Ⅱ-6 幻想は早くも瓦解しゆく

 まるでこよみと最初に逢ったときのような不安と焦りがこみ上げてくる。嫌な予感が止まらない。

 そんな僕の心境を知ってか知らずか、陽乃ひのちゃんは構わず続ける。


「常識的に考えて、ありえないんですよ。見ず知らずの国に飛ばされるなんてこと。大野様は騙されていたんですよ、阿万原、『時を刻む国』にね」


 え……? な、で、でも、僕はあの時確かに……


「MCD――マルチコミュニティデバイスですよ。阿万原あまはらこよみや、先程まであなたが操作されていたキーボードといったものが、どういった形でこの空間に投影されているのかを考えれば、すぐにわかることです」


 え? え? ……ということはあの時見た景色は……


「ご理解いただけたようで。そうです、あなたはあの時、ずっとニセモノの風景を見せられていたのです。引きこもりのあなたならば、実際外に出るとしてもそう遠くは行かない。だからこの付近の、目に見える程度の距離さえ誤魔化せればいい。恐らくはそう踏んだんでしょうね」


 胸が締め付けられる。


 またか、またか……現実はこうも簡単に、また僕を裏切るのか……!?


 それ以上はもう聞きたくなかった。

 だが、無慈悲にも淡々と『事実』は告げられていく。


「つまり、ここはあなたが住んでいた『日本』そのまんまなんですよ。……どこか遠い異世界ならまだよかった、みたいなお顔をされていますね? でも残念ながらそう甘くはありませんよ、現実ってやつは」


 い、今更そんなこと……やっぱり嘘でした、なんて、そんなこと言われたって、どうしろって言うんだよ。

 ようやく受け入れられはじめたっていうのに、どうしろって……!


「……ついでに、さらに面白いことも教えてあげますよ。出ましょう」


「……は? 出る?出るって、どこに……!?」

「コンビニにでも行きましょう。脱ひきこもりの訓練になるでしょう?」

「ぼ、僕は脱したくなんかないね。だって、そんなことしなくったって一生ずっと、遊んで暮らせるんだぞ!?」

「それはわたしが世話をしてあげる前提でしょう? 厚かましい人ですね。わたしはメイドであると名乗ったことは一度もありませんよ?」


「……は?」


 言ってる意味が全くわからない。だってその格好はどう見ても……


「服装というのは便利ですよね。何も言わなくても、その人がどんな存在であるかを表してくれます。オタクであるあなたが相手でしたら、なおさらね」


「ぼ、僕を騙したのか……!?」

「だましたなんて人聞きの悪い。大野様が勝手に勘違いなさっただけですよ?」

 陽乃はにっこりと微笑む。僕にはその幼い笑顔が、もはや無垢なものには映らなかった。

「……僕なんか騙して、何が面白いっていうんだ!……もうほっといてよ! いやだ、お前も、こよみも、何もかも……!」


「あなたに嫌われようが構いません。わたしは『時を刻む国』を倒さねば――」

 そうこう話しているうちに、聞き人の姿がひとつ増える。


「……やっぱり、危険だわ。小間使い」


「戻ってきましたか、阿万原あまはらこよみ……思っていたより復旧が早いようで」

「優秀でしょう? ……最初から何やら怪しいと思っていたが、やはり我々にあだなす存在のようね……全く、あの坊やに撃墜されたところからようやく復旧したばかりだというのに、酷使させてくれる」


「……あだなすなんて、そんなつもりはありませんよ。お互い仲良くしましょうよ、ただのプログラムさん」

「はっ、相変わらず言うわね、乳臭いガキが。……何を企んでるのか知らないけど、本国に報告を――」

「そんなことよりわたしと大野様はコンビニに行きたいんですがよろしいですか? ……よろしいですね?」

「は? な、何を勝手に、僕は行くなんて……」


「――ええ、構いませんわ。いってらっしゃいませ」


 !? は、はぇ!? み、認めた!?

 な、なんで……!?


「ありがとうございます。でしたら、行って参ります」

「――かしこまりました、陽乃ひの様」


 えっ、ちょ、おい、待って……


「……あなたが無能なプログラムで助かりましたよ、阿万原あまはらこよみさん」


 そう言い残してドアを閉め、陽乃ひのはそのまま下の階に降りていった。

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