Ⅱ-4 母を巡る謎は混迷の中で

「……どこまでも、どこまでも……! 私の、邪魔をして……!!」

 怨嗟えんさのこもった、すさまじい負の感情の圧力。素早く立ち上がる。


 しかし、やはりぼくの方にはまったく目もくれない。

 目測ではあるが、飛行艇としては小型である『高天原タカマガハラ』の、そのさらに半分ほどの全長しかなさそうな戦闘機だ。小回りには優れるだろうが……


 であるらしいぼくらの人型を放置してまで追いかけるべき相手なのかと問われれば、それはおそらく「No」であるはずだ。

 メイファは明らかに冷静さを欠いている。彼女をそこまで駆り立てる執念とはいったいなんなのだろうか……


 だが所有主の思いとは裏腹に、それらのユニットはひたすらに自らの親機をいたぶる。オレンジの機体は見るも無惨に破壊されていく。

 四肢がズタズタになり、よろめいた勢いに任せてそのまま仰向けに倒れた。


「『千里眼』と『順風耳じゅんぷうじ』……ようやく私が得た『媽祖マーツー』の力さえ、お前は……くそっ……くそくそくそくそ……私は、貴様のニセモノなんかじゃない。バカにして、バカにしてぇぇぇぇぇ!!」


「そうね。あなたは私のニセモノじゃない。自分を偽る必要なんてないわ、西王林シーユイリン


 聞き慣れない声。マ……メイファじゃない。この声は……?


「……気に入らないのよ! あなたはいつだってそうやって上から……!」

「私のニセモノになったところで、私になることはできないし、またそんなことに意味はない。あなたまで『天孫計画』の過去を背負い込む必要はないのよ」

「……アンタにはわからないでしょうね。私が、私がどんな思いでこの道を選んだか……私達をかき乱すだけかき乱してきた、アンタがッ!!」


 ――!?

 一度は主導権を失っていたユニット群が、あの戦闘機の方に向き直った……!?


王林ユイリン、あなた……」

「……嘘も、つき続ければ本当になるってね……!」

「やめなさい王林ユイリン、本来その能力は――」

「うるさい! 私は美名みまな花耶かやだ!  ……私のために作られたシステム、操れないはずがないのよ……!」


 だがそれは一瞬の出来事だった。2つのユニットは照準を『媽祖マーツー』に再び合わせたと思ったら束の間、その腹部コクピットを正確に撃ち抜いたのだった。


「最後まで私を否定するのか……エトリー・マーロ……」


 『マーツー』からと思われる通信はそこで途切れた。


「!? ま、ママ……!」

 ぼくはようやくそこでハッとして『媽祖マーツー』というらしい鮮やかなだいだいの機体に駆け寄る。

 するとすでに、あの浮遊した戦闘機のパイロットと思われる女性がママを抱えて出てきていたのだった。


 ママは、無事なのか……!?


「ママっ!」


 ここが先程まで戦場だったことなど忘れて、思わず『高天原タカマガハラ』から降りて駆け寄っていた。


「あっ、あの……ママは……メイファさんは、無事なんですか!?」


 ぼくの機体に一発弾を撃ち込んでいるけれど……この女性はどうしても敵のようには思えなかった。ママとはまた違うけど、この人からもなんとなく、心が開放されていくような感じを抱くんだ。

 この人もまた大切な人のような気がしてならなかったんだ。


「……あなたのその機体、『高天原タカマガハラ』ね?」

「はい」

「そう。ということはあなたがナギね。……大丈夫、あなたのママは無事よ。意識を失っているだけで、致命傷のようなものはないと思うわ」

「そ、そうですか……よかった……」


 ――って。

 なんで、ぼくの名前を……!?


 

「ということは那美ナミも一緒ね。私は美名みまな花耶かや……本物の、ね」



「え……!? じゃ、じゃあその人は……」


 嘘だ。そんなはずはない。メイファと名乗ったあの人が絶対にママだという確信があったのに……!?


「混乱するのも無理ないわ。……西王林シーユイリンは確かに美名みまな花耶かやではない。だけどナギ、あなたのママだということは間違いない。……それはあなたも感じ取っているでしょう?」

「え? え? え? それってどういう……? す、すみません、最初から説明してくれませんか?」

「そうね……すぐにそうしたいのもやまやまだけど――このままあのファーシャスタンが逃がしてくれるとは思えないしね」


 今日『美名みまな花耶かや』と名乗った2人目の女性が前方を指さす。……あ、あれは!?


「増援ね。ファーシャスタンもなりふり構っていられないと見える……さあ、戻るわよ、『タカマガハラ』に。私が引きつけておくから」


「え、引きつけるって……うぇえ?」

 

 『セルツェ』システムがフル稼働し、ファーシャスタン軍のものと思われるロボット群の増援を弾幕で妨害する。

 ……パパのシステムってこんなにザルなのかと思うくらい乗っ取られてるような気がするけども、ぼくが使いこなせない以上それに甘んじておこう……


「って、ちょ、何乗り込んで…」


「細かいことはいいの。逃げるわよ、地図は送っておくわ。その通り動いて」

 那美ナミを膝上に乗せ後部コクピットに座り込む女性。なし崩しにこれって、敵だった時マズいんじゃ……

 という危惧も内心あったけど、この状況で迷ってはいられなかった。


 今はここから脱出しなければ――


「あの戦闘機は、いいんですか?」

「……ああ、あれね。今はそれよりも脱出に集中して」

「それならあの機体……『媽祖マーツー』も奪っておいた方が……」


「あれはファーシャスタン連合にとっては最後の切り札のようなもの。あれを奪ってしまえばあそこの国防は瓦解してしまう。『時を刻む国』に対抗しうる勢力として存続してもらわなきゃならない」


「……? あなたはファーシャスタンと敵対しているんじゃないんですか?」


「敵か味方か、と言えるほど単純じゃなくてね……少なくとも私は丹智高や王林ユイリンとは敵対したくない」


王林ユイリン……」


 メイファ、美名花耶と名乗った女性。だけどその人はシー・ユイリンで、かと思えば今後ろにいる人も本物の美名みまな花耶かやと名乗っていて……


 ああもうややこしい。いったいどっちが本当なんだ……?


 ファーシャスタンの基地と見られる施設もずいぶん小さくなった。もう完全にいたか……?

「なんにせよ、今はどうしてもあなたたちを助けたかった。それがいちばんよ」

「ナミに何か危害を加えるようでしたら、許しませんよ」

「まだ信頼されてはいないようね。まあそれも無理はないか。大丈夫、それだけは絶対ない。だって私は――」

 

 私は――?

 話をさえぎるように、突如として聞き覚えのある通信が来襲してくる。


美名みまな花耶かや! ……ついに見つけた! ついにご子息とも再会できて、何よりですねぇ!」


「お前は……阿万原あまはらこよみ……!」


「はっ、覚えていただき光栄ですよ、宇宙そら御子みこ!」

 前方に映るのは前と同じ、あの『大率タイスイ』。あれからもう修理を……? いや、別の同型機……?


「前回は油断してましたけど、あなた達など本来私にかかれば赤子の手をひねるような――」


「――!?」


 こよみの前口上の聞くをたず『大率タイスイ』の機体は真っ二つになり、空中で爆発――

 ……あまりにもあっけないというか、ぼくにも何が起こったのかさっぱりだった。


「い、いったいなんだったんだ……?」

 後ろに乗っていた女性がボソッと呟いたのが聞こえた。

「……ヌボコ」

「…はい?」

「『天瓊戈アメノヌボコ』。ほら、あなたの前に見えるでしょう?」


 ……本当だ。眼前に浮かぶ、槍のような形状をした巨大な鉄塊――槍とうにはあまりにも重厚だが。あれがコヨミの機体を……?

「私が乗っていた『天浮橋アメノウキハシ』。あれを砲身だけ分離して変形させた姿でね。今回の作戦はこれをあなたに――『高天原タカマガハラ』に渡すためのものでもあったのよ」


「……天瓊戈アメノヌボコ……」


「そう。イザナギが国産みに使ったと神話に描かれているほこ。これはエトリーが私に遺してくれた大切なものでもある。そしてそれは今この瞬間のためだったのでしょうね……」


「これも……パパが……」


 ぼくはパパが遺してくれた、というその武器を『タカマガハラ』を通じ手に取った。


 人型ロボットに比べて小型ではあったとはいえ、元はそれと互角に渡り合うほどの機体だ。とてつもない重みできしむような音がしたと共に、すぐにでも垂直落下してしまいかねないほどの重みもまた感じ取ったのだった。


「とてつもない重みだと思うけど、その『高天原タカマガハラ乃至ないし『ラス・カノレ』が持つ『セルツェ』システムをもって制御することができる。今は那美ナミに代わって私が制御しているけど、この子が起きたら教えてあげなきゃね」


「……『セルツェ』のシステムを、ミ……ママも、制御できるんだね」

「……ママと呼んでくれて嬉しいわ。……そうね。この機体は元々私が操作するために造られたものだからね」


「えっ……?」


「元々エトリー……あなた達のパパはこの機体をあなた達に使わせるなんて最初から考えてもいなかったでしょうね。だけど私とパパが引き離された状況があったから、急遽システムを再構成した。『ラス・カノレ』があなた達兄妹どちらが欠けた場合でも暴走してしまうのは、今回みたいに敵の手に渡ってしまったときのための防衛機制も兼ねているんでしょうね」


「……あれ? 兼ねている、ってことは別に目的があるってこと……?」


「ええ……でも、それを語るにはちょっと時間が要るわ。それはまた今度に譲るとして……もう少しで着くわ」


 花耶かや……ボクたちのママと名乗るもう一人の女性は先程送られた地図データを指さす。

「ここから海を挟んで北に飛んだ釜山プサンに拠点があるわ。そこで休息と、この機体の修理をする。積もる話はそこでしましょう……この子と、一緒にね」


 後ろで那美ナミを撫でながら、優しく包み込むように抱きかかえる姿は、まさしく、母親のそれだ。

 今日2人も現れたぼくらのママは、その一点では嘘をついていないようにどうしても思えてしまう。そのあたりの支えの取れなさも、拠点の街へ行けば氷解するのだろうか。


 期待と不安を半々に、ぼくは『タカマガハラ』のかじを取るのだった。

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