Ⅱ-14 死の舞踏

 ……メイファ、だって――!?


「どういうことだ? どうしてその名前が今出てくる!?  教えろ!」


 那美ナミがユリを血相を変えて激しく問い詰める。

 あまりもの鬼気迫る那美ナミの表情と、さっきのママとのやり取りもあってか、ユリはすっかり動揺しきった感じだった。

「め、メイファ様も乗っていたのよ、私の機体に。あのお方がいなきゃ私達は遠隔操作システムも、合体システムも操れなかった……」


 那美ナミの表情がますます強ばる。悲しみと怒りで自分を見失いつつある。

 ぼくだって正常ではいられてないかもしれないけど、那美ナミはそんなぼくの激情さえ押し殺させてしまうほど、とても危うい――


「……そうか。アイツが……アイツがママを!!」


那美ナミ!?」


 那美ナミはすっかり冷静さを欠いていた。

 ぼくの制止なんて、もう完全に耳に入っちゃいない。


 ただ独り『ラス・カノレ』に駆け乗る那美ナミ

 やめるんだ那美ナミ……ぼくと同乗してないと、また機体に『呑まれる』ぞ……!


「な、那美ナミ……! お願いだ! やめるんだ!」


 コクピットのハッチが閉まる。慌てて駆け寄っても、もう後の祭りだった。


 ぼくという片方の主を失った『ラス・カノレ』は、タガが外れたかのように、一目散に『解慕漱ヘモス』に突進していく。

「……くそっ!」

 ……またぼくは何も、何も!

  ただ状況に流されているだけで、何一つ……!


「……ごめんね、お兄ちゃん。那美ナミは、全部、最初からわかってた。メイファがお兄ちゃんの本当のママだということも……」


 ――!? これは……!?


 この脳に直接響き渡る感じ、機体の通信じゃない。

 すぐ側のユリとアルジには聞こえていないようだ。

 ……まさか『セルツェ』を通じてぼくに直接語りかけているというのか……!?


那美ナミか、那美ナミなんだな!? お願いだ、すぐに機体を降りて――」


 那美ナミに語りかけようとしても、こちらの声、こちらの思いは届いてないようだった。


「だからファーシャスタンに捕まったあの時、お兄ちゃんがあの女のもとについてしまわないだろうか、って気が気じゃなかった。血が繋がっていないってことが知られたら那美ナミは捨てられるんじゃないか、って……」


 違う。そうじゃ、そうじゃない。そうじゃないんだ、那美ナミ……!


 ……そうか、ぼくに『セルツェ』を操ることは、できないんだったな……。

 那美ナミの言葉を受信するだけのアンテナかよ。イズミナギ、お前ってヤツは本当にどこまで……!

 伝えたい。でも、伝えられない。伝えたくてもどかしい。

 どんなに離れてても思いだけは繋がれたらと、今この時ほど思ったことはないよ、那美ナミ……。


「……でも今はよかったって思える。お兄ちゃんが那美ナミと血が繋がってなくて」

 彼女の、次に続く言葉は無力感に打ちひしがれていたぼくを凍り付かせるには充分すぎるものだった。


「お兄ちゃんじゃ、あいつ、殺せないから」



 『ラス・カノレ』が細身の身体に変形していく。

 その色はさながら漆黒の闇に包まれたかのような禍々しさ。


 同じだ。あの時と、全く――!


 ……お願いだ。やめろ。やめてくれ。……やめてくれ……


「メイファァァァァ!!!」

那美ナミ……那美ナミなのね? アハッ」

「殺す! メイファ……お前だけは……絶対に!」


 ナミの『ヴォーラ』を機体正面に張り付かせての一斉射をかわすメイファの『解慕漱ヘモス』。

 コアである『阿莘アシン』がぐったりして動かない状態にもかかわらず、背部に取り付いて残った2機の推進力で、まるで糸でつり下げられた道化人形のように、無理矢理動かされている。

 ぼくの目の前で繰り広げられているそれは、さながら屍と死神の、死の舞踏だった。


「あはッ!  私は美名みまな花耶かやよ。私が、ついになったのよ! この世でただ一人の、ね!!」

「……薄汚い声で那美ナミ達のママをかたるな!」

「私が、美名みまな花耶かやなのよ! ねぇ那美ナミ! そうでしょう? あははッ!」

「黙れ、狂人!」

「あなたがそれを言えるの!? 」


 ――わずかな観衆と化してるぼくから言わせれば……狂ってるよ。何もかも。

 ぼくの絶望なんてお構いなしで互いに感情のまま遠隔兵器をほとばしらせる2人。

「……あはっ、那美ナミも身を任せちゃえばいいのよ。所詮狂気だとかは他人が測る物差し。そんなものを気にするだけムダなのよぉ、あははッ」

「気持ち悪……ッ」

「どうしたの那美ナミ!?  前に逢ったときと比べて、キレがないわよ。さしものアナタも動揺を隠せないようね!? 私を殺すんじゃなかったの!? あはッ!」


 安い挑発だ。


 でも確かに、ファーシャスタンでやり合った時には容易にメイファが起動させたシステムを乗っ取れたのに、今はどうだ。

 それどころか、メイファの放つ『解慕漱ヘモス』の金卵の前に押され気味になっていた。


「ナメるなあーーーーーーー!!!!」


 絶叫と共に那美ナミの動きが明らかに変わる。

 直線的、けれども目で追うことはもはやできないほどに俊敏。

 まさに野生――完全に感情に呑まれてしまったかのようだった。


那美ナミ……」


「そうよ!それでいいのよ、那美ナミ! 殺し合いましょう――あなたと私、その存在を懸けて!」



 もはや人間同士の闘いではなかった。



 ――短い戦闘の間だけど、ぼくにはわかってしまった。

 もうぼくのママは帰って来ないということを。

 ぼくのママだという存在は、もう、ここにはいないということを。

 いるのはただの、マシンのシステムに呑まれて廃人のようになってしまった、可哀想なパイロットだけだ。

 那美ナミも実の血の繋がった母親を失ったんだ。本人が言ったとおり、ぼくのママも、その時一緒に、死んだんだ。そうとでも思わないと釣り合いが取れないじゃないか。


 でも、那美ナミまで引きずられちゃダメだ……!


 美名みまな花耶かやとメイファ――西王林シーユイリンと何があったのかは知らない。

 もしかしたら、絶対に許すことのできない恨みがあるのかもしれない。

 でも、お願いだから、次代のぼくたちを巻き込まないでくれ。


 那美ナミまでぼくから取り上げないでくれ……!


「ィいわァ……でもォ、素直すぎィ」


 『ラス・カノレ』の正面切った突撃を待ってましたと言わんばかりの、意表を突いた迎撃だった。

 完全に『解慕漱ヘモス』腹部装甲にめり込んでいた『瑠璃王の剣』を、強制的に引き抜き再度飛ばしてきたのだ。

 今度は逆に『ラス・カノレ』の胸部装甲に刺さってしまい、大きな地鳴りのような音を立てて倒れてしまう。


「うっ……」


 刺し貫かれいびつな形で空いた『解慕漱ヘモス』の損耗そんもう部位が露わになる。

 思わず目を背けた。

 こんな姿を……こんなの、あんまりだよ……。


 でもそんなことを言っていられない。那美ナミは!? 那美ナミはどうなった……!?


 醜悪すぎる光景にも気持ちを踏ん張らせて目をやると、『解慕漱ヘモス』が『ラス・カノレ』全方位に遠隔操作ユニットを配しながら、見下すようにして立ちふさがっていた。


「……イズミ那美ナミ。ありがとう、最高に楽しかったわ。あなたを殺すことで、アイツの痕跡を消すことができる。そうすれば、私は完全になれる。長かった……でも、これで、ようやく……」



 ナミぃぃぃーーーーーーーーッ!!



 ……だがその遠隔操作ユニットが那美ナミを撃ち抜くことはなかった。

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