Ⅱ-2 FACT

 ……――何!? 

 

 耳を疑った。

 母親……!?


 はっ。いけないいけない。

 一瞬動揺してしまったが、すぐにそんなわけはないと思い至った。どうせぼくを揺さぶるための嘘に決まってる。


「そんな嘘でぼくたちを釣れるとでもお思いですか? だとしたら見当違いですよ」

「メイファ」

「え?」

「美しい花、と書いてメイファ。それが彼女――美名みまな花耶かやの今の名前だよ」


 メイファ……美名みまな花耶かや。それが、ママの――?


 しかし、よくよく考えてみたら、ぼく達は今までママの名前すら知らなかった。その事実に改めて愕然とさせられた。


「メイ…ファ……」

「やはり名前さえ聞かされていなかったようだね。エトリーの奴まだ後ろめたさがあると見える」

「そ、それはどういう……?」


「それは君という存在そのものが、君の父――エトリー・マーロの我々に対する裏切りの証だからだよ」


「な……ッ!? う、裏切り……!?」


 『裏切り』という強い表現に、ぼくの心臓はかつてなく鼓動を早める。

 ダメだ、動揺するんじゃない。弱みを見せず……平然といるんだ。

 そんな葛藤を見透かしてか、ここぞとばかりに丹総裁は畳みかける。


「何も知らないようだね。君のパパが宇宙ステーションに事実上閉じこめられていたのもゆえあってのことだ。君のパパは愚かな衝動により『天孫計画』の失敗を招き、ひいては宇宙の計画全体の価値を大きく失墜させたのだ」


 ママの名のことだけでもいっぱいいっぱいなのに、そこにパパの知り合いだという偉い人からボディーブローのように繰り出される話の数々。

 それはぼくをパンクさせるには充分すぎた。

 もはや話の主導権は完全に老獪ろうかいな一国の指導者に渡っているとわかっていても、ぼくにはどうすることもできないでいた。


 真実を聞きたい。


 もはやその欲求は抗えぬほど強く、このぼくの心をきつけている。


 でも予想される話は決して明るくはない。少なからずショックを受けることになる。だから聞きたくない、という気持ちとがせめぎ合っていた。

 ぼくはただ丹総裁の口が開かれるのを待つだけの案山子かかしと化していたのだった。


「地球外で初めての人類を誕生させようという『天孫計画』。そして産まれたのが君と那美ナミのふたりだ。君達が産まれたことそのものは大変おめでたいことだ。そう、それだけを見れば計画は大成功だったのだろう。だがこの計画は実際には大失敗だった。なぜなら――」



 パリンッ!



「――おい」

 破砕音がしたのが先か、話を遮ったのが先か――

 一心不乱に高級料理をむさぼっていたはずの那美ナミが、いつのまにか目の前にいた。那美ナミは丹総裁の喉元に割られたグラスのものと思われる欠片を当てている。


「それ以上お兄ちゃんを惑わすな……死にたいんですか?」


 会場がざわめく。悲鳴を上げるような人たちもいた。祝賀ムードだった豪勢な会場は一転。張り詰めた緊張に包まれたのだった。


「君は薄々勘付いていたようだね那美ナミちゃん。いや、あの機体――エトリーから『聴いた』のかな?」

「――よくしゃべる口ですね。那美ナミはヤる時はヤりますよ、本当に」



「おやめなさい」



「え?」

 ふと聞き慣れない声がした。不思議と覚えのあるような……なんだろう、この懐かしい感じは……


「その鋭利なものを捨てなさい、那美ナミ


 ぼくの後ろからゆっくりと近づいてくる声の主と思われる女性。

 背丈は僕らとそれほど変わらないはずなのに大きな存在に感じられたのは、その歩き方にも芯が通っているように見えたからだろうか。


「……なるほど、あなたが、『メイファ』ですか」

「そうよ那美ナミ。あなたの、ママよ。こんな物騒な形の再会は残念だけどね。もう一度言うわ、その刃物を捨てなさい」


 那美ナミはガラス片を無造作に床に落とした。メイファと名乗った女性は、ぼくの方に目をやった。


ナギにも、初めまして、ね。経緯はどうあれ、再会は嬉しいわ」


 柔和な笑顔をぼくに見せる。ぼくはこの瞬間確信した。

 ああ、この心のいちばん深い場所に染みいる安息。



 ――この人は間違いなく、ぼくの――ママだ。



 この状況は間違いなく異常なはずなのに、もう何もかもがどうでもよくなるくらい、ぼくは魂とでもいうのだろうか、ぼくという存在そのものがひとつの大きな器に包まれ、満たされるような感覚に支配されていたのだった。


 ……だが、そんなぼくの魂の充足をよそに、那美ナミは不満げだった。


「あなたは那美ナミのママなんかじゃない。ニセモノだ……!」


 那美ナミは混乱しているのだろうか。必死に拒絶しようとしているようだった。


 無理もない。ぼくたちを捕まえた、いわば敵の側から突如現れたのだ。

 ぼくだってこの、間欠泉のようにわき上がるこの熱い想いさえなければこんなバカげた茶番、信じられるワケがないのだ。


「あなたたちのことを何年もの間、迎えに行くことができなかったのは申し訳なく思ってるわ。ごめんなさいね。でも地上に戻った時も今この瞬間までずっと、片時も、あなたたち2人のことを忘れたことはなかった。辛い思いをさせて……ごめんなさいね」


 メイファ……ママは涙を浮かべていた。ぼくの目にも、熱いものが、こみ上げてくるのがわかった。だがナミは頑として心を開こうとしなかった。

「うるさい……! ママじゃないと言ったらママじゃない……!」

「……那美ナミ。あなたは混乱しているのよ。ナギ。あなたは感じているでしょう? 私との確かな――魂の、つながりを」


「えっ……ぼ、ぼくは……」


 答えあぐねていたところをすかさず那美ナミが遮る。

「魂なんて前近代的……21世紀にもなって――」


「あら。でもあなたも感じていたはずよ。あの『高天原タカマガハラ』からあなたの父・エトリーを確かに感じ取っていた。『高天原タカマガハラ』のエトリーが認め、そしてそれをあなたが受け入れたからこそ、奥底にあったシステムが開放されたのよ。むしろ科学が魂を否定することこそ前近代的というもの……いいでしょう。『真実』の前には言葉など無粋というもの」


 ママは手を前方にかざして高らかに宣言してみせた。



美名みまな花耶かやの名において。システム『セルツェ』……起動」

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