Ⅱ-3 相反する父と母

「――まさか…!? そ、そんなはずは……」


 那美ナミは明らかに狼狽ろうばいしていた。

 そして、それはぼくも同じだった。


 『セルツェ』システムの核、おびただしい量の球形浮遊ユニット『ヴォーラ』の砲門がぼくたちの四方を取り囲んでいるのだ。

 このシステムが操れるのはぼく達兄妹だけだったはずなのに――!?

 

「これでわかってくれたかしら? そして聡明なふたりならわかるはず。私達の進む道はあなたのパパが指し示した道でもあるということが――」


 無数の兵器を笠に着てママは那美ナミの方へとゆっくりと近づき、手を差し出した。那美ナミは駄駄っ子のように、その手を振り払う。


「言ったはず……あなたは、ナミたちのママじゃない」

「聞き分けのない子ね、那美ナミは……お兄ちゃんとは大違いね」

「……お兄ちゃんを語るな、クソババア」

「バ……うん? ママよく聞こえなかったんだけど……? ずいぶんと生意気に育ったものねぇ……?」


「そうやってママぶるところも嫌いだ……!」

 那美ナミが叫ぶと『ヴォーラ』が向き直り、今度は先程丹総裁の目の前で落としたガラス片を正確に撃ち抜き、綺麗な丸い穴を開けた。

 

「なっ……!?」


 けたましい悲鳴が飛び交う。もはやパーティーどころではない。逃げまどう人たちで辺りは混乱の渦に支配された。

 どうやら、那美ナミがシステムを取り返したようだ。それならもう護衛も何も怖くはない。


「さあ、お兄ちゃん、逃げるよ」

「えっ、で、でも」

「騙されちゃダメ! 那美ナミにはわかる。あの女は危険。一刻も早く離れないと」

 普段は涼しい顔をしてしかめ面なんて無縁であったはずの那美ナミが、ここまで不快感を顔に出すこと自体が物凄く珍しい。ここまでくると憎しみすら感じられる。


 那美ナミはそう言うけども、ぼくはぼくで確信めいたものを感じている。

 あの人は間違いなく――……いや、よそう。


「……わかった。ナミを、信じるよ」


 確かにこうなってしまっては、悩んでいる場合でもない。


「……逃がさないわ。私は、この時を、ずっと――……!」

 ママ……いや、メイファが追いすがる。

 メイファは再び『セルツェ』を掌握しようと手を伸ばしたが、どうやら那美ナミが完全に主導権を取り戻し、メイファの足下に『ヴォーラ』の弾幕を張り振り切ることに成功したのだった。


 会場内外のファーシャスタン兵たちも今の那美ナミの前には塵芥ちりあくたに等しかった。

 今までこんなことを感じたことはなかったけど……今のナミの、他を寄せ付けない強さが、空恐ろしくもあった。


「『高天原タカマガハラ』は大丈夫なのか……?」

「大丈夫。変わらずパパが那美ナミ達を導いてくれてる……」

「……あの人は、本当に、ニセモノなのかな……?」

「お兄ちゃん、珍しく弱気だね。あの人のことがが気になる……?」

「……うん」


 あの女性もそうだけど、丹総裁の言っていたことにも引っかかっていた。


 そう、『裏切り』。


 ……パパはいったい何をしたというのか。あの人たちの言っていたことは事実なのだろうか。考えても仕方ないことなのに頭の片隅から消えてくれないのだ。


「……そう。もしかしたら、ママは本当にあんな女性だったのかもしれない」

「……うん」

「でも、たとえママの名でパパのシステムを欺けたとしても、そんなのは一瞬に過ぎない。その証拠に那美ナミがすぐにシステムを取り戻すことができた。……もう一度言うよ、お兄ちゃん。あの人はニセモノ。騙されちゃダメ」


「……わかったよ」

 本心では納得できてなかったけど那美ナミがそこまで言うのならそうなのだろう。



 追っ手をいて、『高天原タカマガハラ』をび寄せる。

 久しぶりであったが、まさにこここそがぼく達の居場所と言える安心感。

「やっぱりこここそが、帰るべき場所だったんだな……」

「……そうだね。……でも、やっぱり、休むのは少し先になりそう……」


 ……来たか。後方に人型の、オレンジ色をした機械。ファーシャスタンも人型を開発していたのか。


「メイファ……!」


 那美ナミが小さくつぶやく。そうか…あれを動かしているのは、やっぱり――


 那美ナミが『ラス・カノレ』――ロボット形態に変形させ、そのまま問答無用とばかりに『ヴォーラ』起動スタンバイに入る。


那美ナミっ! ダメだっ!」


 気がつくとぼくは叫んでいた。

 那美ナミはさすがに動揺を隠しきれず『ヴォーラ』を起動できなかった。その間隙かんげきをつかれてしまう。


「あぐぁっ!」


 空中から急に地面に叩きつけられた衝撃で、頭がぐわんぐわんする。

 意識が若干飛びそうになったが、メイファ機の姿が眼前に飛び込み再びはっとする。


那美ナミ……大丈夫か!? 迎撃を――……」

 那美ナミの返事がない。……まさか、さっきの衝撃で……?

 ぼくは我も忘れ後方にぐったりとしているナミのもとに身を乗り出す。

 大丈夫、息はある……。

 だが、やはり頭でも打ったのだろうか、気を失っているようだ……どこか安全なところまで逃げて――とまで思いめぐらせたところで我に帰る。


「……メイファ!」


 ……操縦桿すら手放し敵に背を向けていたことすら今気がつくとは……なんてバカなんだ、ぼくは……!


 メイファ機の右腕に握られている花弁を模したものから光の柱が放たれる。

 さながら、光の剣――

 

 今から迎撃も間に合わない……やられる……!


「が……ぐぅぅっ……!」


 再びコックピット内部に強い振動が走る。

 なんとか操縦席にしがみつきこらえたが……機体に損傷が出たのは間違いない。どこがやられたんだ!?

 那美ナミのことは気がかりだけど、ぼくだけでなんとか乗り切らなければ……!

 再び操縦桿を握る。


 ……だがやはり、どうしてもちらついてしまう雑念。


 『ママ』そして『裏切り』……ぼくは那美ナミの存在なしに、とまどいを振り切れるだろうか……?


 いや、やるしか、ないんだ――!


「起き、上がれェェェ!」

 機体の上体を起こす。眼前のオレンジの機体は、動揺したのか武器を持ったまま体勢を崩した。

「『セルツェ』が使えなくったって! ぼくは……!」


 と、立ち上がるところまではできたのだが……機体がこれ以上反応しない。


 那美ナミは確か…………こんなことを言っていた。


那美ナミとお兄ちゃん、この2人で乗ることが前提になってる』

『2人の調和が崩れたり、ほかのひとが乗ったりすると、さっきみたいな暴走を起こしちゃうらしい』


 ……『セルツェ』も使えない。それどころか、この機体そのものすら……ぼくだけじゃ、何も……何もできないっていうのか……!?

 なんでだよ……パパ……!


 ボクはあまりもの絶望と情けなさに、操縦席前のモニターを思い切り叩いた。

 するとその直後、コクピットの周りがふっと暗闇に……なったかと思えば不気味な光が放ち出される。……まさか、前に起こった……暴走……!?


「か、勝手に……システムが……」


 機体のあちこちが大きな音を立て蠢動しゅんどうする。内部からはわずかな音と揺れしか伝わってこないがこれは……変形、している……!?

「動かしてないのに、腕部が……!?」

 腕や脚が動き、ゆっくり前進していくのがわかった。


「お、おい……まさか……」


 体勢を整えたメイファ機が右腕を広げ構えに入った。あれは『セルツェ』と似た迎撃システムだろうか――

 だが、意にも介さずというかのように『ラス・カノレ』は前進。嫌な『予感』が濁流の如く、『確信』となって渦巻いていく。


 操縦桿をいくら押そうが引こうがぼくの意志などないかのように無反応。


「やめて……やめてよ……パパ……」


 メイファ機から放出された遠隔操作ユニットが2つとも、何も触れていないのにも関わらず、ボトボトと力なく落下する。

 まるで今この場が、絶対に抗い得ない、神か何かの巨大な意志に支配されているかのような、そんな絶望感さえ漂う。


 なんで、なんでなんだよ……!?


「ママなんでしょ!? ……あの人は、ぼくらの! ……なんでだよ、パパ……!」


 じりじりとメイファ……ママに近づいていく『ラス・カノレ』。

 ……いや、パパの、意思。パパはその腕を、ママに振り上げようとしていた。


「やめろォォォォーーーーーーー!!」


 その腕が振り下ろされる前に、再び操縦桿を手放してしまいそうになるほど、衝撃がビリビリとコックピット内にも伝わった。


「ああああっ!」


  撃たれた!? ……どこから…!?


 ぐっとこらえて体制を整える。メイファ機からの攻撃ではなさそうだけど……何が、何がどうなってる……!? とっさに操縦桿を後方に入れると予期せず前進し、やや体勢を崩してしまう。


 あ、あれ? ……もしかして、『ラス・カノレ』が正常に戻っている……?

 さっきは頭部を左右に振ってあたりを見回すことすらできなかったんだけど、今は問題なく――

 

 ……いや、それよりも。


 メイファ機はぼくに背を向け一目散に驀進ばくしんしていた。逃げる気か!? ……と思ったけども、どうも様子が違う。


 まるでもうぼくなんかに目もくれていない……?


「と、とにかく追おう」

 慌てて追いすがる。……すると、巨大な砲台が見えた――……戦車? ってやつだろうか。

 でもキャタピラーっていうんだっけ、あの車輪はない。ホバリング、っていうんだったか、地面スレスレではあるけれど確かに浮かんでいる。

 それにあれだ、確かあれはそう――ステルス戦闘機のような姿をしている。だから砲台が上についてるだけで戦車、っていうのも不適当なのだろう。


 いや、そんなことはいい。

 それよりも……ママがビームの刃を再び剥き出しにした。直接斬るつもりだ。

 これは、仲間割れ、なのか……? いや違う。

 こぼれ落ちていたユニット達が再び集結し、メイファ機を砲撃している――!?


「何がどうなって……? もしかして、あの戦車のような機体が、ママのシステムを乗っ取ったのか……?」


 あの宴会場でママが、そして我が妹がやってのけたように……? 実際はわからないけど、とにかくこれはチャンスだ!


「はああああああーーーーーーッ!!」


 ぼくは自らの武装に翻弄されよろめいているママの機体に、振りかぶって一発、全重量を思い切り乗せたパンチをお見舞いした。


 顔面部がひしゃげ、大きく吹き飛ぶオレンジの機体。

 ――なんだか超近代のロボット兵器を駆っておきながらやってることは肉弾戦ばかりな感じだけど、気にしちゃいけない。


「やった、のか……?」


 兵装もクソもない単純な物理攻撃。でもあの吹き飛びよう、起き上がれまい。

 ……と思ったけども、どうやらそれは甘い思い込みだったようだ。

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