靖&陽乃編

Ⅱ-5 つかの間の優越感

 ――2047年。『時を刻む国』首都・極東京きょくとうきょう――地で


「――我々『時を刻む国』は世界を正しい秩序に導くことのできる唯一無二の勢力であり、またそれを使命として発展してゆかなければならない。これまでどこも成しえなかった理想郷――『極東京きょくとうきょう』を、共に建設していこうではないか!」

 

 ちょっと前まではただのBGM代わりでしかなく、ロクに耳に入ってもいなかったモニターのニュース。

 僕はニュースとか政治とか、そんなものは興味がなかった。

 すぐ政治語りするようなヤツが、鼻をつまみたくなるほどに嫌いだった。


 だけどこの『時を刻む国』に住まわされるようになってから、そう無関心でもなくなった。

 というよりかは、優越感を抱くようになった。


 この世界で僕は一生遊んで暮らせる『勝ち組』だ。

 おまけにちっちゃなメイドさんまでいるんだ。

 最近はネットとかの阿鼻叫喚あびきょうかんをまさに他人事で見ることができるというのが楽しくて楽しくて仕方がない。

 いつのまにか僕は、この『時を刻む国』に対して深い愛着さえ持つようになっていたのだった。最初の経緯を考えればチョロイもんだと思われてるだろうが。


 今日も今日とて椅子に座りキーボードを叩いていたら、メイドの陽乃ひのちゃんが飲み物を運んできてくれた。

 僕が何も言わなくても喉が渇いてくる絶妙のタイミングで差し出してくれるメイドの鑑。

 僕の両親に最大限の感謝をするならば、僕を売り渡したことと、この子をメイドとして雇ってくれたことだろうな。


「ああ、いつも気が効くね。ありがとう」

「いえいえ。ところで大野様――……最近しばしば阿万原あまはらこよみが姿を現さないタイミングがある、と思いませんか?」

「え? ああ、そういえばそうだねぇ……まああんな裏表の差が激しいようなヤツ、いないくらいのが都合がいいけど」


「そうですね……わたしも大野様と、二人っきりの方が都合がいいです」


 ……ドキッとした。

 それって、どういう……!? 


 はっ、ま、まさかこれは……


やすし様……今ならあの邪魔者もいませんよ……』

『ふ、服を』

『だから、ね……?』


 ……的展開ですかぁ!? 

 うへへぇ……こんなに幸せでいいのか僕!

 

 はっ。いかんいかん。

 妄想垂れ流しでたるみきった顔を見せてはいけない。

 ここはあくまで平常心、平常心……


「わたしは、この瞬間をずっと待っていたんです。再びコヨミの通信が途絶える瞬間を……」


 え、え、え……ま、まさか本当に……?


 僕、今宵大人の階段を駆け上がっちゃいます?

 そ、そんな、僕、まだ心の準備が……


「窓の方を向いて立って、目を閉じていてください」

「え、た、立つの?」

「ええ。……目を開けたとき、きっと驚くと思いますよ」


 ……僕は唾液を必死に飲みこみながら、言われるままに従った。


 否応なしに、邪な期待で胸が躍る。

 目を閉じているせいか、耳が普段よりも冴える。

 シュルシュル……と布が伝う音が、淫靡いんびなまでに、誘いかけているようだ。

 ……あらぬ妄想が、はかどってしまうぅぅぅ。うへへ、うへへへ……

「……いいですよ。目を開けてください」

 僕は恐る恐る目を開けた。すると、想像だにしていない光景が目に飛び込んできた。


「 ひ、陽乃ひのちゃん、これは……!?」



 眩しい陽の光と共にありありと、見慣れていた光景が、そこにはあった。

 これは、かつて嫌というほど見てきた、あの原風景。前世紀的な町並みの住宅が所狭しと建ち並ぶ、吐き気をもよおすほどのリアル。


 なんだ……どういうことだ……!?


「何が起きているのかわからない、といった顔ですね」

 メイド服を着ている陽乃ひのちゃんの表情は、窓からの光にさえぎられて判然としない。

 

 陽乃ひのちゃんは続ける。


「だけど当たり前のことなのです。実際、何も起こっていなかったのですからね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料