Ⅱ-7 踏み出したその先で

 僕は状況に流されるがまま、外に出ることになってしまった。

 な、何がどうなってるんだよ、本当に。

 その前に風呂に入っておけと言われたのでシャワーで適当に身体を流す。これがもしよくあるラノベアニメだったら……


『お背中、お流ししますね、ご主人様……』

『ちょ、ひ、陽乃ひのちゃん……! あ、あぁ~……』


 とばかりに、布一枚だけであとはありのままの姿の陽乃ひのが背中を流しにでもきてくれて、そこからラッキースケベなハプニングがあったりで非常にはかどるんだろうけど、残念ながらこの世界は無駄に硬派気取っているのか、そんなサービスすらなかった。

 ……それはそう、だよなぁ。


「さあ、出ましょう」


 僕がクソ真面目にちゃんとお風呂にだけ入っている間に、陽乃ひのちゃんは私服に着替えていた。

 普段メイド服を着ているところしか見たことがなかったから、こういうカジュアルなファッションをした彼女を見たのはこれが初めてだったが――

 私服でもフリルが入ったりゴスロリ趣味が入ったものを着るイメージがあっただけにシンプルなトップス、ジーンズというアクティブな格好をして出てきたことには意外というか、新鮮な驚きがあった。


「……どうしても、行かなきゃダメなのかな?」

「はい。それがあなたのためです」

「また、僕を騙しているんじゃないのかい?」

「わたしがメイドでなくて、残念でしたか? ご主人様」

 小悪魔のような悪戯さを見せる笑み。思わず恥ずかしくなって、目を見ることが出来なかった。

 まったく、こんなに小さな子がこんなクラクラする魅力を引き出せるなんて……おじさん将来が心配だよ……。


「ふふっ、意地悪なことを言っちゃいましたね。でもわたしなんてまだかわいいものですよ、『時を刻む国』の欺瞞ぎまんに比べたら、ね……開けますよ」


 堅く閉ざされていた玄関の扉が開かれ、強い日差しが差し込んでくる。


 歩みを進めようとするけれど、こんな強い日差しの中を歩くなんて久しぶりすぎてフラフラする。そのたび彼女は支えてくれた。

「……大丈夫ですか? ……たいした距離じゃありませんから、頑張って下さい」

 幼い女の子に押さえてもらいながらなんとか歩くだなんて情けない。


 家から徒歩にして3分なんだけど本当は。

 目の下がピクピクしてうまく開かないし、頭も痛い。ちょっと気を抜いてしまったら吐いてしまいそうだ。

 そんな苦しい思いをして、やっと最寄りのコンビニに着いた。


「お疲れ様です。よく頑張りましたね。でもあともう少しこらえてください。ここに来た本当の目的のために、もう少しだけお付き合い下さい」


 そして言われるがままに着いた先がATM。


 そうか、お金をおろすためだったのか。その後僕達は備え付けのカウンタースペースに腰掛けた。

「さあ、見てください。あなたの残高を」


 そういえば確かもう約束の100万は入ってるはずの頃合いだ……でも、いままでの流れからすると嫌な予感しかしない。

 正直、この流れは……恐る恐る残高照会した領収証を確認したが、やっぱりか……という落胆に襲われる。


「ね、100万どころか10万もないでしょう? 阿万原あまはらこよみは、単位を100万『円』とは一度も言っていなかったんですよ」


 ……そういえば。でも日本で生活していれば誰だってそう……


「まあ正確にいえば『円』ではあるんですけどね。知ってましたか? 中国の通貨って通常『元』って表されますけど、正確には『円』なんですよ。まあ今は中国でなく華夏国かかこく――ファーシャスタンという名前になってますけど」


「……つまり100万『元』相当のお金が、日本円ではこれっていうこと……?」


「そういうことです。日本以外のアジア地域は領土紛争などが再燃して政情不安定になり、通貨価値が大暴落していますからね。正直な話何事もなく、こうして外でふたりしゃべっていられるのはこの国くらいのものです」


「に、日本の治安は悪くなってるってネットでは……」

「あなたのいう『ネット』とはどこのことですか?」

「え? い、いや、それは……」

「では実際ここに来てみてどうですか? そもそも本当に治安が悪かったらこんな侵入しやすいようなところにATMなんか置けませんよ。あったとしても、出てくるのは偽札だとか、とても信頼できるものではないでしょうね」


 ……確かに。


 ちょっと違うけど、外国じゃ自動販売機なんかすぐ中身を盗られるからとても設置できない、みたいな話があったのを思い出す。

 ここはまるで時が止まっているかのように、僕の知っている姿と変わっていない。ここは昔からの『平和な』日本そのもののように感じられる。

 まあ、たかだか歩いて3分のコンビニに来たくらいで治安の善し悪しがわかるか、という反論もできるかもしれないけど……。


「話が逸れましたが……要は最初からあなたを騙すことしか考えてなかったのですよ、あいつらはね。そして気付いた頃には手遅れで、あなたは切り捨てられていたでしょうね」


 ……そう、だったのか。


 いやだって最初に胡散臭い話だって思っていたじゃないか。それがやっぱりホラ話ったというだけのこと。

 どうしてあの時自分の直感を信じずにそのまま屈してしまったんだ。


 改めて考えると僕は相当騙されやすい性格だったんだな、というのが嫌でも痛感させられる。

 しかもそれを僕よりも遥かに幼いだろう少女に諭されているのだから、死んでしまいたいくらい恥ずかしい。


「わたしも阿万原あまはらこよみあざむくために一時的とはいえ一緒に騙されたフリをしなくてはいけなかった。……ごめんなさい」

 深々と謝る陽乃ひのちゃん。か、顔を上げてくれよ、ま、周りの目がなんか冷たいよ……。

「い、いいよそんなの。も、目的は済んだんでしょ? そ、そろそろ出ようよ」

「そうですね。じゃあ折角なので何か買ってから出ましょうか」

 買い物カゴにお菓子やらなんやらを詰めてレジに並び、購入する。

 こんなことすら自分でちゃんとするのは、久しぶりだった。

 なるべくテンパらないように、とにかく無言でタスクを終了する。僕は不自然じゃなかっただろうか。ちゃんとできていただろうか。


 その後の帰路。

 僕は陽乃ひのにもうひとつ、これだけははっきりしておきたいことをぶつけた。

「……ひとつ聞きたい。君は、何者だ!? それらが本当のことだとして、なんでそんなことを知っているんだ?」


「……わたしのことを話したって意味がありませんよ。知ってどうするんです?」

「……それを聞かなきゃ、陽乃ひのちゃん自身の話に説得力があるか、判断のしようがないだろう? ……ただでさえ僕は今何が真実かわからなくて頭がこんがらがってるんだ。そのくらい、教えてくれていいだろう」


「ごめんなさい、今それに答えることはできません。……そうですね、どうしてもとおっしゃるのでしたら、これを肌身離さず持っていてください」


 そう言って陽乃ひのちゃんはネックレスを外し、僕に渡した。


「……これは?」


「父の……そうですね、形見、のようなものです。……それがあなたの手許にある限りは、わたしはあなたを裏切れない。信じてもらえるかはわかりませんけど……」


「……わかった、信じるよ。だけど、なんで僕にそこまで? 単純に阿万原あまはらこよみと敵対するだけなら僕は戦力になんて……」

「なりますよ、戦力に。あなたは、いてくださるだけでいいんです」


 ドキッとしてしまったけど……危ない危ない、これ最初の阿万原あまはらこよみの言葉とほとんど変わらないじゃないか。そんな言葉にはもう、ひっかからないぞ。

「そんな空虚な言葉……」

「いえ、空虚でもなんでもなく、そのままの事実です。……恐らく、すぐにわかりますよ。戻りましょう、わたしたちの、住む家に」

「ちょ、待って……はぐらかなさないでよ」

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