第Ⅲ章 時を刻む国 あるいは廃人の妄想

時を刻む国編

Ⅲ-1 集結と新たな火種

 ――2047年。釜山プサン海雲台ヘウンデビーチ


「逢いたかった……ずっと逢いたかったよぉ……パパぁ……」


 突然初めて逢ったばかりの少女にこんなことを言われて、もしかしたらぼくはこれまででいちばん混乱しているかもしれない。

 しかしそれは、すぐそこで後ずさりした2人の少年少女にも言えることであったらしい。


「あ、あなたは……『原理』の……」


 ずっとぼくたちの戦いを目の当たりにしてきた2人――ユリとアルジ。


 小さくかわいらしい少女――というぼくのイメージとは相反する、畏怖のようなものを感じているのだろうか、2人は明らかに青ざめていた。

 ぼくにずっと抱きついている少女は、一転して不機嫌な様子を見せる。


「……折角感動の再会に浸っていたというのに、水を差さないでくれますか?」

「ひっ、す、すみません……」


 ぼくや那美ナミ、ママ――美名みまな花耶かやひるむことなく対峙たいじしてみせた少女・ユリのこのおびえ方……明らかに年少者に対するものじゃない。異常だ。

 少女はきつく抱きしめていた両腕をほどき、少しぼくから身をいて、溜め息をついた。


「はぁ……まぁいいです。遅かれ早かれ説明せねばならぬことです。ああ、あと

そこの2人。そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。あなたたちをどうこうするつもりはありません。わたしはもうその組織の一員ではないですしね」


「……『原理』って?」


 ぼくは恐る恐る問いかける。

 ひょっとしてこんな小さな子でも、敵なのかもしれない。

 ……今更のように簡単に懐に入られてしまったことに危機感を抱いた。ぼくは思わずその子を引きはがす。


 ぼくのことをパパと呼んだその子は、少し悲しそうに、淡々と低い調子で答えた。


「ありきたりに、ひどく俗っぽく言ってしまえば――世界を裏から操っている勢力です」


 ぼくは身構えた。

「……キミはそんな組織の1人、だったと」


 嘘か本当か、そんなことよりも――


 まだぼくたちを利用しようとしている新たな勢力があることに間違いはなさそうだ。

 まったく……心が本当に安まるのは、いつのことなのか。


「……そう過去形です。今この瞬間の尊さに比べたら塵ほどの価値もありません。パパと逢うことができた。今この瞬間のために、わたしは生きていた。心から、そう思えるんです」


 ぼくは距離を取った発言を心がけた。

 パパだとかママだとか、こんな小さな子であろうがダシに使って、家族意識を振りかざして利用しようとしているのかもしれない。


 そう、あのファーシャスタンのように。


 今心を開いていけない。精一杯のぼくなりの防御機制だった。


「そういってくれるのは光栄だけど、こちとら身内をかたられることに関してはことのほか過敏にならざるを得なくてね。キミがただの女の子じゃないなら、なおさらね……何が目的だ!?」


「ま、まま待ってください!」


 ここで、先程までは聞こえなかった新たな声が響いた。

 大人の男性の声だが……その上ずった調子はどこか不相応な若さを残しているかのようでもあった。


「その子の言ってることは本当です。どうか話を聞いてあげてください……!」

 その肌が不自然なまでに白い男性は、足がおぼつかないようであったが、かざしているペンダントを握りしめるその手だけは、力強いものを感じ取ることができた。


「……大野さま」


 この人、おそらく身のこなしからして、ただ巻き込まれただけの一般人に見える。


 視線を合わせることに慣れていないのか、不自然に強ばった目つきだったけど、不思議と悪い人ではないように思えた。

 ぼくらを安心させるためにわざとそうしてるだけかもしれないし、少女の操り人形のコマなのかもしれない。

 だが、ぼくの直感はもう心を開く態勢を整えているようだ。


 それでも、疑念が晴れない以上距離を取った対応でいかざるを得ない。


「……その手に握っているものは?」

「証です。……あなたと、そこの少女――和久わく陽乃ひのの」


「……証?」


「そ、そうです。あなたは陽乃ちゃんの――……」

「それまでです。もういいです。……そこからはわたしに言わせてください」

「……ごめん、出しゃばったマネして。でも僕は……君の役に…」

「……いえ。あなたを選んだわたしは、間違っていなかった。ありがとう」


「……君の名は、和久わく陽乃ひのというのか」

「はい」

「感動的な状況に水を差すようだが、ぼくには心当たりがない。なんせぼくは生まれてからここに来るまでずっと、ナミとパパしか知らなかったんだからね」

「……そうでしょうね。わたしがパパっていうことは一方通行。わかってます。わかって……でも!」


 その少女の瞳は、涙でいっぱいだった。なんの企みも見いだせないほどの、無防備な感情の波濤はとうだった。


「わたしは、パパの……こどもなんです……!」


 すべてを託すように、ぼくに再び体を預けてくる少女。


 ……にわかには信じられない。それは今だって変わらない。


 納得しているわけではないけど、嘘をついているように思うことは、もうできなくなっていた。


「……わかった、わかったよ。もう、わかった……。顔を上げて」


「認めてくれるの? わたしを」

「まだ認めたわけじゃない。けど……」

 ……嘘を言ってるようには見えない。


 それに、さっきの戦闘では助けてくれた。

 その後も、ぼくをどうこうしようと思えばいくらでもチャンスはあった。それなら、ぼくと那美ナミの側にいる子だろうということだけは言えるだろう。

 それなら、敵のようにこれ以上身構える必要はない。


「ぼくは直感を信じるタイプだからね」


 ぼくは少女を引き寄せ、頭を撫でる。

 ……陽乃ひのという名の少女は、ようやく屈託のない笑顔を浮かべた。


 ぼくに今見せている表情は、間違いなく本物なのだろう。


 美花メイファと名乗ったママと、美名みまな花耶かやと名乗ったママ。

 会ったばかりだったけど、どちらもぼくのかけがえない、親だと思えた。

 どんな事情であれこの子にとってぼくがそうなんだとしたら、失わせてはいけない。ぼくのような悲劇を繰り返してほしくない。


 とはいえ、大人だと思ったことのないぼくが、この子にとっての親になると言われてもピンとこないけどね……。そこはなんとか、善処してみせよう。


 安らぎの時間が再び訪れようとしているように見えたその矢先だった。



「『マヒト』との同期開始……セルツェ改システムスタンバイ」


「!? 阿万原あまはらこよみ――!?」

 そうだった。阿万原あまはらこよみ――さっきまで存在を忘れていた。

 もしかしたら意図的に消えていたのか……いや、そんなことはどうでもいい。


 やれやれ、またか……騙し討ちにはすっかり慣れてしまったよ。


 気付けば『ヴォーラ』や金卵のような、浮遊体にみんなまとめて取り囲まれてしまっていたのだった。

 間違いなく、それを操っているのは、さっきぼくらを助けてくれたはずの見知らぬ機体。


 それに対し、ナミが眠ってしまってる以上『セルツェ』を操れる戦力はない。いかに身体能力があろうが、生身の人間が逃げ切れるわけがない。


「……いよいよこれまで、か」


 まあ、よく生き延びた方だったかな。……ママとパパの真相が知りたかったけど、もう、いいかなぁ。


 ――いや、諦めちゃダメだ。さっき誓ったばかりじゃないか。

 悲劇はもうこれ以上、繰り返させない。どうにかするしかない。



 でも、どうする――!?



 絶望的な状況しか予測できないなか、ぼくはそれでもそれでも、と自分を言い聞かせていた時、陽乃と名乗る少女が小さく呟いたのだった。


「……ツクヨミ」 

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