Ⅱ-10 母と子、心重ねて

 ぼくと花耶かやさんの2人は、拠点となっている建物から少し離れた砂地に地べたで座り合う。


「……さて、なかなか時間が取れなくてすまなかったね……色々と、聞きたいことが、あるんでしょう?」


 ……やれやれ。見透かされていたのはボぼくの方なのかもしれないな。


「……ええ。できれば那美ナミがいないところで聞きたいこともありましたしね」

「ほう……なにかな?」


「……あなたは、本当にぼくのママなんですか?」


「……そうね。それに答える前に私からちょっといい?」

「なんです…?」

「私はあなたのママ――そう言い切ってもいいんだけど、聡明なキミだから、おそらく子供だましだと見抜いてしまうでしょうね」


「……その言い方、じゃあやっぱり……」


那美ナミは私のことを受け入れてくれている。でもキミはどうしても拭えないほどの違和感を抱えているはず。違う?」

「……はい」

「真実が知りたい? それとも、妹の望むまま、キミはその違和感に嘘をつき続ける自信がある?」

「……卑怯な言い方ですよ、それ」

「ごめんなさいね。でも、私はキミがどう選ぶか知っているから」


「……ぼくは、真実が知りたい」


「そう言うと思ったわ。……キミは強いからね」

「買い被りですよ、ぼくは…」


「そうね。これは私のワガママなのかもしれない。私が話したいだけなのかもしれない。実のところ、キミにすべてを背負わせて、楽になりたいのかもしれない。でも今夜くらいはワガママに付き合ってもらっても、いいかしら……?」


「……」


「……って、こどもに言うセリフでもなかったわね。さっきのは忘れて」

「……はい」


 花耶かやさんの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。ぼくはそれに気付かないふりをした。


「素直なのね。ありがとう。そういうところは、エトリーにそっくり」

「……そ、そうなんでしょうか」

「……キミからはエトリーの面影を確かに感じられる。だから、血がつながってるとかどうとかなんて、結局大したことないのよ」


「……そうですか。やっぱり……」


「結論から言うわ。ナギ、キミは遺伝上私のこどもじゃない。私、そして那美ナミとも血が繋がっていない」


「……そ、そうですか。ということはやっぱりあの人がぼくの――……」


 でも、考えてみたらそりゃそうだ。

 疑問に思っていても絶対に口にすることはなかったことだ。

 

 つまり、なんとなく、お互い察していたんだ。

 

 それを口にした途端信じていた全てが壊れそうだというのが子供心にもわかっていたんだろう。

 その違和感が「やっぱりな」となっただけのことにすぎない。

 何をショックに思うことがあるだろうか……。


「……ある意味、ずっと隠し通すことが私の役割だったのかもしれないけどね。私には今後もキミたちに隠し続けられるほどの覚悟は持てない。……ごめんなさい。弱い親で」


「いえ……」

 真実を知りたいと言ったのはこのぼく自身だ。

 花耶かやさんは気に病んでいるようだけど、やっぱりぼくに責任がある。

 それにこの人がナミのママであることには変わりはないってことだろう?

 ならぼくが受け入れればいいだけの、簡単な話じゃないか。


「……私を責めはしないのね。そういうところも、あの人と似てる」


「……血が繋がってるかどうかなんて、大したことないんでしょう?」

 ありがとう、と言った後、花耶かやさんは溜め息をつく。


「でも『ラス・カノレ』のシステムの根幹に血筋が絡んでいるのが、普通の家族と違うところなのよ……」

 ……ぼくがそれを操れないのも、そういうことか。


那美ナミだけが操れるって時点で少しヘンだなとは思ってました」

「そうね……本来あれはエトリーと私が操るために作られたもの。那美ナミが操れるのは、私の血……正確には遺伝情報を持っているから。それがないと、残念ながら『ラス・カノレ』からは拒絶されてしまう」


「それって、要はアレを操るために必要なのはあくまでママの遺伝情報であって、男なら誰でもいい。ぼくがいる意味なんて、所詮交換可能なコマでしかないってことですよね……」

「そういう風に考えちゃダメ」

「わかってますよ。でも……妹におんぶにだっこされるだけで、ぼくは……ぼくは……!」

 

 目頭から熱いものが止めどなく流れる。

 

 ……あ、あれ……?

 

 

 ……そうか。血筋とか、誰がママだとかよりも、ぼくが那美ナミを守ってやれる力がないという情けなさが、ショックなんだ。



「……そんなことはないわ」


 花耶かやさんがぼくを優しく抱きしめる。


 これが、母性というやつなのだろうか。


 この人がぼくと血が繋がっていないだとか、そんなことは些細なことなんだな、とこの安堵感は教えてくれる。

 メイファと名乗ったあの人も、そしてこの人も、等しくぼくの、ママなんだ。安心してせきを切ったように、泣きたい気持ちが止めどなくあふれた。


「……ナギ。キミは、こうして私に辿り着くまで大切な人をずっと守ってきた。キミがいなきゃ、私はこうして2人と会うことさえできなかった。頑張ってきたじゃない。兄として、男として……それが、私は、何よりも嬉しい」


 ママはそう言ってそっとぼくの頭を撫でる。


 まったく、この人は……本当にこんなの、反則だよ……。


 ぼくはママの胸の中で泣くことの甘えにしばらく身を任せていた。


 やがて落ち着くと、なんだか急に気恥ずかしくなって、すぐさまそのぬくもりから離れた。


「す、すみません!」

「あん、もったいない。もう少しママらしいことをしてあげたかったんだけど、そうね、年頃の男の子だと恥ずかしいわよね。ちょっと、ざんねん」

 そう言って、屈託無く笑う。


 ママもいい意味で吹っ切れたのか、少し前に見せた、陰を持った複雑そうな表情は、どこかに吹き飛んでいた。

 夜を照らす街灯が、その光の弱さにもかかわらず、とても明るく感じられた。


 ぼくとママは互いの顔を突き合わせ、笑いあう。

 そこにもはや言葉は必要なかった。ぼくとママは、今やっと本当の親子になれた。そんな、気がした。


 これだけ穏やかな時間が流れたのはいつ以来だろうか。

 少なくとも地球に降り立ってからは、なかったかもしれない。

 余計なことなど気にすることのない、こんな時間がいつまでも続けばいいのに、と願わずにはいられなかった。


 ――だがやはり、ぼく達にはそんな時間は許されていないようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料