないことのように思えた。

 僕の心は前のように完全に折れてしまった。



 そうだよ、これまでだってそうだったじゃないか。



 そうして、何もかも諦めていったんじゃないか。流されていくだけ流されていようじゃないか。

 流されているんじゃない、主体的に、何もしないことを選んでいるだけだ。

 僕を包む光の進むままに、ロボットのコックピットに吸い込まれていった。


 なし崩しにコクピットに座らされたが、どうしたらいいのだろうか。まさかこれを動かせとか無茶ぶりしないよな……?


「安心してください。あなたはそこにいてくださるだけでいいですから」


 ――そんな心配すらもお見通しと言わんばかりだ。


 しかし、何もしなくてもいい、というのは裏を返せば余計なことはするんじゃねぇぞと言ってるのと同義。はいはい、わかったよ。邪魔しなきゃいいんだろ?


「もとより何もするつもりはないよ。……何を企んでるか知らないけど、すぐ終わらせてくれよ」

 小さい女の子に流されるがままというのが気にくわない。

 何よりこんな悪態をついてしまう、自分自身が。


 くだらない自尊心をよそに僕たちが乗ったロボットは大空へと飛躍する。


「悪いようにはしませんよ。ゆるやかに死を待つだけの、今よりはね」


 『時を刻む国』とかいう場所へ向かうのだろうか。

 どの方角へ向かっているのか、わからない。わからなくてもいいのだろう。

 僕はここでまた、考えるのをやめた。

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