Ⅱ-13 交わした握手に託して

「……っざけんなァ! 貴様ら、よくもオンジョをォオォ!」


 怨嗟えんさ嗚咽おえつが鳴り響く。今ここは非情な戦場であり、理不尽渦巻くまさに『戦闘』中であることを否が応にも自覚せずにはいられない。

 『解慕漱ヘモス』中央部『阿莘アシン』が沈黙してても取り付いていた両翼の機体は独立して動けるらしく、こちらから見て機体左方、『実聖《

シルソン》』のビーム砲がこちらに照準を合わせる。


 だがこちらに構えたのを視認した次の瞬間には、『ラス・カノレ』コクピットの上方、右肩部からの砲撃によって跡形もなく爆破されていた。


 あれは……那美ナミだ。


 『天浮橋アメノウキハシ』から変形した時、大矛『天瓊矛アメノヌボコ』となる装甲部以外の砲身や操縦桿などは『ラス・カノレ』の肩部に取り付いていたのだ。

 分離変形する『ラス・カノレ』サブユニットとしての真価が発揮されたといえるだろう。


「くそっ、ちくしょォ……オンジョ……ぅぅ……あぁあぁぁ……」

「……わかったでしょう? もうあなたたちには万に一つも勝ち目はない。命を無駄に晒すこともないわ。大人しく投降しなさい」


 少しの沈黙が続いたのち、もう一人の生き残りである『ユリ』が声を発した。


「……わかったわ。悔しいけれど、これまでね。投降するわ」


「お、おい、ユリ……! お前!?」

「……その代わり、条件があるわ」

「……何かしら?」


「こちらに降伏を勧めるのなら、あなたがまずは機体を降りてください、美名みまな花耶かや女史。同乗している2人もね。そうしたら、私達も投降しましょう」


 この条件を聞くや否やすぐさま猛反発したのは、那美ナミだった。


「ママ、こんな奴の要求に従う必要はない。那美ナミは、反対だよ。こんな奴、さっさと殺――」


 ナミの幼いが故の冷酷さは、時々ぼくでさえ肝を冷やすほどだ。

 ママはこれまでになく強い調子で那美ナミを諫める。

「それ以上は口を慎みなさい、那美ナミ

「で、でも……」


「ナミ」


「……ご、ごめんなさい……」

 さすがの那美ナミもママのあまりの語気の強さにたじろぐ。まさに母にきつく諭されたこども、と言ったありさまであった。


「……ナギには話したけど、阿万原あまはらあかつき率いる『時を刻む国』に対抗するためでもあるのよ。それには和寧わねい、ないしファーシャスタンの戦力を完全に削ぐわけにはいかない。今はわだかまりもあるかもしれない。だけど秩序無き時代にこそ、お互い力を合わせなければ、私達の勝利はないわ」


 ママがコクピットから立ち上がり、ハッチを開く。


「ママ! やめて……! お願いだから、降りないで……!」


 美名みまな花耶かや――ぼくのママは、意志の強い人だ。

 それは少しの間共に過ごしただけでも身に染みて感じることだ。

 ぼく達がどうこう言っても信念を曲げることはないだろう。


 それが誇らしくもあり、危なっかしくもある。


「願わくば憎しみの連鎖ではなく、未来への連帯を、歩み寄りの握手を。そのためならこの程度の約束、どうということはないわ」


 かくしてその人はコクピット昇降用のワイヤーで、先程まで激戦を繰り広げ瓦礫がれきで荒れ果てた地表に降り立つのだった。


「……いいでしょう。次はナギ那美ナミ。あなた達が降りる番です」


「……あなた、どっちが敗者だと…那美ナミに指図するな」

「少しでも私やアルジに変な行動があったら撃ち抜いてもらって構いません。……それでもご不満ですか? 宇宙そら御子みこ

「ふん……ママが止めていなければ、お前など」


 渋々ではあるが、那美ナミもまた右肩部の操縦席から地上に降りてくれた。そのことを確認したぼくも程なく土を踏んだ。


「確かに。それではアルジ、あなたも」

「……ユリ、本当にこいつらなんかに……!? オンジョの仇を取りたいと思わないのか……!?」

「アルジ。私達はこの人たちの匙加減ひとつでいつ死んでもおかしくないのよ」

「俺は命なんて惜しくはねェ! ユリ、お前だって――」

「命をなげうつことと、命を投げ捨てることは違うわ。……オンジョの死をムダにするつもり?」

「……ちッ、わかったよ」


 2人の男女が、同時に降り立った。

 少し年上という程度だろうか、長身の少年――彼が『アルジ』で、緑髪の小身の美少女が『ユリ』。

 ……これがさっきまで命のやり取りをしていた相手……。ママとユリと名乗った少女が相対する。


「……ずいぶん幼い子達が戦わされているのね」

「それはお互い様ではないですか? 美名みまな花耶かや女史」

 ママは苦笑いする。

「それはそうね」


 そしてどちらともなく、それぞれ右手を差し出し、握手を交わす。

 これが小説や映画ならさぞかし感動的なシーンなのだろう。けれどじりじりとした嫌な予感がどうしても胸を締め付ける。


「……手をたずさえてくれて、ありがとう」


 ママが見せる穏和な笑み。迷いも何もかも吹っ切ったような、澄み切った笑顔だった。


「あなた達からしてみたら、私の言うことなんて口先の平和ごっこのようだったでしょう。……ごめんなさい、そして、ありがとう」


 ママの両手はなおのこと力強く、小さな少女の手を握りしめる。


「……!? あなた、まさか気付いて……!?」


「それがどんなに嘘にまみれた手だとしても、私は嬉しい。願わくは私の手の温かさを覚えていて。私のこのかりそめの命なんかのために、あなたは死んじゃダメ。生きて。少しでも、長く――」


 そう言ってママは握手を振りほどき、力一杯ユリを突き飛ばした。

 ぼく達がそれを認識できた時には、辺りは既に砲撃の雨霰に包まれた。

 ぼく達やユリ、アルジ達は『マッカ』の傘に護られた。



 ……砲撃の雨が止んだときには、すでにママは、ママの姿ではなかった。


「ママ……!?」


 ぼくと那美ナミは呆然と立ち尽くした。


 短い間ながらママと過ごした情景が事細かく脳裏を行き交う。

 パパが話してたママについての断片と実際に逢った印象とがパズルのピースのように、どんどんめ合わされていくようにも感じられた。


 反芻はんすうされる記憶と、あまりに短い思い出。


 だがユリと名乗る少女から発せられた名前が、ぼくと那美ナミを急激に現実へと引き戻したのだった。


「メイファ様……」

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